見出し画像

対称図・Nの選択6



特待持

成年未満独居者の安全を確認するための査察が入った。

住居における安全性と、私が継続可能な職業に就いているかどうか等の査問がある。
昨年度と同じ査定結果となり、継続許可が出た。

「法の定める成年まであと3年ですね。引き続き安全と品行に留意して生活してください」
査察官の台詞も聞き慣れた感がある。

私の場合、特別待遇のソーシャル年齢36はクリアしているが、体格等の面で基準値に満たないため、毎年査察が入るのだった。

査察終了時刻まで少し余裕があったので、世間話的な問いをしてみた。
「成年未満で私と同じ有資格者、今年の新規人数って国内何人ですか」
「少なかったですね。3名と聞いてます」
「都心部ですか、やはり」
「……そのあたり、言えないですね」
ん? これはちょっと珍しい。


「去年まで公開情報だったような?」
「今年、年明けすぐのころに事故が起きてまして、その影響です」
「事故とは」
「複数の脅迫と攻撃が成年未満の独居者に対して行われました」
なんとなくではあるが、想像はつく。
たぶん『特別扱い許すまじ』的な攻撃なのだろう。
「事故後、本人より資格停止請求が出されており、受理されました」
その後、どうなったのだろう。同じような境遇の私としては、人ごとではない感じ。

「行政の対応はどうだったんですか」
「事故のあとで、成年未満(特待権保持者)への保護を手厚くすべしという意見と、それとは反対に、特別待遇制度を撤廃し全員に標準型家庭配備をすべしという意見、両方上がってきました。検討の結果、暫定処置として年度内は安全確保のために情報非公開度を1ランク上げることになりました」
「なるほど。ということは、今後の議論次第では来年、私の待遇も変更になる可能性があるということですね」
「可能性はゼロではないですね」
「家庭配備はありがたくないなぁ」
「いずれにせよ、引き続き安全にはじゅうぶん留意して生活してください」
「了解です」
画面を閉じて、しばし考えた。

今のところ、私に限ってならば。
与えられた仕事をし、独り暮らしで困るということはない。
独居にありがちな孤独感や疎外感、不安や焦燥のようなものもない。
ただし、住居の確保や保安については当局に(すなわち行政に)全面的に依存している。
そのことを不公平であると認識する一般の人々がいたとしても無理はない。
労働によって私も社会に貢献してはいるが、対費用効果が薄いという批判が仮にあったとして、それはあながち的外れではない…のかもしれない。

ぼんやりと考えていたら、デスク上の電話が点滅していた。査察官と通信していたあいだにどこかからかかってきていたものらしい。

E保育園の園長からの着信だった。
NとYと子どもに関わる内容であれば聞いておかないと。
メッセージには何も入っていない。
面倒がらずに簡単な伝言とか入れておいてくれればいいのにな。
と思いつつ、こちらからかけてみる。
つながるか早いか、
「もうかけてこなくていい! なんたる無責任か、そんな子はうちの子じゃありませんッ」
いきなりの叱責で驚く。
「お取り込み中ならかけ直しましょうか」
一応、問いかけはしてみた。
「おっ! おお? あっ? ああ!」
ハンドクラップしたいようなリズムで反応があった。

「お電話いただいたようですが。何かご用でしたか」
相手の反応は聞かなかったことにして、問いかけてみる。
「すいませんね、ちょっと身内がね。アレで」
「はい。あれとは」
「帰りにたこ焼き買ってきて欲しかったから電話したんですよMに。そしたらたこ焼き売ってないところにいるって言うじゃありませんか。どうかしてますよね、たこ焼きですよ? 売ってないってことないじゃないですか」
「はい? はい」
「どこにいるのかって聞いたら、言えないって。言わなかったらこのあいだのランドセルほかして、新しいの買うぞって脅したら、吐きました。どこにいたと思います?」
「北方?」
「それです! 当たり! いやーさすがですね先生」
「先生はやめてください」
「ん? あらら? なんで先生、Mの行き先が北方だってことご存知なんですか?」
「Mさんのお友達が北方に行きたいって言ってらして、そのときMさん同席してたから。お友達のために同行なさったんじゃないでしょうか。Mさんお友達思いのいいかたですよね」
「はい。そうなんですあれは本当にもうお人好しで…んんん? 先生がそのあたりご存知ってことは、何か私の知らないところで、Mがやらかしたんでは?」
「それはMさんが帰ってこられたあとで直接お訊ねするのがいいんじゃないでしょうか」

