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論文紹介 ランチェスターの法則を戦闘の分析に用いる際に注意すべきこと

ランチェスターの法則は、現代の軍事学の文献で繰り返し議論されており、さまざまな分析に応用されている戦闘モデルです。しかし、人気があるモデルであるだけに、誤解されてしまうことも少なくありません。John W. Lepingwellは1987年にランチェスターの法則の誤用を「戦闘の法則? ランチェスターの再検討(The Laws of Combat? Lanchester Reexamined)」で問題として提起したことがあります。

Lepingwell, J. W. R. (1987). Lepingwell, J. W. R. (1987). The Laws of Combat? Lanchester Reexamined. International Security, 12(1), 89. doi:10.2307/2538918 12(1), 89-134. doi:10.2307/2538918

フレデリック・ランチェスターが提唱した戦闘モデルには、一乗則(一次法則)と二乗則(二次法則)という二つのモデルがあり、これらをまとめてランチェスターの法則と呼んでいます。一乗則は戦闘において味方の部隊が敵の部隊に対して与える損耗の大きさは、味方の部隊の大きさにかかわらず、常に一定だと考えます。二乗則では、味方の部隊の大きさを二乗したことによって、敵に与える損耗の大きさを計算することができると考えます。

ランチェスターは、戦闘で一乗則と二乗則のどちらが適用されるかは、その戦闘の状況によって異なると論じており、その違いが顕著に表れる例として、古代の白兵戦闘と近代の火力戦闘を比べています。近代の戦闘をモデル化して分析する場合には二乗則を適用することができるので、古代の戦闘よりも近代の戦闘の方が戦力を集中し、敵に対して数的な優勢を図ることの重要性が大きいといえます(詳細については【翻訳資料】一から学ぶランチェスターの法則「集中の原則」(1916)を参照)。

確かに、近代以降の戦闘が二乗則に従うのであれば、一乗則に従う古代の戦闘に比べて、大きな部隊を投入する優位は動かしがたいものであるように思えます。しかし、著者は、一乗則が古代の戦闘にのみ適用されるモデルであるかのように誤解してはならず、どちらのモデルの適用が妥当であるかどうかは戦闘の個別の状況によって異なるものと理解すべきだと主張しています。

ランチェスターの議論をより詳しく調べると、白兵戦闘で一乗則が適用される理由は、個々の兵士が所持する、一度に交戦できる敵兵が正面の1名に限定されているためであると分かります。つまり、それぞれの兵士は交戦するためには、まず目標とする敵兵を選定し、その正面に移動し、それから交戦する必要があります。したがって、すべての兵士は順番に交戦するため、多数の部隊であったとしても、敵を撃破する速度は一定なのです。

近代の戦闘であったとしても、例えば射手、砲手が目標を直接照準できない砲兵戦のような場面では、一乗則に従って損耗が発生する場合がある、と著者は指摘しています。つまり、一乗則ではなく、二乗則を用いれば、近代戦闘の過程をモデル化できると決めつけるのではなく、それぞれの戦闘の特性を踏まえ、方程式の中で使うべきパラメーターを適切に選択できることが重要なのです。

著者の見解によれば、戦闘をモデル化する際には、射撃統制(fire control)を理解しておくことが不可欠です。特に戦闘に参加する部隊が直接射撃(direct fire)を実施しているのか、間接射撃(indirect fire)を実施しているのかについては注意が必要です。基本的に小銃、機関銃などを使用する歩兵は、射撃目標を自身の眼で視認した上で、直接射撃を実施することが可能だと考えられます。

ただ、より細かく歩兵戦闘の実態を調べてみると、機関銃手や迫撃砲手は小銃手の行動を支援するため、ある程度の広がりを持った地域目標を制圧できるように、あえて点目標を照準しない射撃(地域射撃 area fire)を実施することが少なくありません。このような間接射撃で敵に与える損耗の大きさを導き出すためには、二乗則ではなく一乗則を適用する方がモデルとして適切だと考えられます。これとは反対に、火砲であっても戦車砲や対戦車火器は直接射撃によって運用されるので、対戦車戦闘の損耗は二乗則に従うものと考えられます。

著者は、戦闘を適切にモデル化する難しさは、戦闘において直接射撃と間接射撃の両方を組み合わせるためだと指摘しており、この問題に対処する方法について考察しています。一つの例として、ブラックニー(Howard Brackney)は「軍事的戦闘のダイナミクス(The Dynamics of Military Combat)」(1959)で重要な研究成果を報告していることが紹介されています。

ブラックニーの分析によれば、双方とも前進している途中で発生する遭遇戦であれば、双方の損耗の発生過程は二乗則に従うと考えられますが、どちらか一方が陣地を占領しており、他方がこれを攻撃する陣地攻撃であるならば、防者は直接射撃を、攻者は間接射撃を行うので、それぞれの損耗過程を記述する際には、一乗則と二乗則を使い分けるという方法が適切です。このような非対称型の戦闘モデルは、戦場で攻者が防者に勝つためには、防者よりも多くの戦力を必要とするという経験則にも当てはまります。

以上から、ランチェスターの法則を使って戦闘をモデル化し、損耗を見積る場合には、一乗則と二乗則の両方にそれぞれに有用性があること、近代以降の戦闘に一律に二乗則を適用すべきではないこと、戦場で使用する武器の種類や戦術状況の特質に応じたモデル構築が必要であることが分かります。ランチェスターの戦闘モデルを適切に分析で適用するためには、武器の性能や運用に関する広い知識と、戦術に対する深い理解が必要です。

参考文献

Brackney, H. (1959). The Dynamics of Military Combat. Operations Research, 7(1), 30–44. doi:10.1287/opre.7.1.30

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