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私とモバエムとアイドルマスターSideMと、aiko「果てしない二人」

aikoは人生などこにでもいるSideMのPのtamakiです。
副題は「aikoの新曲が推しコンテンツと自分の曲に聴こえた話」ですが、長いので省略しました。

我が人生の推しことaikoは、本当にいつも「ここぞ」というタイミングで、神のめぐみや慈悲のごとき嬉しいサプライズやニュースを私に授けてくれる。
たとえば落ち込んでいた時にライブのお知らせがあったり、上手くいかないことがあって凹んでいた時に新曲のお知らせがきたり、そんな風なことだ。
といっても、枚挙にいとまがない、というほどではなく、実際数えられる程度ではあるのだけど、多分こういうことがあるから、私の中でaikoは、aikoのあずかり知らないところで本当にかけがえのない人になっていっていったのだろうし、揺るぎない人生の柱として、20年以上私のことを支えてくれていたのだろう。


2022年9月1日

aikoがコロナに罹患し、病床に臥せっていた頃の話をする。
2022年9月1日。
私がaikoと同じくらい大事に感じていた、大切な存在であるMobage版アイドルマスターSideMの更新停止のお知らせが、私の普段いる界隈に、激震と悲しみを与えていた。

私もあまりのことに本当にショックで、しばらくTLに戻ることが出来なかった。
朝夕の朝ドラの再放送を見ている時だけは、いつもの調子で何食わぬ顔でツイートしていたけど、本当に、何もかもが虚しく思えた。

こんな急な幕引きあんまりだよ。
どうして何も、説明してくれないんだよ。

一ヶ月後にあるライブに行かないでおこうかと、本気で悩んだりもした。

その時の気持ちを率直に残しているブログ記事が、ふたつある。

6年前、私の命を救ってくれて、人生を楽しくさせてくれたMobage版SideM、通称モバエムは私にとっては、aikoと同じくらい、なくてはならない心臓だった。
私は彼らを喪うことがどうしても嫌で、つらくて、悲しくて、受け入れたくなくて、とてもじゃないけど、余裕がなくて。
コロナで苦しんでいるaikoのことを、全然心配することが出来なかった。
本当にごめん。aikoファンの風上にもおけません。
でも察してほしい。私にとっては本当に、心臓をもがれるくらいに、苦しいことだったのだ。


それから少しして、私の方も気持ちの整理がついてきた。
……いや!いや!?待ってほしい。

整理なんかつけられるわけがないだろーーー!!!ボケが~~ッ!!!(走る)

あまりにも杜撰な幕引きと8年モバエムを愛したP達への説明不足に、オイオイオイ!!!どないなってんねん!と暴れまくっている私も勿論いるし、分別がなかったら、文字通り親の仇とばかりに、サイスタの各種やらかしをこれでもかと執拗に責めまくる、悪名高き朝ドラの反省会よりもタチの悪いクレーム民になっていると思う。
(このnoteを読んでいる諸君!朝ドラの反省会は大体が重箱の隅をつつくクレーマーの集まり、いわばアンチタグなので、NG指定・ミュート推奨タグじゃぞ!(謎の朝ドラ博士))

話を戻して。
そんなどうしようもない一面もありつつ、それでも少し気持ちの整理がついてきたことは、先日下記のnoteに書いた通りである。


7th愛知DAY2に行ってきた

おたくしぐさ
PERMAFROSTとTime Before Time初披露をありがとう

7th愛知DAY2、6th神戸から約一年ぶりにSideMライブ現地参加となったのだけど、ライブに行ってよかったな~と言う気持ちになったことは改めてなんかのnoteで書きたい……ということを言っているうちに機会を失いそうである。

いや本当に行ってよかったし、改めてSideMのことが好きになった。
これは何回も言っているので嘘じゃないです。何回も言いたいということです。(まあ若干“言い聞かせてる”面が無きにしもあらずだけど)

