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あの人は人生1回目だから

最近は訳あって、彼女の付き添いで毎週のように病院に行っている。こっちの病院はすごい。医療が発達しているとか、最新鋭の機械があるとか、そういうすごさではなくて、患者に対してとてつもなくドライなのだ。
小説家の西加奈子さんがカナダでガン治療をしていた時に「あ、ガンなんや。まあ頑張って治していこな」と他人事のように(確かに他人事なのだが)扱われたのが衝撃だったと言っていたが、それに近い感覚がオーストラリアにもある。日本のように、作ったような、同情を含んだ顔で見てくる看護師も医者もいない。「で?何?忙しんだけど」と言わんばかりの、対等かどうかも怪しい態度である。そして平気で時間には遅れる。遅れたことへの詫びもない。「で?今日はどうしたん?」である。先週なんかは最悪で、受付嬢が医師に伝達し忘れており、2時間も待たされた。

日本という国に生まれ育って「サービス過剰」な環境に慣れてしまい、その異常さに今まで気づけずにいた。例えばマクドナルド。「スマイル0円」なんてこっちのマクドじゃ考えられない。仮に「Please give me your smile」と言ってごらん。鼻で笑われるだろう。鼻のスマイルだ。豪国のマクドでは電話をしながらコーヒーを作るし、店員同士が大げんかし始めたり、投げるようにジュースを渡してきたりする。お昼時に行くと大体どこのマクドも戦場と化しており、イメージとしては日本の即席立ち食いそば屋のオペレーションに近い。日本によくいる、大して待たされてもないのに「遅えんだよ!」と訴えてくるクレーマーおじさんなんていようものならフルシカトだ。奥から体格のいい責任者が来てそいつの首を絞めるかもしれない。

今日だって、ハウスオーナーが冷蔵庫を処分するというので僕が業者を迎えるために留守番していたのだが、結局来なかった。どうやら住所を間違えて違うところに行ってしまったらしい。しかも来週まで来れないとのこと。場所を間違ったのは多分嘘だし、来週も来ない。こういう場合は1ヶ月以内に来てくれれば良い方だと思うしかない。

僕が海外生活を通して学んだのは「他人に期待しないこと」である。バスや電車が時間通りに来てくれるだけでも嬉しい。オーダーした料理がちゃんと運ばれてくるだけでホッとする。駐車場に停めていた車が当て逃げされたことは幸いにして今までない。ラッキーと思うべきだ。

「国籍が違うから、感覚も違う。だから許せる」
実はこれは、日本に帰ってからも実践できるライフハックだと思っている。
「県民性が違うから、時間感覚が違う。だから遅刻しても許せる」
「あの人は人生1回目だから、すぐに怒る。おそらく3回目の私は許せる」
「あの人は昨日、最愛の人を亡くしたのだろう。そうでないと、あんな無茶なこと言うはずがない。許」
ちなみに2番目の言葉は島田紳助氏の「松紳」内の発言である。

おおらかでゆっくり流れるオーストラリアも良いけれど、何か腑に落ちない。僕らはあくまで「旅行者」だから「海外だから仕方ない」と諦めているだけかもしれない。時間は極力守ってほしい。食べ物は投げないでほしい。速い英語で捲し立てないでほしい。でもそんなオーストラリア生活もあと1ヶ月。責任感が強くて細かいことに時間をかける日本の方が僕の肌には合っているようだ。帰国してからの生活が楽しみで仕方ない。

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