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デザイン思考はどう役立つか

コーネル大学とイスラエル工科大学が「デジタル時代のリーダー育成」を目的にNYに設立したCornell TechでのDesign Thinkingでの学びをまとめます。

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1. はじめに
2. デザイン思考とは何か
3. Why Now?
4. 実践:5つのステップ
5. どう役立つか

1. はじめに

秋学期で学びの多かったクラスの1つがDesign Thinking(デザイン思考)でした。
ビジネスにおけるテクノロジーとデザイン・アートの融合の重要性についてはすでに広く議論され、書籍も出てます。一方で、「起業を目指すがユーザー理解の重要性・方法が分からない人」や「デザイン思考を学んだものの、意識しすぎて何にでもこじつけがちな人」が意外といると感じます。
そこで、本投稿ではコーネルテックでの授業の紹介に加え、デザイン思考がなぜ今重要視されるか、どう役立つ(立たない)のかを考えてみます。

2. デザイン思考とは何か

デザイン思考とは一言で言えば、「デザイナーの仕事のアプローチをビジネス全体に適用し、新しいサービスを作ったりビジネスに変革を起こす」というコンセプトです。デザイナーの仕事も色々ありますが、一つとして「ユーザーの使い勝手や感情を注視することで、ユーザーが想像もしなかった物を生み出す」ことが挙げられます。

例えば米国でアントレプレーの必読書の1つ”The Design of Everyday Things”では、デザインについて以下のように書かれています。

Industrial designers emphasizing form and material, interactive designers emphasizing understandability and usability, and experience designers emphasizing the emotional impact.
We have to accept human behavior the way it is, not the way we would wish it to be.

日本を代表するデザイナーの1人、深澤直人氏のインタビューも参考になります。

この形は人と物との対話関係に、うまく沿っているなっていうものが多分美しいものであろうと思う。ただよくできた形だなっていうのはもうデザインじゃないと僕は思ってる。
本当のことを伝えるのはその人に対してきついので、でも自分を発見するってのもその人にとっての喜びなので、上手く真実を言ってあげればすごくいいことで喜びになると思う。

コーネルテックの授業では、教授はこれをFocus on human valuesという表現を使って繰り返し強調していました。

3. Why Now?

ではなぜ昔から多くの人が実践していたこの「ユーザーへの注目」という方法論が今になって重要視されるのか。職種や立場で解釈が異なりますが、個人的には大きな背景は以下の3つだと思います。

a) Disruptive Innovationへの注目
20世紀においては、商品やオペレーションの「改善」が競争の中心だったのに対し、近年ではテクノロジーが業界を「破壊的に変革」するケースが目立つようになりました。(e.g. デジカメによるKodakの凋落、iPhoneによる電話・音楽・撮影機器の置換、自動車のシェアリングなど)その環境下で、「イノベーションを生み出さないことのリスク」は既に多く語られています。
これに伴い、現状を分析して課題を抽出・改善していく「分析思考」に対し、イノベーション創出の仕組みが強く求められるようになりました。
その点、デザイン思考はユーザーの観察・インタビュー・チームとの意見共有を重視することで、現状起点・技術起点の発想や独りよがりな出し手の論理に陥ることを防ぎ、「驚き」のあるアイディアを創出して可能性を広げることを目指して設計されています。

b) MassからPersonalizationへのシフト
消費者の意識変化とデジタルマーケティングの発展を背景に、より特定のユーザー層に対して最適化したものを提供することが必須となりつつあります。個々人のニーズに合わないと見向きもしてもらえないし、使われた時に共感を得られないと、情報を拡散してもらえず認知もされません。
その中で、デザイン思考では、ユーザーの観察とインタビューを通じ、個々のユーザーの多様な使い勝手・感情に着目し、それらのユーザーにとって最適なソリューションを考えることを目指します。

c) Digital Productの拡大
口頭で議論をして、お互いの認識がずれていたという経験は誰しもあると思います。そのため、ビジネスでは具体化のツールとしてホワイトボードやパワポが重宝されます。一方、Digital Productの開発ではマーケター・エンジニア・デザイナーなど、多様なバックグラウンドを持つ人が協業するため、より認識合わせが重要になります。
デザイン思考では、早期に簡易的なプロトタイプを作ることで、チーム内での認識を蜜に合わせることを目指します。
また、プロトタイプはDigital Productや全く新しいアイディアをユーザーに分かる形で伝え、反応から有用性をクイックに検証し、誰も要らないものを作ることを防ぐことも可能にします。
例えば自動車のデザインに関する好みを分析するのであれば写真+アンケートでも可能です。しかし、全く新しいコンセプトについて、ユーザーに文字や口頭で説明して反応を確かめるのは、家を建てる際に模型なしで議論するようなものです。私も自身でIoT系サービスを立上げた際に、プロトタイプを見せることでユーザーの反応が大きく変わることを実感しました。