より正確に言うと、好きでいたいな、と。
モバエムがなくなることは本当に嫌だし、辛いし、折り合いなんて何にも付いてない。
けれど、でも、やっぱ…6年…6年ですよ。私には。
モバエム、エムステ、アニエム、ワケミニ、サイスタ、サイステ。
各種コミカライズにライブにプロミ。
なんだったら沢山の作家さん達による素晴らしい二次創作の数々も含めて、いろんな表現を通してこのコンテンツに触れていれば、46人、去年からはクラファも加えて49人が、私にとっては血肉を持った人間にも等しく見える。
さらに言うと作家としては4~5年、この世界をベースに小説を書いているのだけど、一次創作でもこんなに長く書いているものはないのだ。
……いや、これについてはもっと深刻な話で、それまで小説を書くことをやめていた人生だったので、SideMがなかったら小説家としての私はそのまま死んでいたのだ。おそろしい。

担当とツーショ

もう少し、ここにいたいな。
ここにいさせてもらえないかな。
私がこれまで卒業したり、身を引いてきたコンテンツと同じには、したくないよ。
そんな風に簡単には切れないくらい、一緒にいたから。
これから先も、見ていきたい。
私の人生を振り返った時に、大なり小なり、距離の近い遠いはあっても、
ずっと315プロのみんなが、どこかにいて欲しい。
アイドルも、キャストも、私の大好きな人達だよって、元気をもらった人達だよって、そう胸を張りたい。
これからも誰かに伝えていきたい。

出来るなら。
ずっと、一緒にいられたらな。
そう思えた。



7th愛知から二日後の「果てしない二人」

そんな風に思っていた愛知からの帰路のことである。

☆★あと2日!★☆ もないやんけ! ☆★明日!★☆やんけ。
ライブと愛知のお仕事コラボめぐりで完全にSideMの人格になっていたが、一日でaikoファンの人格に戻さねばならない。オタクは忙しい。さらにその二日後にサイスタくんの一周年が来るのでオタクあるあるのジャンルの反復横跳びである。aikoはジャンル。

「果てしない二人」は今月公開された映画「もっと超越した所へ。」の主題歌であり、予告編でちょこっと聴いたくらい。その時はaikoだな~という浅い印象だったのだけど、ラジオでフルを聴いていて、これは…と少し、動揺した。ちょっと待ってほしい、と。

ここでやっと、冒頭に書いたことの回収である。
aikoは本当に「ここぞ」という時に、その時の私にとって、神さまか何かのように、意味のある啓示をもたらすのである。

「果てしない二人」
私は何年経っても、この曲を聴くことで、
モバエムのことを、そしてSideMのことを、絶対に思い出すのだろう。
そんな歌詞だった。

そんな曲が、誰でもない、私にとって一番大事な人のaikoの曲であったこと。
そのことを言いたいためだけに、そしてとても切なくて、だけど確かに暖かくもある気持ちを、誰かに知ってもらいたいためだけに、私はこんなnoteを書いている。

私はかれこれ十年以上はaikoの歌詞研究を執筆している者、つまりはaiko歌詞研究家だけれど、歌や音楽や歌詞とは往々にして、人の思い出と共に聴かれ、そこには個々人の思い出やイメージや感情が挟まれるものである。
だからここでの私の語りは、aikoの曲に勝手に、私とモバエムとSideMの思い出を投影したもので、いつも歌詞研究でやってる読解や解釈や考察とは根本的に異なる別次元の書き物であることを、誤解されないようにあらかじめ書いておく。要はオタクあるあるのイメソン語りのようなものである。

そう。aikoには悪いけど、このnoteでは100パー私の感情を伝えるためだけに、あなたの、作者の意図を、歌詞の物語を無視して、あなたの歌詞を自分勝手に、引用させてもらう。


