IP Yuk-Yiu《ANOTHER DAY OF DEPRESSION IN KOWLOON》[2012]

「地」として創られた、既に存在しない街の奇妙なリアリティ。

IP Yuk-Yiuの《ANOTHER DAY OF DEPRESSION IN KOWLOON》は、2010年のゲーム、《CALL OF DUTY: BLACK OPS》から人物などを取り去り、残った背景を用いた15分の動画である。 (Vimeoでは58秒の抜粋版)
そこでは既に存在しない香港の九龍が描かれ、降りしきる雨音とともに、冷たく水滴を帯びたむき出しのコンクリートの冷ややかささえ感じる奇妙なリアリティを持っている。
この奇妙なリアリティを産みだしているのは「図」と「地」の概念ではないだろうか。これは心理学の用語で、Wikipediaでは「ある物が他の物を背景として全体の中から浮き上がって明瞭に知覚されるとき、前者を図といい、背景に退く物を地という。」と記述されている。元々、この作品で描かれる九龍の風景はゲームの背景であり、「地」であったが、「図」である人物などが取り除かれたことにより、知覚の対象に変化したと考えられる。現実の物体においては「図」と「地」は相対的なものであり、主観によって「図」にもなり「地」にもなる。一方で、ゲームはの背景は元々「地」として創られた存在である。それが「図」として知覚されるようになったことによる歪みが、この奇妙なリアリティを産みだしているのではないだろうか。

--メタノート--
[2021/6/28初稿]エリック・R・カンデル「なぜ脳はアートがわかるのか」で脳での視覚処理過程の話があり、この「図」と「地」の話がこの作品に惹かれる理由かも知れないと思ったのが取り上げたきっかけです。2019年にICC(INTERCOMMUNICATION CENTER)で体験したのですが、改めて展示情報を確認するとこのときの企画展にはハルーン・ファロッキの作品もあったようでした。ちなみにこうしたゲームを改造するのはレディメイド?アプロプリエーション?コラージュ?

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?