見出し画像

ツバメのいた夏・3

——野生のいきものとヒト。両者のあいだに、『通いあう心』もしくは『相互理解』はあると思いますか——

我が家で育雛中のツバメペア、危険警報を出して、「人間がすぐにドアから出てくるかどうか?」をテストした可能性について、半信半疑のまま二日ほど経過した。
ペアが育雛開始してから巣の観察は遠慮していたけれど、ドアを開けてわたしが巣を見ていても、親鳥はまったく気にしていない。加えて、ヒナもべつだん怖がったりしていない。なので、わたしももう神経質になるのはやめることにした。用があれば普通に出入りするし、巣のヒナに話しかけたり、戻ってきた親ツバメの写真を撮ったりもする。
野生動物はカメラのレンズを嫌うと、ものの本で読んだ。我が家のツバメファミリーはカメラも人間の一部と思っている。なので逃げも隠れもしない。鳥撮りにはありがたいツバメたちだ。

例のテストの翌々日、庭でテラコッタの古土を片付けていると、頭上から「キケン! キケン!」が聞こえてきた。屋根のあたり、高速で飛んでいるツバメが三羽。ということは、ネコやヘビやハトの脅威ではなく、またもやよそのツバメの来襲らしい。
急いで玄関に戻り、作業着を脱ぎ、ブーツを蹴り脱ぎ、帽子を投げ捨て、手袋を外して手を洗い——庭仕事のあとなので、押っ取り刀で駆けつけるというわけにはいかず——勝手口へ駆けつけてドアを開けた。
案の定、見慣れないツバメが目の前にいた。わたしを見てよほどたまげたのか、一度は床に落ちた。すぐさま飛び立っていき、それをペアが追跡して追い払った。
今日来たツバメが前回追い払ったツバメと同じかどうか、わたしにはわからなかった。追い払っても三回くらい来ることがあるからから、もうちょっと待っていようと、そのまま立つこと数分。もう危険警報は聞こえず、ほどなくしてペアが戻ってきた。巣から少し離れた雨よけのひさしに並んで、わたしを見ている。
「もう行った? 大丈夫?」と、わたしが問いかけると、二羽揃って飛んできて巣の下のフェンスに止まった。
そして二羽同時に「チュリッ、チュリチュリチュリチュリッ! ギー!!」けっこうな大声で鳴いたのである。
雰囲気から察するに、この鋭いさえずりはいらだちというか抗議というか、
「警報出したらすぐに駆けつけてこなくちゃダメでしょう! 何をぐずぐずしていたの!」
……というふうに、わたしには聞こえたのであり……。
「はい。すいません」
と返事をすると、一羽がフェンスから離れて遠ざかり、間近な樹木を一周してまたすぐ戻ってきた。
そして再び二羽一緒に、「チュリッ、チュリチュリチュリチュリッ! ギー!!」である。叱られてる感がハンパない。

安易に擬人化しちゃいかん、とは思う。思うけれども、このペアがわたしに向かって、この勢いで(剣幕で?)、二羽同時に、しかもこのような音量の声で鳴きたてたのは初めてだった。
前回、よそオスと思しきツバメを追い払ったあとの「よかったね! 力を合わせればきっと大丈夫! これからも頑張ろうね!」的な雰囲気に比べると、今日のはなんというかこう、激しさが違う気がした。

そののちペアはまた餌探しに飛んでいった。
室内に戻ってから考えた。彼らが、巣の安全をはかる要員としてわたしをカウントしているか否かについてである。前回は半信半疑だったけれど、もう七割五分くらい信じてもいいような気がしてきた。ヒトが思うよりずっと高度な社交術と交渉能力を、鳥たちは持っているのかもしれない。
ツバメは人語を解さないだろう、とは思う。だが、わたしの行動パターンを正確に知っているのだ。そこに『信頼』や『利用』『要請』のような概念があるかどうかは不明だが。

そういえば、数年前に庭の手入れをしていたときに、雀が次々と、しかも猛然と、わたしの足下の植え込みにボスボスボスッと飛び込んできたことがあった。理由はすぐにわかった。庭の木の上に、猛禽類が止まっていたのである。うおー、こんな近くで猛禽を見ることができるとは! と、ちょっと感激した。だがカメラを持っていなかった。無念……。
一分ほどで猛禽は飛び立ち、わたしの足下の植え込みに隠れていた雀たちも次々と飛び去った。
あのとき雀たちは『猛禽よりも人間のほうが安全』ないしは『人間がいれば猛禽は近づいてこない』と判断して、わたしの足下に飛んできたのだろう。わたしとしては(ヒッチコックを連想するくらい)驚いたのだが、たしかに窮鳥懐に入ればなんとやらであり、庭師は鳥に悪さをしないから、雀の判断は『正しかった』のだ。鳥頭だなんて誰が言ったのだろう。鳥は賢いのだ。

ツバメのヒナたちは順調に育っているようだった。
ヒナは五羽。最初に鳴き声が聞こえたときから数えて七日めあたりになると、さえずりはがぜん大きくなり、餌をねだるときは「ぢゅーぢゅーぢゅー!!」。キッチンで洗い物をしていても、水音に負けないくらいの音量で、朝から晩までにぎやかだ。
身体も大きくなってきて、親が餌を持ってくると、巣から身を乗り出してねだる。はみ出しすぎて落ちそう。万が一巣から落ちたらどうすればいいんだろう? ツバメのヒナが落ちていたときにできることは何か、ネットで情報を探して読んでみたり。

