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自分からの電話

「今度のコンサの社長、ノノさんだって!大丈夫なのかな?でもただの客寄せパンダだったりして!」                            …9年前の「自分」から電話がかかってきた。

2022年の雪の夜。部屋の窓から見える真っ直ぐに落ちてくる雪を見ながら僕は「その時」の気持ちを思い出した。彼のどこか嬉しさを押し隠すような口調。そして少しひねくれた言い回しは僕があの頃のコンサドーレ札幌に抱いていた心境をとても上手に表しているような気がした。      

まだ頭に「北海道」とついていなかった9年前の赤黒のクラブは、久々のJ1  での戦いを「口惜しさ」なんて言葉とは無縁なくらいに見事な負けっぷりで終えていた。試合前に少し憂鬱な味がしたのも、ゲーム途中に聖地の席を立ったのもあの年だけで、「期待するから失望するんだ」って僕の中途半端な人生で得た公式を赤黒のクラブに当て嵌めたのは、そうしないとこのクラブを「嫌い」になってしまう事が自分でわかっていたんだと思う。降格と同時に翌年の予算規模の縮小の話がどこからともなく聞こえてきて、スポーツ新聞にはその打開策に”クラブハウスや事務所の節電を”と目にした時いよいよ「クラブがあることだけでも」と思うようにしたのは「嫌い」にならない僕の「安全装置」が本格的に作動したと自嘲気味に思ったんだっけ。

そんな年のオフシーズンに”新社長”は北のクラブに帰ってきた。希望というにはちょっと大げさな心境で僕はノノさんを迎えた。それは9年前の自分が言うように「クラブが大きくなる」とか「J1に定着する」ってことへの予感じゃなくて、それがたとえ一過性の事だとしても赤黒のクラブが注目をあびるかもしれない。北海道の中でもJリーグの中でもひっそりと存在していたコンサドーレというクラブがまた話題に上るという僅かな期待と予感。それは「ここには自分もいるんだ」とまるで自分自身もまだ幼いくせに、小さな兄弟が家にやってきて両親の注目が一挙に自分からその子にそそがれる孤独感とそれを必死に取り戻したいと駄々をこねる子供ようだった。

ノノさんが動いてきた9年間を今夜電話をかけてきた9年前の自分に一つ一つその話をしていくのはちょっと無粋なような気がした。それは彼の楽しみを奪っちゃいけないっていう優しさよりもむしろ、僕が何度も助けられたノノさんが持つあの「落としどころ」を上手にみつける「話し方」を僕がもっていないってわかっていたからだと思う。ノノさん以前と以後。それまで試合のあとやシーズン後に抱く赤黒のクラブにぼんやりまとわりついていたあの不安というか疑念の色を、ノノさんはいつも僕より先回りして説明してくれた。そしてそれを少しだけ「明るい色」に見えるような工夫を僕に話してくれた。それは行き場のない不安や疑念を鮮やかな色に、いや、しっかりとした赤と黒に染めてくれたんだ。

でもね。9年前の僕にひとつだけ見逃さないで欲しい事がある。いつかの札幌ドームの最終戦。J1プレーオフがかかっていた札幌は、その試合に敗れてドームがなんとも言えないで最終セレモニーを待つまでの間。ピッチからロッカールームに降りる階段にがっくりと腰を落としてじっと何かを考えるノノさんを。今思えばノノさんはこの雄弁に語ってきた9年間の裏側できっと毎夜あんな風に思いを巡らせ未来を思い描いていたんだよ。その姿に僕はこの人と一緒にいつか、J1昇格なんてちっぽけな夢なんかじゃなくてシャーレを掲げる日を見たいって。こんな事9年前のキミに話したら…笑われるだけだろけどね。

「まあ、あんまり期待しないで楽しむ事にするよ!」言葉とは裏腹にはやる気持ちがこぼれ落ちそうだった。「そうだね。こっちも期待しないで今シーズンのJリーグを楽しむよ」9年歳を重ねた僕はそう答えて電話を切ろうとしたそれは9年前の自分と同じようにはやる気持ちを抑えるのと、ノノさんが行ってしまう「寂しさ」が電話を通じてこぼれ落ちないようにしたからだと思う…。


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