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マシュマロ(ランダムワード小説)

安物のパイプベッドがきしんで、痩せっぽちの僕の重みでさえ、床につきそうなくらいに「く」の字にへし曲がった。幅90センチの狭いシングルに、小さく丸まった彼女が横たわる。
僕はとりあえずパンツだけを履いて、冷蔵庫の中の炭酸の抜けたコーラを飲み、そのあと歯磨きをしながら、朝のニュースを見た。台湾で地震が起きて、ビルが今にも倒れそうなくらい折れ曲がっていた。僕はふと気になり、ベッドの上の彼女を確認する。背骨が折れ曲がっていないかを。ぽっこりと飛び出た背骨は性欲をくすぐるわけもなく、そこから何かが生まれそうな不気味さすら感じた。しばらく見ていると、ゆっくりと寝返りを打つ。折れてはないのだと確かめて、僕はテレビを消した。
窓の外では、ほとんど花の散ってしまった桜の木が、出番交代のごとく緑の小さな葉っぱを揺らしていた。北向きの窓辺にも、ほんのりと暖かな陽気を感じる。
ねえ、いつまで歯磨きしてんのよ。
背後から彼女の声。非難めいた喋り方をするが、通常モード。ちらりと横目で見ると、まだ背中を見せたまま、さっきと変わらず丸まっている。
そんなんだから、歯医者さんに言われるのよ。
歯医者に歯磨きのしすぎを指導されたのを、事あるごとに言われる。たしかに僕は気づいたら何十分も歯磨きをしてしまう。何往復も。歯医者には、歯が擦り減っていると注意された。
歯磨きをやめて、口をゆすぎ、またベッドに戻った。そっと彼女の背骨を指でなぞる。反応はない。マシュマロみたいな乳房に比べて、背骨はとても重要な任務を与えられた監督員のように頑なだ。
とても静かな朝だった。
僕らは予定もなく、欲もなかった。
テレビを消さなければ、窓を開けていれば、歯磨きをしなければ、また少し変わっていたかもしれないけれど。

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