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定年退職後の私の日々(人間関係編6:急速に疎遠になってしまう人達Ⅱ)

 死ぬほど暑い。私の部屋の室温はなにをどうやっても29度~33度のボックス圏を彷徨うことしかできない状態だ。昨年、無理矢理設置したコロナ社のウインドクーラーの冷却能力が気温上昇に対応できていないのだ。冷却能力の脆弱なウインドクーラーしか設置できない場合があるのは賃貸住宅の問題点の一つでもある。

 この状態は健康には余り良くない。持病治療用の薬剤の副作用もそこそこあるので、精神的にも少々疲弊しつつある。今年ばかりは冬が待ち遠しい。

 さて、私の現役サラリーマン時代の仕事に関する人間関係は、主に「お客様」、「協力企業(業者さん)」、「上司、同僚、部下」の3種類に分けられると思う。「上司、同僚、部下」との人間関係は定年退職後3年強が経過した現在となっては、定年退職時に予想した通りのスカスカの状態であることは前記事で述べた通りだ。

 一方、「お客様」との関係は、迷惑かけたり、大喧嘩したり、修羅場を共に乗り越えたりした人物とは未だにそれなりのコミニュケーションがあったりする。これは意外と面白い。

 そして、興味深いのが残りの「協力企業」に関わる人間関係だ。こちらは予想に反して即座に完全0になった。「この人とは、定年退職後も付き合いそうだなあ」と当時は思った連中も、ものの見事に完全に疎遠である。実に清々しいくらい疎遠だ。疎遠は美しい。

1.協力企業との人間関係でヤバくなる

 当時、協力企業との人間関係はまあまあ良好だったので、定年退職間近になって御礼を兼ねて”挨拶回り”をしたのだが、それまでの付き合いとは肌触りが異なり対応が冷淡だったのを思い出す。先方としては、「これから無価値となる人物に時間を割いている暇は無い・・・」という事なのだろう。今考えれば、マンガのように当たり前の展開なのが面白い。

 こうやって記事を書きながら当時の事を考えてみると、やはり定年退職後にも有益な人間関係を維持するような間柄ではなかったのかな・・・と思う。別にそれはそれで良いのだが・・・。

 一方で、定年退職者によっては、それでは全然良くないケースがある。定年退職者が協力企業の甘言を真に受けて何らかの期待をしてしまっているケースだ。

 これも、定年退職本のテーマとしてたまに出てくる。たまにしか出てこないのは、結末が余りにも悲惨で情けない状況になるので、テーマとして紹介されにくいのかも知れない。この悲惨さに比べれば、お馴染みの”承認欲求どうたら、こうたら・・・”はまだましな感じだ。

 私が知っているケースとしては下記のようなものがある。

(1)「定年退職後は是非我が社の顧問に・・」みたいなリップサービスを真に受けたが、実際には「は?何の事でしたっけ?」となり、ニッチもサッチも行かなくなるケース。
(2)協力企業を有力な商流として期待して、定年退職後に勢い独立してみたら、協力企業からけんもホロロの対応を受けてニッチもサッチも行かなくなるケース。
(3)協力企業絡みで再就職には成功するのだが、売り込みを期待(口利き)された古巣には当然のように袖にされ、再就職先には面目丸潰れで、ニッチもサッチも行かなくなるケース。

 特に、(3)は悲惨だ。古巣にも疫病神的にボロカス言われ、再雇用先にも使えないオッサンとしてボロカス言われる事になる。これは、つらい。ハリのムシロ状態だ。

 これらは、少し考えると容易に想像できるような展開なのだが、何の問題意識も無い定年退職者のイマジネーションは悲しい程に貧弱である場合が多い。