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溢れる 第一章《短編小説》

第一章

Part1

俺の名前はライアン。アフレル国の王子だ。歳は15になる。俺の周りにはなんでもある。何か望めばなんでも手に入る。物も地位も。だけど何かが足りない。とても窮屈なのだ。もっと自由になりたい。

自由になりたいと感じた時、俺は海に潜る。海は自由だ。魚やカメたちがいつも楽しそうに泳いでいる。それに海に潜っていると、綺麗な歌声が聞こえてくるのだ。人魚の歌声だ。アフレル国では海の深いところには人魚の国があると信じられている。人魚は魚たちとこの海を自在に泳ぎ回ることができる。俺は密かにそんな人魚になってみたいと夢みている。

私の名前はエリイ。アフレル国の学生よ。歳は15になる。私の周りには何も無い。何かを望んでも何も手に入らない。物も地位も。いつも生きるだけで精一杯。とっても窮屈。もっと自由になりたい。

自由になりたいと感じた時、私は海に潜る。海は唯一の味方。海ではどんな高価な物や地位を持っていても関係ない。海の中では皆平等に息ができない。平等を与えてくれる海は私の支えなの。それに海に潜っていると、綺麗な歌声が聞こえてくるの。人魚の歌声。アフレル国では人魚は死の神だと言われている。人魚の姿を目撃したものは全員死ぬと言われている。だから実際に人魚を見たことがある人はいない。私は密かにそんな人魚にあってみたいと夢みている。

冬だというのに春のような温かさが日常を包んだ。

ライアンとエリイはその日たまたま同じ時間に同じ砂浜に訪れていた。二人ともいつものように海に潜ろうとしていたのだ。ライアンの右足、エリイの左足が海と触れた時、海からこちらを眺めている人の存在に気がついた。

そしてその人は人魚なのではないかと疑った。


Part2

アフレル国の本に載っている人魚の髪は綺麗な青色で、その人の髪も綺麗な青だったからだ。

ライアンが先に話かけた。

「もしかしてお前は人魚なのか?」

人魚と思わしき人は、

「うん、そうよ」

とすんなり自分のことを人魚だと認めた。

人魚が目の前にいるとわかったエリイは急に焦りだした。

「えっ、えっ、じゃあ私はあなたを見てしまったから、もうすぐ死ぬってことだよね。嫌だ、まだ死にたくない」

人魚は一瞬固まり、笑った。

「私に人を殺す力なんかないわよ。そんな力があるなら、私はずっと海の底に閉じこもってるわ」

エリイはなおも問う。

「だけど私のママも、ジジも、漁師の人たちだって、人魚を見たら死ぬって言ってたよ」

「ないない、皆噂話に騙されちゃったのね、海の中でも嘘の噂話はよく広まるけれど、人間界も同じなのね」

人魚は少し困惑した表情になった。

「ちょっと待って、じゃあ人間の男とキスしたら人間になれるのって、もしかして、嘘?」

ライアンが話す。

「は?そんな話は聞いたことないぞ、試しに俺がキスしてやろうか」

そう言って人魚に近づいた。

Part3

人魚が先にライアンにキスをした。

ライアンは本当にキスするつもりはなかったのか、動揺している。

ただ人魚はもっと動揺している。

「え、まじでなにも感じない。尻尾が足に変わる感覚なんて微塵もない」

人魚はちらりと海の奥を見た。

「なんだよ、嘘かよ。長生きしてるからってだけでただの嘘つきじゃねえかあの亀め。最悪」

「ちょっと亀を問い詰めてくる」

「私は毎月1日にここにくるから、もしよかったらあなたたちもまた来てね」

そう言って尻尾を海から出して、尻尾を振って、海の中に戻っていった。

残されたライアンとエリイはお互いを認識したが何も言わずその場を去った。

次の月から、毎月ライアンとエリイは1日に浜辺を訪れた。人魚の言った通り、人魚は1日には必ずそこに現れた。

三人は最初こそぎこちない関係であったが、お互いを知るにつれて友情が育まれた。

話をしていく中で人魚の名前はサナで、歳は二人と同じ15であることがわかった。

三人で会い出して8ヶ月が経過した月。サナがいつもより嬉しそうな様子だったので、エリイが尋ねた。

「サナ、なんか良いことあったの?」
Part4

「うん、これ見てよ」

サナは二人の前に得体の知れない金色の液体入りの瓶を見せた。サナ曰く、この瓶は人魚界の嫌われ者の魔女から貰ったのだという。嫌われ者だからどんなに意地悪な奴なのかと思ったけど、実際会うとすごく良い人だったらしい。

「魔女のジニーさん曰く、これを飲むと人間になれるらしいの」

「本当なのか?魔女が言ったことだろ?」

「うん、魔女だからって信用しちゃダメってことないでしょ?」

「それもそうか」

ライアンは納得した表情をしていたので、エリイが話に加わった。

「納得するの早すぎです。絶対やばいですって」

「エリイ、心配してくれてありがとう。私も正直怖いけど、もしこれ飲んで私が死んだら、エリイ、あなたも一緒に死んでくれるでしょ」

「それは、そうですけど」

共に死ぬ事に関してはすんなり受け入れるのだな、とライアンは不思議に思った。

「じゃあ飲んでみるわね」

そう言ってサナは瓶に入った液体を一気に飲み干した。どこで習ったのか知らないがその飲みっぷりは風呂上がりの人間を連想させた。

Part5

金色の液体を飲み干した瞬間、サナの尻尾が光りだした。

「感じる、感じるわ。ライアンとのキスでは感じなかったこの感覚、初めてのこのかんじ」

光りが落ち着いたサナの下半身は人間の脚になっていた。サナは砂浜に立つ。そして泣いた。

「これが脚。これが立つってことなのね。砂浜の砂はこんなに足の裏に刺さるのね。立つって痛いのね」

ライアンは何故か誇らしげだ。

「だろ、立ってんの疲れるだろ。だから俺は人魚になりたいんだ」

エリイはそんなライアンの言葉を流した。

「サナが立ててよかった。生きていてくれてよかった」

サナはエリイとライアンと抱き締めあって喜びを共有した。

一時的に人間になったサナを引き連れて三人はアフレル国の街に繰り出した。

第二章へ続く

ここまで読んでいただきありがとうございます。