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第7節にあった事、雑感…。

①行きの道中


札幌の”クソ試合”を見ることに関してだけは他人より一律の長がある僕の2024シーズンのスタートは例年より遅めの第7節になっていた。
いつものように”クソ試合”を見るために300㎞超のハンドルを握るのは、これまたいつものように妻。もう何年も通いなれた札幌ドーム道のり。ダッシュボードからウエットティッシュを取り出し二つ折りにしての妻に渡すのが行きの道中唯一の私の仕事である…これもいつもの事。
いつものようについで言うと今シーズンの札幌も、開幕からの低空飛行。
今季にいたっては地上すれすれでこの日を迎えていた。
唯、いつもと違うのは後部座席に子供たちは座っておらず、そういえば初めて妻と二人だけでの試合観戦だった。

「行きはよいよい帰りは…なんとかよね」

札幌の試合を現地で見るようになって十数年。
長女は大学生になり道外に出て、赤ん坊だった息子は中学生になった。
子供たちが年齢を重ねると公平に私達夫婦も歳をとった。さすがにここ数シーズンは日帰りホーム参戦が少々応えるお年頃になってきた。

「せめて、勝ち点1くらいは頂かない事には帰り道がね…」

妻がそう言ってレタスサンドの最後の一片を頬張る。
私は慌ててウエットティッシュを渡した。阿吽の呼吸。

ここまで札幌が手にした勝ち点は開幕戦のわずかに1ポイント。
私達が参戦したホーム試合で勝ち点を獲得したのはいったいいつまでさかのぼればいいのだろうか。こういう重苦しい雰囲気の緩和剤である息子も今日はいない。昨晩唐突に「私、今回は留守番させてもらいます」と言って部屋に入った。今回は…というか生まれてから初めてである。

「まあ、中学生だもんね」

妻も同じことを思い出していたのか私に言うわけでもなくそう呟いた。
そして軽い”舌打ち”をした。
何に向けての”舌打ち”なんだ…。車内になぜか軽い緊張感が走る。

「帰り…俺運転しようかな。ほらドームついたらビール飲んじゃえば?」

催促もされていないのにウエットティッシュを妻に差し出しながら私は言った。阿吽の呼吸もさび付いてきたか。
妻は答える代わりに黙って、アクセルを強く踏んだ…。

②ドームにて

「ねぇ、リーダー、リーダー。新しいチャントの歌詞集みたいのってないの?」
妻は私が確認しただけで3杯目のビールを片手に応援準備に勤しむコールリーダーに声をかけた。

行きの道中と打って変わって御機嫌である。

札幌ドームの芝の香りとクラッシックには私には到底及ばない魔法があるらしい。妻は到着するやいなやまず1杯目のクラシックを飲み干した。ゴール裏の席にについてからは名前も知らないサポーターの顔を何人か見つけては「今季もいるね」と安心する。この間2杯め。
そして行き交う人波の中から夫の友人を見つけ出して「あれそうでしょ!」と言って3杯目を飲み干した。
その後、途中軽い10分の仮眠を挟む。
そろそろ選手がアップをしだす頃、なんの前触れもなく、息子に食卓で息子に話すようにリーダーに声をかけた

私はとりあえず隣に座る他人を装った。阿吽の呼吸。

突如フレンドリーに声をかけられた先方様は若干戸惑いの表情をうかべたものの至極丁寧に対応をして頂いたのは妻の表情を見ても明らかだった。
あいにく、チャントの歌詞集はなっかったものの妻は代わりにもう一つ魔法を貰ったようだった。

「応援頑張りましょう!って言われちゃった」

その日の妻はいつもに増して試合中チャントを歌い、落胆し、歓喜し、怒り、祈り、安堵し、そして熱狂した。
私もつられて声を出した。「となりの妻(やつ)より熱くなれ!」

魔法は感染効果もあるのである…。

③帰りの道中

「やあーいかった、いかった」

妻は怒ったのではなく、良かった…らしい。
勝点3は帰りの道中の体感距離を半分にさせる。
そして妻の機嫌を反転させる。

「コバヤシ君は遠くからでもわかるね」

妻にかかっては”コバ兄”も君付けである。

…まあ確かに今や選手たちはみな私達夫婦より息子に年齢が近い。
私は随分と歳をとったもんだと行きの道中と同じ事を思った。
残酷ながら時間に魔法はかからない。
月日は札幌をJ1に定位着させた代わりに、私を老人に近い中年にさせ、妻が私といるときの不機嫌の頻度を加速させ、娘を家からだし、そして息子を留守番させるようになった。
退屈な一本道を運転しながら私はなぜか自分の両親を思い出した。

「でもさ…」

眠りについていたかと思った妻が口を開いたのはもう、我家に近くなった頃だった。

「寂しいけど、うれしいと思わない?成長したって事ヨ。自分の意志で留守番を選択したんでしょ。今度は私達についてくんじゃなく自分で試合に行きたいと思ってくれたらいいわね。そうなるように北海道コンサドーレ札幌にはしっかりしててもらわないと」

妻はまだ酔いがさめてないのか、それともまだ勝ち点3とクラッシックの酔いが残っているのか。赤黒のクラブを淀みなくフルネームで呼んだ。

「あんた、子離れしないとね」

ちょっと真面目な顔で私に言った…。

④第9節の前夜

「どうする明日…。行く?」

昨晩の夕食も終わるころ妻がクラシックを飲みながら息子に聞いた。

我家の食卓に僅かな緊張感が走る。
私はクラシックを飲みながら、食堂で相席をする他人を装った。

「うーん。午前中用事あるしな…。明日は家で見る」
そういうと息子は何故だか妻に一礼して自室に入った。

妻はどこか寂しそうでもあり、でも嬉しそうでもあった。

「よし!明日はテレビ観戦よ。チャント覚えとかなくちゃね」

そう言って席を立つとスマホで動画を探し、なかなかのボリュームで歌った僅か10分後、眠りについた。
私はリビングで寝息を立てる妻を起こさないようにタオルケットをかけた。
…阿吽の呼吸。

と、いうわけで第8節は行けないのではなく、私達夫婦が初めて行かないという選択をした自宅観戦。
いや、ホーム観戦である…。


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