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夜行堂奇譚の嗣人が故郷を舞台に描く怪〈鬼〉譚『四ツ山鬼談』著者コメント&まえがき全文掲載

雨ふれば
煤の匂い
鬼、現る


内容紹介

「これを、漆喰に混ぜて塗れ」
依頼主から左官に渡されたのは小さな白磁の壺。
仕事は「ある家」の外壁の塗り直し。
「家の中には入ってはならん」
何が見えても聞こえても。

熊本県荒尾市。かつての炭鉱と競馬場と干潟の町。
雨が降れば、土地に染み付いた念が湿った煤の匂いとともに立ち昇る。
町のそこかしこに潜み、たたずみ、彷徨う黒い人。
「夜行堂奇譚」の著者が故郷を舞台に描く、奇怪な幻燈のごとき怪異譚。

これは、鬼の話である――。

「囁く家」
 漆喰の塗り直しを頼まれた左官。そこは入った者の命をとる死霊憑きの家
「ひそむ鬼」
 離れの床下には鬼がいる…鬼の写真を撮ることにとり憑かれた伯父の家の秘密
「箪笥の煤」
 抽斗を開けた者は肺を病んで死ぬ。祖母が弔う祟りの桐箪笥の由来
「ヤマから響く声」
 亡き叔母の日記。そこに綴られたのは庭の井戸と黒い人に纏わる恐怖の記録

――ほか11の忌み話

嗣人先生コメント

私が生まれ育った故郷、荒尾市はかつて炭鉱で栄えた町でした。隣接する大牟田市と手と手を取り合い、共に国のエネルギー産業の根幹を担ってきたそうです。
 しかし、私はそのことを知りません。物心ついた時には炭鉱産業はとうに斜陽となっており、閉山が決まっていましたから。炭鉱にまつわる話を周囲の大人たちも語ろうとはしませんでした。けれど、子どもながらに大人たちの言葉の端々や、戸惑う様子のあちこちに潜む闇を感じ取っていたように思います。
 執筆にあたり、当初は広く浅く掘るように怪談を蒐集していましたが、これぞというものを掘り当てることが出来ませんでした。しかし、堆積した歴史の奥深くへと掘り返していくにつれて、町のあちこちに佇む〈鬼〉の姿を垣間見るようになったように思います。その時には、すっかり私の両手は煤に塗れてしまったのでしょう。
 読み終わったなら、きっとあの丘へ足を運んでください。
 あなたのことを、みんな待っていますから。

まえがき全文

 
 御船千鶴子という女性がいた。
 明治十九年に生まれ。千里眼と呼ばれる超能力で名を馳せた霊能力者であり、当時その力を持って世間を騒がせた女性である。彼女の力の真偽については、ここでは触れない。
 彼女は伝説的なホラー作品である『リング』に登場する山村貞子の母親のモデルだという。
 そんな彼女にまつわる話が、私の故郷にあった。
 熊本県荒尾市。
 炭鉱と競馬場と干潟の町。
 ここへ彼女が来たという。炭鉱の持ち主である三井財閥から依頼を受けて、四ツ山という小高い山へ登り、千里眼を用いて海の底にある石炭の層(万田坑)を発見した。御礼に二万円(今の価値で二千万円以上)を貰ったという話を、まだ子どもの頃に友人と共に聞いたことがあった。
 執筆にあたり、この話の出典を可能な限り調べてみたが、これはあくまで噂の域を出なかった。しかし、地元ではそれなりに広く知られた話のようで、似たような話が隣町の大牟田市にも残っていた。大牟田の山から霊視したのだという話もあるが、こちらもやはり俗説の域を出ない。
 この御船千鶴子が見つけたとされる石炭層は有明海の底にあった。三池炭鉱は増し続ける石炭の需要に応える為、新たな石炭層を探していた。
 千鶴子は熊本県の宇土市の人であったという。物静かで優しい女性だったそうだが、超能力の真偽を巡る騒動の渦中に置かれてどんな心持ちだったろうか。
 彼女の父親は強欲な人間で、娘の力が金になると知ると、どんな仕事でもさせようとしたという。厳しい世間の目と、父親との軋轢に耐えかねた彼女は自ら服毒自殺をして、その短い人生を終えた。
 彼女の千里眼は、物体を見透かし、過去を見ることさえ出来たという。
 もし彼女が本当に炭鉱を霊視したのなら、一体なにを見たのだろうか。
 彼女は『海の底に真っ黒い何かが視えます。でも、それが何かは私には分かりません』と言ったとされる。
 彼女の視たソレは、本当に石炭だったのだろうか。
 或いは、違うものを視たのではないか。
 それは地の底のヤマに蠢く、怨念ではなかったか。
 常人には視ることのできない闇があったのではないか、と私は思わずにはおれない。

 これは、鬼の噺である。

―了―

著者紹介

嗣人(つぐひと)

熊本県荒尾市出身。
廃校となった荒尾第二小学校卒。
某メロンパンを食べて育つ。
現在は妻子と共に福岡県在住。
2022年『夜行堂奇譚』(産業編集センター)でデビュー、以降シリーズ刊行中。
コミカライズ版(漫画:立藤灯 KADOKAWA)も好評。

好評既刊

呪物怪談(竹書房怪談文庫)
夜行堂奇譚(産業センター刊)
夜行堂奇譚 弐(産業センター刊)
夜行堂奇譚 参(産業センター刊)
夜行堂奇譚 肆(産業センター刊)

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