だがある朝、プン受けの新聞紙に、明らかに「これはいけない色だ」と思うようなブツが散っていた。食べてはいけないものを食べたのか? それとも身体が弱っている子がいるのか。巣を見上げてみると、五羽のうち一羽が巣のへりに頭をのせてうなだれ、親が来ても餌を催促しない。
どうしたのだろう、大丈夫かと案じつつ一晩。
翌朝、一羽がプン受けの板の上に、仰向けになって落鳥していた。
白い小箱を用意して安置し、庭の小花少々を添えた。紙に虫の絵を描いて切り抜き、横に置く。この子は軒下で命を終えたから、一度も青空を見なかったかもしれない。小箱を手に庭に出て、空の見えるところへ箱を置いた。自由に飛んでおいき。そしてこの次生まれてくることがあったら、またうちにおいで。弔いをして白い紙で覆い、蓋を閉めた。
涙は二日遅れで襲ってきた。我慢するとあとでメンタルに響く。しかたがないから西の丘へ車で行って、誰もいない山中でぎゃん泣きした。
わたしはこの五年ほどで、身近なたいせつなひと、深く愛したたいせつな命を、いくたびも見送ってきて、まだあちこち癒えていない。今年はとにかく無理をしないで、できる限りのらくらしようと決めていた。なのに半年でヒナ一羽を見送ることになってしまって。ホントにもう。酉年なのに。グスグス。山中で三分ほど泣いてから、エンジンをかけた。
眼下に広がる水田あたりで、ツバメの親ペアが今も餌を求めて飛んでいるはず。巣のなかの四羽の子らのために。
ならばわたしも、よそのはぐれツバメが襲ってこないように、また巣の見守りをしよう。そう思いつつ、山をくだったのでした。

(今はもう泣いてはいません。どうか心配しないでくださいまし)

ちょいと脱線します。幸せな話をひとつ。

光り
飛び
求め
応えして生きて
逝く
彼らはその二週間を哀しんではいない——
(拙著『ホタル』より抜粋)

この夏、素敵な体験をしたので書いてみたい。
撮影中、一匹のホタルがゆっくりと飛んで近づいてきた。説明しにくいのだけれど、「あ、この子、わたしに止まる気でいる……」そう思った。ホタルはすーっと寄ってきて、わたしの右手に止まった。
ホタルが止まったそのとき、じつは(長秒の)バルブ撮影中だった。右手はカメラ脇にあり、レリーズはリモコン式。スイッチを押すタイミングだったけれども、手を動かせない。少しでも動いたらホタルは飛び去ってしまうだろう。そのまま手を動かさずにホタルを見ていた。
手の甲の上でホタルが光る。すうと光が弱まる。またふわっと光る。
ホタルの脚の、柔らかな感触——感じとれるかどうか本当に微妙な、さわさわと、さやさやと、軽い触れ具合——。
成虫となればホタルは二週間の命。その命の時間の、ホタルにとってはたいせつなひとときを、ともに過ごしてくれている。
数分ののちホタルは離れていった。
あの夜のわたしとホタルとのひとときを、正しく表しうる言葉をわたしは持っていない。それでいいような気がする。

初夏の夜、幸せが手の上にあった。

野生動物との出逢いは一期一会。大事にしたい。

↑過去の写真です。お気に入りの標識。

というわけで閑話休題。巣立ち。そして空へ。

四羽のヒナでみっちみち。
ここまで大きくなると、もう巣立ちまで秒読みだ。巣の外側に身体を出して、羽ばたきの練習らしきこともする。そして親が餌を運んでくる回数が急に減る。フェンスに親一羽、少し離れたひさしの上にもう一羽の親。ヒナたちの様子を見ているらしい。ヒナ自身もそうだろうけれど、巣立ちは親も緊張するのだと思う。もちろん、ばぁば兼ボディガードのわたしも緊張する。気が気じゃなくて、何度も見に行く。

そしてついに一羽が飛び立った。

驚かせないように扉を半開きにして撮ったので妙な影が映り込んでいますが。最初の一羽の巣立ちです。

↑ 巣立ち直後の幼鳥と見守り中の親鳥。幼鳥(左)は、くちばし下あたりがぷっくりしていて顔つきが幼い。巣立ち直後、まだ自力で餌は採れない。親を見ると寄っていて餌をねだる。可愛い雛はちゃっかりギャング。羽根をばたつかせて口を開け、「ぢゅーぢゅー」と鳴く。親鳥は子にたかられっぱなしだ。しかも巣立った雛と巣立ち前の雛の両方を育てなければいけないから育児疲れっぽい。毛繕いする暇もないのだろうか、羽根が毛羽立ち、腹部は汚れ気味。

この日、三羽は残留。まだ頬に産毛残ってるのが幼い感じで可愛い。夜には巣立った子も戻ってきてまた四羽でむちむちしながら寝てました。

翌日。

四羽とも巣立ちました。
一羽を失ったけれど、四羽が無事に巣立ってひと安心。

楽しい日々だったな……と、最後のプン受けの新聞紙を片付けました。夜に戻ってくるかもしれないヒナたちのために、もう一度、新聞紙をセット。

ここでめでたしおしまいになるはずだったのだが……

数日後、意外な展開が。

ツバメのいた夏・4 に続く。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?