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さあ!脱いでください!

「では、今ここで脱げますか?」

と言われて、シャツのボタンに手をかけた。
その手は不安と驚きで、微かに震えている。

やるしかない。
置かれた立場からすると誰の目にも明らかだった。

名門FANZA様でもお目にかかれない動画のようだけど、これは動画の話ではないし、セクシー女優も出てこない。

これは新卒採用面接の話。
登場人物は3人の成人男性だ。

10数年前、リーマンショックで激変した就活市場に私たち大学生は勝負を挑んだ。やる気の起きない僕にとっては、挑まされたというべきで、二次会のカラオケに無理やり参加させられるような感じだ。

ニュースでは、「近年就活は売り手市場で複数内定は普通でした。急に内定0の学生が続出するなんて可哀そう」と哀れむ論調があったけど、実際は悲劇の中心にいた感覚はない。そんなこと言う暇もなく説明会と面接に追われ、僕は自身の長所・短所を全国にさらし続けた。

結果いくつかの企業から内定を得た。特に面白エピソードはないけど、案外あっさりと決まったのをみると、就職活動という行為は僕に合っていたのだと思う。
恵まれた結果を得たくせに、僕はその会社を5年ちょいでサクッと辞めた。そして今、世の中に必要かどうかわからない会社に勤めたまにnoteを書いている。

脱げますか?
そう聞かれたのは私ではなく、私の友人。
彼は俗にいう「愛すべきバカ」だった。

学校の成績は当然下位で生活はルーズ。バイトもやってるかどうかも定かじゃない。だけど彼は「おいしいなこれ!やばい!めっちゃ美味しいな!」と楽食を叙々苑のように楽しみ、くら寿司を銀座久兵衛のように崇め、バーベキューをしては開始5分で川に飛び込む。そして第三のビールをまるで妻のように愛飲していた。きっと持っている球種はストレートのみ。まっすぐな性格と感情表現、憎めない笑顔が友人の短所を補って余った。魅力的な人間だった。

桜が咲き始めた頃に、彼は脱いだ。

どこまで脱いだのかは聞いていないけど、とにかく秒で脱いだそうだ。
なんで脱いだの?と聞いても、「だって脱いだら内定くれるっぽかったからだよ!あとここマジで給料イイんだわ!まじで」しか言わない。まさに最終奥義脱衣、脱衣マージャンよろしく脱衣就活。165キロのストレートを投げ込んだ彼は本当にさわやかな顔をしていた。

今の時代ならSNSで拡散され謝罪案件となる話だ。学生の弱みに漬け込み、本気度を試すような選考は許されるべきではない。そんなに昔のことでもないけど、当時は許されていた、正しくは許されることになっていたのだ。その後、時代は高速で変化した。

会社側はきっと、「なんて型破り!それでいて従順な社員を手に入れたぞ!」という喜びがあったことだろう。秒で脱いだ彼に、秒で内定をくれたそうだ。彼は晴れて某大手保〇会社に就職した。

たぶん君は接待とか飲み会でヒーローになるんだろうなぁ。凡ミスを繰り返しながらも確変を引き当て、とんでもない契約を急に取ってくる。そういう未来像を引っ提げた彼とともに大学を卒業した。

会社員を続けて、30代半ばになった。

ここまでくると、ある程度のポジションが与えられる。僕も一応の役職をもらい、その役職のあるべき姿を日々演じている。興味のないことでも「検討しましょう」というし、収益という公益を求める社会人のふりをする。

愛すべきバカの彼は、今漁業をしている。

6年目で見切りをつけたらしい。給料はいいけど、やりたいことではないし、楽しくなかったそうだ。

思えばここ数年彼とは会っていなかった。就職後に疎遠になるのは特別なことではないけど、気づけば6年経っていた。

ちゃんと必要な資格はとったし、給料もよかった。飲み会はきつかったけど別に大学のときほど飲んでないよ。つまんねぇのよ、ただ。

漁師の息子でもない彼は、人誑しが功を奏して漁師とつながりがあったらしく、活躍の場を海に移した。

朝早いけど、部活やってたから早起きは慣れてるし、魚は上手い。魚って食っても太らないしな!とあれから数年で体重を増やした僕に話す。

与えられた役を演じて成功を目指す僕。
自分を表現して成功を目指す彼。

どちらもきっと正解だと思いたい。そうでないとやっていく自信がなくなる。そもそも何をもって成功というのか、それすら考えてもいなかった。

隣の芝は青く見える。
笑顔からはみ出す不揃いな彼の歯は、以前より白く明るく見えた。

2月末になった、内示が漏れる時期だ。
学生だと制服の採寸が始まる時期だろう。

僕にも4月から新しい役が与えられるようだ。
異動先の説明という制服採寸が行われる。

「では、今ここで脱げますか?」

今度は僕も脱いでやるか。
いや、そんなことはできそうもないか。
桜の季節は、今じゃないと思いたいんだ。


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