面倒くさい。
用件がなんなのか、これだけ話したのに、まだたどり着いてない。

「Eさん、ご用件はなんだったんでしょうか?」
「ああ、それですそれです。先日のランドセルの件」
「はい」
「ありがとうございました。私が買って与えたランドセルを、あの孫があれほど大切に思っていたとは知りませんでしたが」
後半棒読み口調だったから、本当のところはバレちゃってるんだろうなとは思う。
「いいお孫さんですね」
「そういうことにしときます。あ、そうそう、もう一点」
「はい」
「このあいだ、孫が近々結婚したいって言いだしたんですが、相手は先生ですか」
「違います」
「もしもそうなら、大事に大事にお迎えしますが?」
「違います」
「照れてるとか、内緒にすると約束してるとか?」
「違います」
「なんだ…残念」
「Mさんが帰ってきたら、お話なさるのがいいと思います。ご用件はこれで全部?」
「あっすいませんもうひとつ」
「はい」
「じつはですね。当園の園児のなかに、表現力がずば抜けてて、就学前なのに雁塔聖教序ばりの字を書く子がいるんですよ」

おお
それはすてき。

「行政に届けて、特待つけてあげられたらなと思うんですが、あれって手続きがね。すごく面倒でしょう、なので今特待持ってる先生に助けてもらえたらと」

…うーん。

さっきの査察後の会話を思い出す。
安請け合いはできない。
特待廃止の可能性はゼロではない。
だが、園児のうちからずば抜けた筆の力を有しているのであれば、埋もれてしまうのは惜しい。

特待持ってるうちに、出るべきところに出るか…………

しかし。
私自身が施策に関与するはめになるっていうのはどうなのかな。
負担がなー。
迷うところだ。

「私にその園児を特待に推薦する権利があるかどうかはわからないんですが。一応、行政に連絡はしてみます」
「よろしくお願いします。いやー先生にお話して本当によかった、これで安心だ」
全然安心じゃないんだが。


電話を終えて、普段は意識しないことーーすなわち実年齢において未成年ーーこれがどういういうことなのか、を改めて考える。

『近代社会における子ども・その存在意義とは』H.D.Richman著:某某出版
によれば、子どもの総数が少なくなり、双親あるいは国家による子の争奪が熾烈になった歴史が人類にはある。
争奪理由が『子への愛情』だけではなかった時代も、当然ながらある。
子どもの激減するエリアと、子どもが激増するエリアが過去には併存していた。
公表されてはいないが、今もあるのかもしれない。
養育に関する問題は、たぶん現在も存在している。

国際機関は子どもに関する諸問題について議論し、解決方法を模索し、失敗を繰り返し、試行錯誤しながら児童保護国際基本法制定に辿り着いた。
しかしながら適切な解決に至っているとはいまだ言い難い。

かくいう私でさえ世界の子どもたちのために、自分に何ができるのかと自問すると。
こころもとない。としか言いようがないのである。

というようなことを考えながら、健康セット食Bタイプの蓋を開けたら。
また電話が鳴った。
Mからだった。
「センセー、Mでーす! 今、クルマタイヴァスに着きました! これから電話通じないエリアに行くので! お礼させてくださーい、ありがとうございました!」
「良い旅をね。お土産はたこ焼きかな」
一瞬の沈黙のあとで、
「アハハハッ、ラジャー! では!」
元気な声で会話は終わった。


MとFがこのあとどういう関係になるのか、他人の私にはわからない。
わからないが、幸せがそこにあるといいな。とは思う。

とりあえず、食事を済ませてしまおうと、冷めかけの健康セットBタイプの蓋を再び開けたとき、ドアフォンが鳴った。

「予告なしでごめん、5分貰えるかな」
尋ねてきたのはNだった。
子どもを連れてきている。
背後にもうひとり。Yも一緒だ。

いいよ。入って。
と、ドア開錠。

3人とも、これからどこかへ遊びに行きますといった感じの軽装。
「ありがとう、手早く済ませるね。3人でお邪魔するから、よろしく」
「うん。どうぞ」
室内に入ってきたNが、後ろを振り返って、
「靴脱ぐの手伝ってあげて。脱いだら揃えて横に置いて。自分の靴も揃えて横にね。上がる前に、お邪魔しますと一声ね。それと手指の消毒して。右側のリビングでしりとりか手遊びとかしながら待ってて。5分で終わるからね」