私のモバエムとSideMへの感情とともに読む「果てしない二人」

 あなたにプレゼントがあるの 大したものじゃないけれど
 心の底から想って買ったよ とても楽しい時間だったよ

歌い出しのここでもうダメだった。
「とても楽しい時間だったよ」でモバエムのことだ、と思ってしまったのが最後だった。
※ちなみに、本来の歌詞の文脈では「あなたのことを想いながらプレゼントを選んだこと」を指して「とても楽しい時間だった」と言ってるので、ここだけ取り上げて感慨に浸るのは間違いです。無粋ではありますが念のため。

 あの日が巻き戻ったとしても あの場所で出逢っていなくても
 あたしはあなたを好きだと言うよ なんてしたり顔して

ここが一番「ああ、何年経ってもここで私はモバエムのことを想うんだ」となってしまった。
私がモバエムを始めたのは、三瓶由布子さんが秋月涼役を続投することが明らかになった第6回ワケ生がきっかけだったけど、多分そこじゃなくてもタイミングはいっぱいあっただろうと思う。こんなに長く親しんでいる作品なんだから、私にとっての「運命の人」みたいなものだ。あの8月の夜に始めなくても、私はどこかのタイミングでモバエムに触れていただろう。きっと。

 月もとっくに眠っていて
 愛おしいあなたの声と涙が落ちる音だけ聞こえた

モバエムの最後のイベントが「きらきらお月見Night2022」という「月」のつくイベント名であり、「愛おしいあなたの声と涙の落ちる音」は、モバエムの更新が幕を閉じていくものを思わせた(ちなみにお月見Nightは51位にランクインしました)
サビ後半は、ここでは省略。

 知らずにすれ違ってたね 自由に媚びずに遊んで
 夢かと錯覚しそうなキスを足りないものだらけの部屋でしよう

ここからは二番。「足りないものだらけの部屋」というのが、本っ当に絶妙にモバエムで、その「足りないものがある」のが、私たちにとっての新しい部屋であるサイスタなのである。

 馬鹿だと笑って片付けて ダメねってその襟を直して
 死ぬまでその先もやれたらさ 次もまた逢おうね

前半の馴れ合ってる長年続いた夫婦みたいな感じが、なんかすごい、モバエムとPって空気がしてすごい。
そして「死ぬまでその先も」で殴られ、「次もまた逢おうね」でトドメである。モバエムが沈黙しても、SideM自体は続く。「次」は何らかの形で、一応来るのである。
残酷なくらいに何気なく何食わぬ顔で、続いていくことを示す。

二番サビは大幅に割愛するが、最後のこれが愛憎まじりにモバエムと対するPって感じがして良い。

 疲れて寝過ぎてダルくって喧嘩したきっかけは忘れた 全部叶えばいい

モバエムガシャが本当に地獄だったからな~…(ウン万円溶かして出なかった顔)

aikoの真骨頂はCメロにありなので、Cメロを見る。
一番Bメロも大概だったが、改めて歌詞を見ると、ここが一番…「私とモバエムとアイドルマスターSideM」と言う感じだ。
願わくば読んでいるPにとっても、そう感じ取ってもらいたい。

 綺麗に何もなくなって 昨日の事は冗談と 明日もまた面倒くさい
 悲しみを喰らって求めあおう

遅かれ早かれ、モバエムはそのうち「綺麗に何もなくな」る。
サイスタはモバエムの8年間の世界線のことを何も知らないから「昨日の事は冗談」としか思ってくれないし、モバエムのことなんかなかったとばかりに進むライブにだって、そう感じる。
そうしてモバエムのことは…とか、もっと言うとステくんのことは…とか、アニエム出なかったユニットは…とか、そんな「面倒くさい」気持ちを抱えて、だけど、Pは、私はSideMから離れたいとは思わない。

「どうしてあんな形で終わらせたんだよバカ」

というようなぶつけようのない「悲しみ」を、P達は暗黙の了解で喰らい合いながら、それでも、SideMの今後を求め合っていく。
そんな風に読めてしまう。

 月もとっくに眠っていて
 愛おしいあなたの声と涙が落ちる音だけ聞こえた
 何もかも守ったげる ベイビー
 今すぐに飛んでいくよ 繋いでて 困らせて
 果てない二人の始まり

