うっせえわ、は思春期の俺なら言ってない



特に際立って好きな曲ではないけど
今のティーンエイジャーを茫と表現できる曲なのかな、と

一言で言うとしたら自分が10代だった頃とは
随分と違う様が何と無しに感じられる

尾崎豊世代でもなく、かと言って今の10代の世代でもなく
その間に挟まれた世代としては随分とジェネレーションギャップを感じる
自分が10代の時は、オレンジレンジ等お祭り気分で陽気な歌や
今の時代から比較すると良い意味でイキってる印象の曲も多い



当時の雰囲気を生きてきた自分としては、人それぞれ人格はあれど
あれほど尖った雰囲気の曲が有名になる事はなかった気がする
あくまで気がするだけで、実際には探せば普通にあるんだろうけど

そして当時の自分はお小遣いが少なかったり
親がインターネットに関心を示さないゆえ
家にインターネットを引けなかった自分としては
非常に閉鎖的な世界に生きており

なんとなく自由がなく抑圧が感じられる時もあったが
それを何かをぶつけたり、それを大多数で共有したいと
思ったことすら無かった

また自分が何かに選ばれてるけど
周りがそれを邪魔するとか思ったこともなかった
腹が立っても、何か別のいいことがあれば
それを忘れられる、というか
自分の不満や感情を言語化する様なカルチャーに興味を持たなかった



自分よりもさらに昔の世代の尾崎豊世代の人達の考えなどを
ネットで聞いてみるとその考えや情景を
自分ごとの様に想像することができない

そこから時代は循環していき、価値観はその時代から
抜け出す事は難しいのだなとあらためて感じた

だからこそ"うっせえわ"という曲自体は
自分なりに浅い推察をするしかないのだが
それを自分の価値観こそが至高という虚栄を
ぶち壊すチャンスとして大変ありがたいものである



自分の世代よりも若い世代がさらに減り
加速する不景気や法整備、やらなきゃ行けないことの増加も含めて
今の10代は自分よりも過酷な時代を生きているな
と薄ぼんやりと感じられる

ネット社会で周りとの比較や競争が容易にできるから
自分は優秀だし、上手くやるからほっといてくれ
ってなるのかもしれない

完全に自分なりの考えだから普通に間違ってるかもしれないけど
自分には抱かない価値観がありそうで面白い
あと音楽知識はないけどなんとなくボカロを想像させる曲調を感じる

小さい頃からボカロソングなどが身近に聞けただろうから
所謂ボカロネイティブ世代ってものかな?

最近それらの世代の人たちが
国内の音楽業界を引っ張る存在になっていると感じる

それはいい事であるし、アイドルが世間を牛耳る時代より
俺は好き



どんな形であれ、本当に抑圧されるのなら
自己表現がこう言う形だろうが表現できなくなるし
それに比べたら"うっせえわ"が流行ってもいいのではないか、と思う
色々と物議を醸す曲の様だが、その背景も含めいいことだと思う
ただでさえ、コロナ禍の状況でみんなつらいんだし

黙ってるよりはいいじゃないか

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?