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なぜ動画編集者になろうと思ったのか

そこに動画があるから…


登山家よろしく言ってみたけれど、そんな理由ではないわけで。

どうもたまです。

教員をしていたたまが、なぜ動画編集者を目指そうと思ったのか。

それは、

タイミングが重なったから

動画編集者になる道に決めたのは、様々なタイミングが重なったからだと振り返ってみて思う。

「この道を進もう」というのは自分で決めた。周りにはきっかけをもらった。

X(旧Twitter)で交流している方がある日ゲーム配信を始めた。それがきっかけだった。

もともとゲームは好きだったし、何より彼が「新しいことに臆せず挑戦している姿」がカッコよかった。

配信するとなると自分で編集をしなければならない。
初めの頃はほぼノーカットで、声も全然聞こえないくせにゲーム音は爆音という、目も当てられないような編集だった。

でも楽しかった。

素材となる動画を切ったり貼ったりして、一つの動画にする作業が楽しかった。

そんな話をXのスペースで話していたところ「動画編集を仕事にしたら?」と勧められたわけだ。

他の人は編集作業自体が苦痛らしい。でも僕は嫌いじゃない。なら仕事にできる可能性はあるんじゃ?

なんて考えていたある日、ある広告が目にとまる。

「沖縄県在住の方限定!動画編集スクール開講」

普段なら「SNSに表示される広告なんて怪しい」とスルーするのに、この日はあれよあれよと申し込みをしていた。

完全に見切り発車だったが、乗りかかった船。
「ええい、ままよ」と動画スクールの説明会に参加した。

動画市場が拡大していること、動画編集者が足りないこと、どのような案件があるか、講師の作った作品、など説明を受けているうちに
「自分でもできるかも」
という思いが湧き上がってきた。
自惚れではない(はず)。本当になんとなく直感的に「自分でもできる」と思ってしまったのだ。

僕は直感を大事にすることに決めている。それで正しかったことが多い。
今回もその直感を信じてみることにした。

幸いスクール料金も良心的で自己投資として出せる金額だった。

教員の道はもう無いだろう。

実際、教員として働いている頃も
「こんな働き方、いつまでもできない」
と常々思っていた。

そして4年前、愛娘が誕生した。

教員の生活については以前の記事に書いたが、最愛の娘と過ごす時間を奪われる仕事だ。

しかもそれが当たり前だと思っている人のなんと多いことか。

「ここは自分がいるべき場所じゃない」

そう思うのに時間はかからなかった。

今は教員を退職した時を想定して色々と動いている。挑戦している。
どうなるかはわからないけれど、これでやっていく。
僕には守りたい存在がある。

やってやる。

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