頑張ってるなぁN。
私にはとうていできそうにないあれやこれやだ。

「で、相談なんだけど」
と、NはNらしい穏やかな表情になってダイニングの椅子に座った。
「複合家庭の希望を出そうと思っててね。で、また保証人頼みたい」
「いいよ。どのタイプの複合?」
「うん、とりあえずは子どもの養育の安全と質の向上のために、家族運営が安定している2名以上の家族って条件で、探してもらってる」
「なるほど。わかった、引き受けるよ保証人」
「Yもこのごろすごく家事育児、頑張ってくれてるんだけれど」
「うん」
「まだ安全と養育の質という点でいうと、私とYだけでは足りないかなと思ってね」

ということは、離婚は回避かな。
うん、まぁ、よかった。

「ところでYさん? 職場異動になったって話を聞いたんだけど」
リビングにいるYに訊ねてみる。Yは笑い出し、
「はっや。さすがっすね先生。情報ダダ漏れってところが気持ち悪いですけど、ハイ。そうです」
「仕事のための異動? 自身の希望での異動?」
「左遷すね。でも自分としては助かります、時短でフレキシブル可能で軽作業で責任ほぼ無しなので」
「報酬とかは?」
「半減よりかはちょっとマシって感じ?」
「そっか」

Nがニコニコしてた。こんな笑顔、滅多に見ないのでちょっと驚いた。
「Yにアドバイスしてくれたんだって?」
「ああ、まぁ、ちょっとね」
家事参加少しずつアップと、1日10回ありがとう、続いてるのかな。

「Yは頑張ってくれてるけど、まだどうしてもね。他者の行動への理解度や、心底を汲み取っての対話とか、円滑な交流のために何をすべきかってあたり、苦手なところはすぐには改善できないので」
「そのぶん、Nさんが引き受けていくっていう感じ? 負担は大丈夫?」
「うん。複合家庭にはその手のケアが可能な人材をと、お願いしてある」
Yと子どもがリビングでじゃんけん手遊びをしている。
じゃんけんぽん! あっち向いてネコ! ニャー。
楽しそう。

「経済については、私の報酬で問題はないと思う。ただ、今の家だと複合家族としては手狭なので、できれば家建てて引越しもと思ってて。ここの家の隣、まだ土地が空いてるよね。東側」
「家建ってないまま2年くらいだね」
「購入時、保証人頼む」
「わかった…けど。私の特待がもしかしたら一年先に消滅する可能性があるから、保証人必要なら早めが安心かな」
「そか。じゃ、急ぐね」
 リビングで遊んでいるYと子どもを見ながら、
「複合家族の経営が順調にいったら、私たちの家庭に参加してみる?」
Nがさりげない感じで訊いてくる。
「ん?」


「もしもあなたの特待が失効して独居が不可能になってしまった場合、隣接する私の家を主家屋とし、この家を第二家屋に指定すれば、あなたは今まで通りに暮らせる。仕事をし、適度に静かな環境で、あなたが望む形の暮らしを…100%ではないにしてもね。続けることができる」
複合家族の追加という方法かな?

「それでもときどきは私の泣き言を聞いてアドバイスしてくれたり、Yのわがままを諌めてくれたり。E園長やらMやらをなだめたりすかしたり、Fにアドバイスをしたりと、あれこれ面倒なことやらなくちゃいけないときがあるかもしれないけれども」

NのNらしさ全開。子の親として、パートナーとして、会社では管理職として。
ネットワークに隙がない。

「一緒にならないか、J」
Nは微笑んだ。
「あなたがこのさき私に対してそうしてほしいと望むのであれば、あなたの矜持を守り、あなたの心を守り、身体を守り、あなたのたいせつなものをたいせつにしよう」

「それ、この5分で片付けようっていうの、無理がないか」
ちょっと笑ってしまった。
Nも笑っている。
「少し時間もらうね。考えておく」
「うん。急がなくていいよ。ゆっくりで」

リビングにいる子どもが不思議そうな顔で私とNを見て、
「なにちてるの?」
小声でYに尋ねてる。
「約束かな?」
ふうん、と、子どもは無関心げ。

話を終えてNとYと子どもはピクニックへと出掛けていった。

あの3人の幸福をささやかながら私が支えている。

わたしも少しだけ支えてもらおうかな。


それは案外、悪くない。



対称図・Nの選択  (終)



















この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?