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溢れる 最終章 《短編小説》

第一章

第二章

最終章

Part11

サナが普段暮らしている海の中で、サナは家族達と仲良く過ごしていた。

人魚も人間と同じように人魚同士で集まって街を形成し、そこで生活を営んでいる。

人間の技術では辿り着けない深海に人魚の街はあるので人間が人魚に出逢うことは基本的には無いし、人魚が人間に出逢うこともない。

人間が潜ったり、魚を獲ったりする浅瀬には近づくことを禁止されていた。

人魚の子供が浅瀬に行かないように、人魚界の絵本には、人間は悪魔だ、鬼だと描かれている。

だがサナの両親は人間の中には良い人もいるんだよと、幼きサナにこっそり教えていた。

サナの両親は若い頃に人間と仲良くしていた時があって、その人間のおかげで二人は結ばれた。そしてサナがいる。だからサナがいるのは人間のおかげでもあるんだよ、と伝えていた。

それに人間はとっても歌が上手いんだよ、と言って、その人間が歌っていた歌を真似してサナに聴かせてくれた。

そんな両親が失踪してしまったのはサナが12歳の時だった。

失踪の原因は解明されなかったが、噂では、両親がまた浅瀬に近づいたせいで人間に殺された、とか、魔女に連れ去られた、とか、いやいや、娘たちを育てるのが嫌になって自分たちだけ逃げたんだ、とか、真実なのか嘘なのかもわからない話を散々聞かされた。

サナはその度に言われた。

可哀想ね、あなたの親はヒドイね、心配しないで何かあったら家においでね。

その全てに同情と憐みの感情が含まれていた。

こんな中で唯一サナに寄り添ってくれたのが、長寿の亀だった。

亀はサナのどんな話も聞いてくれた。

行くのを禁止されている浅瀬にもこっそり連れて行ってくれた。

サナは浅瀬で時折見つける人間の落とし物を拾っては宝箱に入れていた。

亀は両親が歌ってくれたように、サナに歌をよく唄った。

その歌を聴くたびにサナは両親を感じ、そして人間への憧れが募っていったのだ。

Part12

ある月、いつものように日が暮れる前にサナが海に帰ろうとしていた。

魔女のジニーから貰った人間になれる薬は日が暮れると効果が無くなると教わっていたし、実際に太陽が海に沈むと、サナの両足は元の人魚のものに戻った。

この日も砂浜までライアンとエリイが見送りにきていた。

サナはいつものように、手を振って海の中に帰っていった。

太陽もいつものように、海に帰っていった。

ライアンとエリイも各々の家に帰ろうとした時、背中越しにバシャバシャという音が聞こえてきた。

嫌な予感がして振り返るとサナが溺れていた。

急いでライアンは服を脱ぎ捨て海に飛び込みサナを砂浜まで引き上げた。

幸いすぐに助けたので、命に別状は無かったが、サナは激しく動揺していた。

ライアンとエリイも同じ感情だった。

日が暮れたにも関わらずサナの下半身は人間の足のままだったからだ。

サナが少しずつ落ち着きを取り戻しかけた時にライアンが尋ねた。

「どうなってるんだ。今日もいつもの薬を飲んだんだろ?」

「うん、今日もいつもどおりジニーのところにいって、いつもの薬を貰った」

「じゃあなんで人間のままなんだよ。やっぱりジニーは始めからお前を海から追い出すために親切にしてたんじゃないか」

「…」

「ライアンさんが怒ってどうするんですか。ジニーのせいじゃないかもしれません。それにもう少し時間が経てば、人魚に戻るかもしれません」

「だからサナさん、とりあえずここは寒いので、我が家まで行きましょう」

そしてエリイはサナを自分の家に招き入れた。

エリイの両親はサナに温かい手料理を振る舞ってくれた。

エリイが言うように明日か明後日かしばらくすれば人魚に戻るはずだとサナも信じた。

しかし何日経ってもサナの足は人間のままだった。

サナはひとりで砂浜に立った。

もう足の裏は痛くない。

なのに胸の真ん中あたりがどうしようもなく痛かった。

「ジニー、本当にあなたの仕業なの?」

Part13

魔女のジニーの所に初めて連れて行ってくれたのも亀だった。

ジニーは浅瀬にある洞窟でひとりでいた。

ジニーは容姿が醜いという理由だけで人魚に嫌われていた。

それに人魚に危害を加えるとの噂も広まっていた。

亀から教えてもらった真実では、ジニーは浅瀬に近づく人魚が人間の釣り針や網に引っかからないように追い払っただけだった。

それがどうしてか変な噂に変換されたのだ。

サナは初めてジニーと会った時に直感でジニーのことが好きになった。

自分と同じような宝箱や人間の落とし物が至る所に飾ってあったからだ。

ジニーもサナに同じ何かを感じたのだろう。

「人間になれる薬があるけど持ってくかい」

「えっいいの?!それって凄く貴重なものなんでしょ」

「いいのよ。持っているだけじゃ意味ないんだから」

「そのかわり…」

「そのかわり?」

「そのかわり人間界での話を私に聞かせてほしいの」

「うん、もちろんだよ」

それがサナとジニーの初めての出会いだった。

それから毎月サナはジニーにライアンとエリイのことや、街で食べたもののことを話した。

「人間って本当に魚を食べるんだよ。あんなのを食べる人間って不思議すぎる」

「ライアンって男の子がいてね、一見気取っている奴に見えるんだけど、実際はいつも国民がーとか、人の幸せをーとか言ってる奴なの。たまに馬鹿だけどね」

「あとエリイって子はね、なんかいつも固い喋り方なんだけど、話す内容は面白くって。それにお菓子をいつもくれるの。美味しいキャンディーとか、クッキーとかをいっつも袋から出して渡してくれるんだ」

