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クワイエット・ラグジュアリーはいつか来た道

ハイファッションにおける最新キーワードとして浮上しているのが“クワイエット・ラグジュアリー”なのだそう。控えめな贅沢という意味通り、目立つロゴや華美な装飾を排して、上質かつシンプル、それでいて今を感じさせるシルエットやギミックを凝らしたアイテムやブランドのことを指す。ここ数年続いてきたミケーレ期のグッチやバレンシアガといった、ゴリゴリに主張するブランドへの反動とも言える。


左が「ザ・ロウ」のマルゴー、右がエルメスのボリドー

その代表格ブランドがオルセン姉妹による「ザ・ロウ」で、同ブランドの人気バッグ“マルゴー“は、小さいサイズでも50万円以上もするのに伊勢丹では飛ぶように売れているのだと関係者から聞いた。「エルメス」の“ボリード”というバッグと酷似したデザインはどうしたものかと思うが、多くのファッション好きが求めていたのは、どこにでもあるシンプルなデザインだった。ちなみにボリードが生まれたのは1923年で、100年前から変わっていないっていうのも驚きだ。

大きめのサイズで新品だと400万円以上もする“ボリード”には手が出ないけれど、“マルゴー”なら50万円という値段設定も絶妙だ。本当の富裕層ならエルメス一択なのだろうけど、マウンティング合戦には巻き込まれたくないけどいい趣味をアピールしたい主婦層やキャリアウーマンなどのプチ富裕層の虚栄心を満たしてくれる救世主的アイテムなのだ。以前からファッショニスタから高く評価されていたザ・ロウだけど、ベーシックな服や小物をちょっとアレンジしてモードっぽく見せるのが上手だし、準富裕層を狙った価格帯とマーケティングが見事だ。

フィービー・ファイロが公開しているルック画像より

次なるクワイエットラグジュアリーの担い手として名前が上がっているのが、「フィービー・ファイロ」だ。2000〜10年代にかけて「クロエ」と「セリーヌ」で活躍し、数々のヒットアイテムを輩出した女性デザイナーで、自身の名を冠したブランドを立ち上げ、昨年9月にデビューコレクションを発表した。パクリを堂々とやってぬけたオルセン姉妹とは違って、フィービーは数々のイット・バッグを世に送り出してきた実績があるので、メディアや服ヲタが注目するのは当然だ。

その内容は、オーバーサイジングでドレープの効いたコートやジャケット、セミフレアやワイドパンツで今っぽい“ロング&リーン”なシルエットを提示し、抑制の効いたカラーパレットと上質そうな(実際に見て触れていないので)素材を使って仕上げられている。着こなすにはややハードルが高めのアイテムもあるけれど、すぐに取り入れられそうなシンプルなアイテムも多く、セリーヌ時代のヒット作である“カバ”とほぼ同じようなバッグも登場。活動的な大人の女性が求める実用性を汲み取りつつ、フィービーらしいアレンジを少しだけ加えたアイテム類は、いずれも目立つロゴや過剰なディテールは皆無だ。

気になる価格帯はジャケットで60万円台から、バッグも60万円台から。こうした価格設定は、SDG’s的な観点から問題になっている廃棄ロスを減らすために生産量を絞っているからだそう。廃棄ロスをゼロにする最善策は完全受注生産となるが、それではビジネス的に難しいから、言い訳がましく少量生産を謳っているのかも知れないが、いずれにせよ最近のラグジュアリーブランド全てに求められているエシカル視点を忘れないことからもフィービーの巧妙さが垣間見える。


GUCCI公式サイトより

さて、ファッションは20年周期で螺旋のように繰り返すとはよく言ったもので、クワイエット・ラグジュアリーが話題になっている現在のムードは、2000年代初頭のトム・フォード期の「グッチ」やエディ・スリマンの「ディオール・オム」デビュー期に近いものを感じていた。そんな予感が的中したと思ったのが、つい先日お披露目となったサバト・デ・サルノが手がける新生「グッチ」と、ミウッチャ+ラフ・シモンズによる「プラダ」の24AW最新コレクションだった。まさに20年前に発表していたようなルックがランウェイに再登場したのだ。素材を引き立てるテーラリング主体のスタイル、身体に沿ったロング&リーンなシルエットは、まさにクワイエット・ラグジュアリーと呼ぶに相応しい。

PRADAプレスリリースより

目立ちたがり屋のためのラグジュアリーなんて下品そのものだし、やりすぎ感のあるオーバーサイジングやビッグロゴにうんざりしていた人は少なくなかったはずだ。グッチとプラダが見せたこの変化は個人的にも好みだし、やっぱり過剰なストリートテイストにみんな飽きていたのだろう。だから、クワイエット・ラグジュアリーが一定の支持を得て、トレンドの潮目が変わること自体はいったん歓迎しよう。洗練とは削ぎ落とすことで現れる美しさであり、洒脱とはそこに宿るユーモアやパーソナリティであることを教えてくれるから。


フランス上流階級BCBG(ベーセー・ベージェー)―フランス人の「おしゃれ・趣味・生き方」バイブル (光文社文庫) 文庫

そんなことを改めて教えてくれたのは、ティエリ・マントゥによる『フランス上流階級BCBG』という本だった。Bon Chic Bon Genre(ボンシック・ボンジャンル)という言葉の頭文字を取ったのがBCBG(ベーセーベージェー)で、日本語に訳せば良きスタイルと良き振る舞いとなり、フランス上流階級のライフスタイルとその着こなしのことを指す。良家に生まれ、高等教育を受け、名門校を卒業し、高級官僚や大企業の幹部候補となるエリートたちがベーセーベージェーの担い手だ。本著はそんな彼らや彼女らが実践すべきファッションから、マナーや立ち居振る舞い、聴くべき音楽や映画や絵画、さらには食すべき料理や有名店まで事細かに記載されている。さらにスカーフなら「エルメス」、シューズなら「JMウエストン」、シャツなら「シャルベ」といった具合に、ベーセーベージェー御用達ブランドも紹介しているのが実用的でもある。


フランス上流階級の着こなしとマイルス・デイヴィスの音楽を楽しめる名画といえば、やっぱり『死刑台のエレベーター』が挙げられる。

シニカルな視点とユーモアのある語り口を混ぜながらベーセーベージェーを解説する本著の中でマントゥは、「流行とBCBGはお互いに相容れないもの。流行は通過するもので、BCBG族とそのスタイルは永遠に残るものだからです」と断言している。かつてイヴ・サンローランが放った名言「ファッションは廃れるが、スタイルは永遠だ」と同じで、ファッショントレンドに安易に乗っかるのは、成金の田舎者がすることなのだ。エリートでもない日本人がベーセーベージェーには決してなれないけれど、彼らの心意気と自尊心には共感するところが多いはずだ。

結局どの高級ブランドも、それなりのデザインとクオリティの商品を、実際のコストの数十倍の定価で買わせたいのだ。そして、メディアはクワイエット・ラグジュアリーという新奇な言葉を使って広告費を獲得したいのだろう。言葉に踊らされず、一歩引いてトレンドを見てみよう。エルメスのボリードが100年前から変わっていないように、服飾デザインの本質的な部分はすでに確立されているのだ。モードの帝王と呼ばれたサンローランの服ですら、実際はかなりウェアラブルで奇を衒っただけのデザインはほとんど見受けられない。流行り廃りのない上質な服や小物を長く愛用することが、結果的にラグジュアリーでありサステナブルでもある、というごく当たり前のことを思い知らされる。


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