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ツバメのいた夏・1

今年、梅雨入りのすこし前に、ツバメがきて軒下に巣をかけた。

この壁際にツバメが営巣するのは久しぶりだった。何年か前に巣をかけたペアの子孫だろうかと思いつつ、すこしく複雑な思いでいた。

懸念があった。
我が家はここ数年、ツバメの営巣には不向きな物件になっていたからだ。
ひとつは、我が家と燐家の庭はマダムミケこと、TNR猫のテリトリーであること。燐家では丁寧に世話してくれているが、マダムミケは半ノラだ。そして狩りが素晴らしく上手い。燐家の軒のコウモリはマダムミケが居着くようになってから、きれいに姿を消してしまったそうである。わたしも一度ならず、彼女が獲物をはむはむしている現場に遭遇した。植え込み越しにではあるが、羽根らしきものが見えた。まあ、「自然とはこういうことだ」である。生き抜く力が強いのだろう。

↑ 声をかけると(機嫌のよいときは)優しい声で返事をしてくれる。無視されることも多い。このように迷惑そうな顔もする。ごはんの世話をしてくれている燐家では「すごく甘えん坊」なんですってさ。嗚呼なんとぬこであることよ。


さらに、マダムミケを目当てに複数の男子猫が頻繁に現れるのである。うちわけ、白ぬこさんが2、くろぬこさんが1、きじトラぬこさん1。たまに茶トラも見かける。モテまくりマダムミケなのだ。でもTNR後のマダムはオス猫に無関心。当然、オスが近づいてくると怒る。冬の夜など、ただならぬうなり声に驚き、「ミケさんが危ないのでは?」と、ハンドランプを持って駆けつけると、火を噴くように威嚇してるのはマダムミケのほうで、男子は耳を後ろに伏せて縮こまっていたりするのだ。マダム強し。


もうひとつ危険がある。ヘビさんである。

一昨年、ご近所さんから「ヘビがウッドデッキ下にいるんだけど、怖くて洗濯物が干せない、どうしたらいいかしら」と相談を受けた。たまたま手元に竹酢液があったので、これ薄めてスプレーかなんかでシュッてしてみてはいかがと言ってみたところ、翌日にはヘビはいなくなっていたそうな。去ったヘビはどこかしらで冬越ししたのだろう、去年の夏、我が家の庭に現れた。アオダイショウだった。一メートルほどのきれいな若大将。駐車スペースで昼寝していたので、「危ないからここで寝ないでください」とお願いしたら、植え込みに入っていった。会ったのは一度きりだが、家の周りか庭の葉陰のどこかしらに暮らしている可能性がある。

三つ目の危険はハト。

ハトは案外不良である。以前住んでいたアパートではツバメの巣がハトに襲われ、雛全羽壊滅という悲劇に遭遇した。ハトらはツバメの巣を襲って食料にするわけではない。ただ襲って悪さをしかけ、親ツバメが悲痛な叫びを上げて飛び回っているのを無表情に眺めているだけである。(すいません。ハトらの表情の有無についてはそのころの書き手の主観であり、じっさいにどういう表情だったのかは不明です)
この性悪ハトが、じつは集団で近隣にいる。数年前に燐家の軒下のツバメの巣はハトの襲撃を受けて全壊し、卵がことごとく……以下略。

以上のような理由により、本音を言うとだな。

「ここに巣をかけないでください。危ないんです。ネコとヘビとハトが出ます。だからもっと安全な営巣地を探してください。お願い」

というわけで、巣をかける前に忠告することにした。
若ペアがひんぱんに軒下に来て
「チュリチュリチュリチュリ、ギー」(ねえダーリンここにわたしたちの巣を作ったらどうかしら?)
「チュリチュリチュリチュリ、ギー」(いい考えだと思うよハニー、力を合わせてスイートホームを作ろうね)
というような相談をしているときにドアを開けて、
「ここ、危ないですから。余所を当たってください」
説得を試みた。人間を見て驚き、急いで飛んで逃げるペアに「ごめんよ」何度か謝ってみたりした。
だが、三日目に彼らは突如として逃げるのをやめ、
「アドバイスありがとう。でもわたしたち、ここで子育てします」
と宣言したのである。


一度覚悟が定まると、彼らはもう迷わないらしい。わたしがドアを開けても逃げない。わたしから一メートルほどのフェンスの上に止まり、平然としているようになった。
どうやら、「この人間は大丈夫」と彼らは判断したようだった。それは間違っていない。わたしはツバメペアと彼らの巣、そして子どもたちに手を出したりしないから。でもネコとヘビとハト問題をどうするつもりなんですか。本当に、ここで、いいんですか。
わたしの心配をよそに、怒濤のビフォーアフターが始まった。一週間ほどでしっかりとした巣ができ上がり、ペアは巣のそばでいちゃいちゃしたり、駆け引きめいた追いかけっこをしたりの蜜月に入った。

ある日、巣から少し離れた樹木の上に二羽一緒に止まっているのを見つけて、「デートですか〜」と呼びかけてみたところ、何を思ったか、一羽が飛んできて私のすぐそばのフェンスに止まった。すぐにもう一羽が飛んできて、並んで止まった。わたしとの距離50センチ。

「ヒトがいる」と認識してから彼らは飛んできたのだ……という事実に、ちょっと驚いた。彼らはわたしを、見知らぬ「ヒト」とか、「危険な存在」とかではなく、「巣の近くにいて、ときどき話しかけてくるあのひと」と認識したことになる。
本棚の奥に、
『もの思う鳥たち』著セオドア・ゼノフォン・バーバー
という本がある。数年前にこの本を手に入れたとき、紹介されていたいくつかのエピソードを「微笑ましい」と思いつつも「これは特別な例」と、やや距離感を持って読んだ。ことに第八章『人と鳥との個人的な友情』については、『きっと特殊なケースなんだろうなあ』感が強かった。
しかしながら……もしかしたら、この本に書かれたいくつかの報告例と同じような現象が、今、わたしの目の前で起きているのではないだろうか。
主観を排除し、擬人化を排除し、対象を正確に見るとして、このツバメペアの行動をどう説明できるだろう。

不思議であり、面白くもあり、だが、諸手をあげて安心はできない。
ツバメペアには無事に育雛してもらいたい。巣立ちまでぜひ頑張っていただきたい。

わたしに何ができるだろう。
巣を見上げて考えた。

ツバメペアとわたしと雛たちの夏がこうして始まった。

**ツバメのいた夏・2に続く






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