「そうかい、それは良い人間に出会ったね」

ジニーはいつも優しい笑顔でサナの話を聞いてくれた。

そんなジニーがサナを海から追い出したいと考えていたのだろうか。

Part14

砂浜に立って海を眺めているとジニーが言ってくれたことを思い出してきた。

ジニーはいつでも見えなくなってしまった両目で、サナの目を見て話してくれた。

「サナ、なにを信じたらいいか分からなくなった時はね、自分の見てきたこと、自分が今感じていることを信じていいのよ」

サナが見てきたジニーは、サナを海から追い出すような魔女じゃない。それが間違いなのだとしても、サナはジニーを信じようと決めた。

そう信じるように決心したら、胸の痛みは和らいでいた。

Part15

サナが人魚に戻れなくなってから1ヶ月が経過した。

今日もサナはライアンとエリイとサンゼリアに来た。

「この街で暮らすようになって1ヶ月が経ちましたが、人間界での生活には慣れてきましたか?」

エリイがココアを飲みながらサナに尋ねた。

「うん、この街の人達はエリイのママとパパを含めて優しくて面白い人ばかりで、毎日が楽しい」

「それはよかったです」

エリイとサナは目を合わせて微笑み合う。

サナから私の目の前でも気にせず魚を食べることを許可されたライアンが大好物の魚を食べ終えた。

「二人に頼みがあるんだ」

「なになに?」

興味深々な二人にライアンが話を続けた内容はこうだ。

来週ライアンの父、パトリック王が帰ってくるタイミングで、父に踊りを披露しようと思っている。

その時にエリイが作った服を纏って踊りたい。

そしてサナには後ろで歌を唄って欲しい。

とのことだった。

エリイは大喜びしたが、サナは困惑している。

「え?私がそんな大切な場面で歌っていいの?」

「おう、いいんだ。というより俺からのお願いなんだ。サナの歌の中でなら、俺はいつも以上に上手く踊れるんだ」

太陽が沈んでもサナが海に帰らなくてよくなってから、三人はサンゼリアの後に歌広場に行くのがお決まりのコースになっていた。

そこで三人は各々歌って、踊ったのだ。

サナの歌はカラオケの採点には反映されない魅力があった。

ライアンはサナのその歌声が大好きだったが、直接サナにその気持ちを伝えたことはなかった。

「歌うのはいいけど、条件がある」

ライアンの顔が少しだけ強張った。

「条件?」

「うん、私に歌って欲しいなら、私の歌が大好きなんですって私に宣言しなさい」

ライアンの耳は真っ赤になっていく。

恥ずかしいが、言わなければサナは本当に協力してくれないのは理解していたから意を決した。

「お、俺はサナの歌が好きだ。アフレル国一、いや世界一大好きだ」

言い切った後には顔まで真っ赤になっていた。

サナは大笑いして、ライアンの肩を撫でた。

Part15

「見せたいものってなんだ、ライアン。こう見えて父さんはそんなに暇人ではないんだぞ」

パトリック王は、王に相応しい玉座に鎮座し、ライアンを見下ろしている。周りには多くの人が集まっている。

「それになんだ背後の二人は」

「ま、まさか二人と共に結婚したいと言うのか。気持ちはわかるが一人を愛せぬ男など、戦士と言えぬぞ、ライアン」

「違うって、父さん。今日は俺がずっと父さんに言えなかったことを聞くのじゃなくて、見てほしいんだ」

ライアンがサナとエリイに合図を送る。どこからか綺麗なメロディーが流れてきた。

音楽に合わせてサナが歌う。

サナの歌に合わせてライアンが踊る。

二人はこの日の為にエリイが創り上げた、クラゲの皮と魚の鱗を織り交ぜた服を着ている。

その服を纏って、歌い、踊った。

時間にして約五分という短い時間だった。

ライアンは自分の全ての感情を込めて踊った。

「父さん、これが俺が本当にしたいことなんだ。俺は踊り子になるのが夢です。この夢を追わせてください」

そう言って頭を下げた。エリイとサナも両隣に並んで頭を下げた。

「ライアン、お前が正直に話してくれたから、私も正直に話すぞ」

「正直に言って、私にはお前のその踊りが上手いのか下手なのかすらわからない」

ライアンの顔が青ざめていく。

「だが、ライアン見てみろ」

そう言って示された先には人々の笑顔があった。泣いている人さえいる。

「ライアン、お前のその踊りは、こうやって人々に喜びや感動を与えるんだ。父さんの気持ちや、周りの期待なんて考えるな。夢を追えライアン」

「お前の夢はお前のものだ」

「父さん、ありがとうございます」

ライアンは人目を憚らず、号泣し、サナとエリイを抱きしめた。

「サナとエリイのおかげで俺は夢を追えそうだ。本当にありがとう」

ライアンの踊り切った姿を見て、サナは自分も真剣に歌に向き合うことを決意した。

そしてライアンに対して不思議な感情を初めて抱いた日となった。

Part16

それから10年経過した。

エリイは夢を掴み服職人として世界を飛び回っている。

ライアンは夢に挑戦し続けたが、大衆を魅了するような踊り子にはなれなかった。

サナもライアン同様に歌手にはなれなかった。

夢は諦めたが、それでもサナもライアンも今を幸せに生きている。

サナのお腹にはライアンとの新たな夢が宿っている。

アフレル国は漁業と戦士業に加え、沢山の音楽家を輩出する国となっていく。

終わり



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