それでも、それでも。
繋がっていられたらって。
コラボにしろ、新曲にしろ、あるいは悪しきガシャにしろ、ライブのチケットにしろ、嬉しい悲鳴を上げる、困らせられることがあったらって。

末永く、それこそ、サイスタが、SideMが、そしてモバエムとの思い出が、「果てしなく」続いていくことを願う。

……こんな風に読めてしまうから、私にとってかけがえのない存在のaikoの曲、「果てしない二人」が、同じくらいかけがえのない存在である、モバエムとSideMの曲になった。

ライブで聴いたら、泣いちゃうんだろうな。
これから先何があっても、この曲を聴いたら、
モバエム更新停止の悲しみと、7th愛知の満ち足りた気持ち、
どちらも思い出して、好きだけど切なくなって、
でも、好きでいるよって、そう思うんだろうなあ。


aikoは「果てしない二人」について、オフィシャルインタビューでこう語っていた。一応リンクを貼るが、オフィシャルインタビューは発売から少し経つと消去されて読めなくなるので(マジでわけわからん仕様)(だからPCにローカル保存してる)ここに引用させてもらう。私はこのインタビューを読んでも、ちょっとうるっときてしまった。

主題歌となっている映画「もっと超越した所へ。」を見たうえで、過去に作っていた曲をもとに歌詞を少し作り直し仕上げられた作品であり、映画の内容に引っ張られたり、映画の主人公たちの気持ちにリンクするところもあると語っている。
彼女は映画を受けて「めっちゃ楽しいラブソングを歌いたい」と感じ、「ただただハッピーなラブソングが作りたい」という気持ちも話していた。

ものすごくケンカをする時があったり、かと思えば老夫婦のように穏やかな時があったり。そんないろんな瞬間のすべてを表現したかったんです。恋愛はもちろん人生も、私にとっては音楽も、なんとなくの許容で過ごすのはめっちゃもったいないなと思うんです。毎回やりすぎて後悔することもいっぱいあるけど、でもそっちの方が楽しいなって最近は特に思う。すべてに意味があって、すべてが大事な1日。そんな想いがこの歌詞には反映されていると思います。

aiko「果てしない二人」オフィシャルインタビューより

一つのゲーム、コンテンツに対して、aikoのインタビューまで持ち出して来て大袈裟な…と、他の人から見たら鼻から笑われるだろうな、冷めた目で見られるだろうな、ということはわかっている。
けれど、でも、Mobage版アイドルマスターSideMは私にとってはただのゲームじゃなかったし、そしてアイドルマスターSideMも、私にとってはただのコンテンツじゃないんだよ。
aikoと同じくらい、人生だなって思えるような、そんなかけがえのないものなんだよ。


「終わりたくない」からここにいる

 まだまだ通過点さ
 ここからTake a StuMp 進み続けるだけ
 勝利も敗北も欲しい明日へのロードマップさ
 We Start

315 ALL STARS「Take a StuMp!」

「果てしない二人」よりも前に出た、SideMの新しい全体曲で、サイスタ1周年曲「Take a StuMp!」

 終わってしまったと思うならここにいないだろ

最初に聴いた時、ここで、泣いてしまった。
現地で聴いた時も、泣いてしまった。
モバエムがどうなるか、今になってもわからなくて、あまりにも説明が不足しているままサイスタの施策が進むのは本当に許せないことだし、一歩間違えれば、やっぱりヤケになって何もかも終わらせたくなる私が出てくるけど、でも。

まだ終わってない。SideMは、続いていく。
終わってない。
ううん。
私が、「いやだよ」「まだ終わりたくないよ」と、
そう思ったから、私は愛知に行ったんだ。

小さくなっても、距離が遠くなっても、接し方が変わっても。
途切れさせないでいたい。
ずっと、そう思っていたい。

私とSideM。
aikoが綴ったような「果てしない二人」になりたくて、
私は今日も変わらず、そして明日も、315プロの扉を開く。

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