4. 実践:5つのステップ

デザイン思考のフレームワークは流派や使う人の立場に応じて変わりますが、ここではスタンフォード d.school式を簡単に紹介します。

I. Empathize (共感)
対象者(主にユーザー)について、言動や振る舞いの観察や会話を通じて、対象者の考え方や価値観を理解・共感し、自分の先入観をなくすことを目指します。さらに、チーム内で生データを共有しあうことでチーム全員がその状態になるようにします。授業では"LIsten with eye (目で声を聞け) "、"Surprise を探せ"、と繰り返し言われました。

Ⅱ. Define (課題定義)
ユーザーや周囲の環境の観察を踏まえて、自分たちが解決すべき問題が何かを定義します。ユーザーの課題を解決するため議論していることを常に意識するため、
"How Might We .....?"
「どうやって(誰)の(どういう課題)を解決できるか?」
という形で定義することが望ましいです。

Ⅲ. Ideate (アイディア創造)
複数のアイディアを組み合わせる"Franken Idea"や、とにかく否定をしないでアイディアに+αをし続ける"Yes, and" など様々なアプローチを使い、アイディアを創出します。その内容次第で、2に戻り課題定義をし直すことも起こります。(より大きい課題は何か?など)

Ⅳ. Prototype (試作)
プロトタイプ、というと一般の人は製品を思い浮かべると思いますが、ここでのプロトタイプはダンボールと紐などで作った "Lo-Fi" なものを指します。これは素早く安く作れるという利点の他に、ユーザーが想像力を働かせる余地が残る、完成度が低いものの方が批判的な意見を出しやすいという利点があります。

Ⅴ. Test (ユーザーテスト)
ユーザーにプロトタイプを渡して反応を見ます。
この際、言葉で説明をするとバイアスがかかる・驚きがなくなるため、何も話さずに渡すことが重要です。フィードバックを踏まえ、課題の再定義やアイディア創出に戻ります。

5. どう役立つか

さて、デザイン思考の方法論はどういう時に役立つでしょうか。

一番わかりやすいのが、「0からの新規事業立上げ」です。
新規事業を立上げる際には、アイディアがない場合でもアイディアに自信がある場合でも役立ちます。新規事業立上げを経験したことない人に多いのが、アイディアを決めうちにしがちということです。これは、ユーザー調査に慣れていない故の抵抗感と、自分の想像力への驕りがあると思います。
以前、コンサル会社にいた時に医療機器の新規開発のPJTがありましたが、二次情報の収集と並行してとにかく医者へのインタビューを行い、課題の理解に努めました。しかし、仮に身近なB2Cプロダクトでも、この姿勢は欠かせないものです。

また、「異なる市場への展開」にも役立ちます。
わかりやすいのは新興国への進出です。文化や嗜好・教育水準の違い、通信等のインフラの違いなど、バイアスがありうる領域を挙げればキリがありません。
しかし、仮に「よく知っている」と思っている市場に進出する場合でも、バイアスを疑うことはこれまで述べてきたように大変重要です。

一方で、例えば企業戦略の検討(ポートフォリオ、市場選定など)オペレーション改善などより広い範囲の意思決定が主な目的の場合、発想の起点にはなり得ますが、繋げ方に注意が必要です。

デザイン思考のアプローチは効果が大きい一方で、一番のデメリットはコストです。とにかく人手&時間がかかる上に、フレームワークを単に知っているだけでなく、実践できる人材が必要です。(例えばインタビューはうまく行わなければ逆にバイアスを助長します)

アンケートや机上の議論で済ませる方が望ましい場合も多々あります。
すでに課題の仮説が定まっており、最大公約数を探りたいという場合もあるでしょうし、意思決定までの時間が限られる場合も多いです。環境の激しい変化に対応するための手法なのに、避けるリソースが限られているのにも関わらず無理に導入して動きが遅くなるとしたら本末転倒です。

まとめ

色々と書きましたが、コーネルテックの教授の言葉を借りれば “The only way to learn design thinking is to do it (実践しないとわからない)” です。私も渡航前に本で学んだ際は理解できなかったし、今でも及んでいないと思います。興味のある方は経験豊富なガイドの元で実践してみることをお勧めします。
尚、ガイドの質によって学びが大きく変わるタイプのスキルなので、コーネルテックへの留学もオススメです。

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