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90分以外。

決して…

恵まれているとは言えない身躯のエネルギーを、目一杯ボールに乗せ放たれた一矢が敵のネットに触れた刹那、彼はいつも自分のゴールに『貢献』した者の許へ走り出す。

スルーパスを出した者、クロスを送り込んだ者。そしてそのゴールを願っていた「私達」のもとへ。

スタジアムの中でも一際熱いハートを持つ者達の「住み家」に駆けてくる彼のその姿を私は何度目にしただろう。

相手のゴールの番人に猛然と向かい掻っ攫った得点。

超満員の会場の期待を一身に受け2度ゴールを揺らした最終戦。

クラブの危機的状況を言葉にはしないが感じていた年の開幕でのゴール。

そして、あのフクアリでの彼らしさが全て集約された一閃。

まさに赤黒の一時代の歴史そのものだ。

そんな彼のゴールで

勝負が決まった我がチームのホームのある試合後。

ヒーローだけに与えられる特権のインタビューを受けチームメイトから少し遅れて陸上トラックを歩く彼に私は、吸いよされるかの如くスタンド最前列にかけて行った。後にも先にも私がそんな事をしたのはあの時だけだ。

無心で近寄り我を忘れて彼に届けとばかりに声を張り上げ何か叫んだのを覚えている。

横では普段そんな事をしない父を追いかけて来たまだ小さかった娘が少し不安な顔をしていた。

その言葉ともとれない私の叫びに彼は小さく頷き、私に向かって確かに「大丈夫」と言った。

彼の契約満了の報を聞いた時、

驚きはなかった。クラブが急激に成長する中で彼の姿を目にする機会が減ったのはわかりきっていたし、彼はこの競技をする事でしかチームへの貢献ができない選手と思っていた。

その報がチームから発せられて数日。沢山のサポーターからの想いを馳せる言葉や文章、そして写真を目にした。

その中にあったあるサポの数枚の写真。彼がゴール裏に駆けて来るその表情を見て私は初めて涙が出た。

「このゴールはお前達と取ったゴールだぞ。さあ、お前達の感情を俺にぶつけてくれ!」

その写真の彼の姿は決してゴールパフォーマンスなんて安易な言葉では表せないくらいの私達への何かの表現に見え、きっとそれは審判が時計の針を止めた時間にできる彼の仲間への愛情表現だったと思う。

私はその愛を充分受け取り返しのつかないくらいコンサドーレの住人になってしまった一人です。あなたが厚別で私に大丈夫と言ったのは90分日常を忘れて応援した私の勝手な妄想の様な気もします。

あなたに想いを馳せて浮かぶ映像は90分以外の事と方が多いです。だからあなたが好きだったのかもしれません。

今度は違う色の服を着た者達が集まる住み家へ駆けてゆくあなたの姿を何処かで目にしたいと思う。

その時少し嫉妬を感じ、また涙が出る気がします。

内村圭宏…。

ありがとう。またいつかドームで来る時は必ず会いに行くよ。


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