自分が誰だか知ってる?

12万部突破のベストセラーとなり、世界18カ国で刊行中の『サードドア:精神的資産のふやし方』。著者のアレックス・バナヤン氏は、フォーブス誌「30歳未満の最も優れた30人」、ビジネス・インサイダー誌「30歳未満の最もパワフルな人物」などに選出されたアレックス、バナヤン氏。

「たとえ99人にノーと言われても、本当に必要なのは、たった1人のイエスと言ってくれる人だ」と語っている。これはそのまんま、日本国そして貴方にに伝えたい。日本と言う国は一体どう言う国なんだ?世界の国々に好かれようとして、合わせようとして、自分を見失っていないかい?

彼は言う、、、

「私は、両親から『医者になりなさい』と言われつづけてきました。大学では医学部進学課程に進み、両親を喜ばせるためにも勉強していましたが、その中で、まるで自分の魂が抜き取られていくかのような感覚に陥ったのです」

よく聞く話です。現代でも多くの若者達が共感できることじゃないでしょうか?何故納得いかないのか?何故虚無感が起きるのか?答えは「自分自身が明確になっていない」からです。俗に言うアイデンティティーの喪失です。

好かれようとし、認められようとし、結果自身をなくす。冒頭のセリフに繋がります。

海外では物事の「正誤」だけではなく自分が「好きか嫌いか」で判断する事も多い。「お金持ちになる」「偉くなる」「大学入った方が良い」などと外野から多くの意見が人生の中で飛び交いますが、最終的に「自分が望むのか?」で判断するケースが多い。比較すれば日本は「どっちがお得?」で判断するケースが多い。自分自身というアイデンティティーは其処にはない。この風潮が虚無感を生み出すと思う。

そして人生の生きていれば様々な障害が発生します。

人生で重要なことは、自分の夢や目標、ミッションについて、自分自身に正直であるならば、たとえ99人にノーと言われても、本当に必要なのは、たった1人のイエスと言ってくれる人だということです。

ここで重要なポイントは、自分に正直である。自分自身を知っている、認めているという前提がある事です。自分を知っている人間は「欲望」主義ではなく「理念」に生きます。簡単に言うと「どんなに悲しくても魂は売らない」「どんなに貧乏になっても金に魂は売らない」なんてTVドラマなどで言われる心境です。

アイデンティティーの持ち得ない人の原動力は「欲望」で重なる障害に対して非常に弱い。欲望は貴方を駆り立てるが、勇気を与えない。理念は華やかさは無いが、常に貴方に勇気を与える。ここに障害に打ち勝つ事ができるできないの違いが生まれてくるのです。「欲望」と「理念」を上手く使いこなす事です。

「サードドア」も面白い本だと思います。日本にも「岸辺のアルバム」「ふぞろいの林檎」「北の国から」など昔からアイデンティティーの確立を訴えた作品はたくさんあります。「ソフィーの世界」と言う本も大変ベストセラーになりました。こう見るといつの時代も人間は同じ場所で右往左往しているのがよくわかります。

時代は変化した、今は昔じゃ無いとよく人は言いますが、目の前の景色が変わったからと言って自分が立っている場所が変わった事にはならないんです。狭い部屋にいて四方の窓があり、今日は南の窓から見た景色、明日は北から見た景色、昨日は西から見た景色、目の前の景色は変化するが貴方は同じ狭い部屋から一歩も出ていない。

皆んなに好かれるという事は皆んなに嫌われる事。欲望に突き進めば欲望に潰されて、理念に生きれば理念に殺される。そして人間は生きている。日々生きている。今日貴方がカレーが好きでも明日はスパゲティーを欲して、明後日はステーキを渇望している。価値観とはそ言うもので、子供の時の貴方と大学生の貴方と社会人の貴方と独身の貴方たと家庭を持った後の貴方と、どんどん価値観は変わり欲するものが変化していきます。貴方が成長した、賢くなったと思った事は先に生まれた人間達は既に経験しています。ソクラテスの時代から人間は同じ事を悩み、同じ事に泣き笑いして人間は社会に生きています。これっぽっちも変わっていません。

「欲望」「理念」「アイデンティティー」「善」「悪」様々な概念が世界には広がりました。そして全てにおいて共通している事に最後に気づきます。

それは「矛盾」です。

「善は悪でもでもある」「毒は薬でもある」「智を得れば智に縛られる」「捨てれば得られる」「進めば戻り、戻れば進む」人間は善を求めて悪に生きる。それは人間が動物だからです。知恵を持った動物だからです。光あるところに影は必ず存在する。あーいえばこう言う事は永遠に続くのです。

貴方は貴方であり貴方じゃ無い。詰まりいくら個人の幸福を求める権利があるといえども、この世に生まれた以上社会の一員。利己主義も利他主義も常に付き纏い、一方を切り離す事はできないのです。右が良いよと誰かが言えば、必ず左が良いよと言う声がある。20世紀までの人類は「矛盾」を否定してきた。「矛盾」は切り離せない。盾と矛がセットで初めて活きてくるもの。盾と矛が何方が良いと言う問題じゃない。それなのに人々は盾と矛の比較論で終始。

「矛盾」はそのまま受け入れる事です。光と影は切り離せない。知恵を生み出した人間はユートピアを求めて日々創造を繰り返しているが「魚清流に住めず」理想の世界を求めながら動物的欲望を抱えている。本能と言うもの。理性と本能、欲望と理念と言ったものは切り離せないものであり、比較して論ずるものでもない。何方も貴方にとって必要なもの。時に天使として生きて、時に悪魔として生きる。それが貴方です。それはだれも一緒で、それを人間と呼ぶのです。「矛盾」の塊が人間という生物なのです。

この20年日本は経済などの厳しい環境の影響か、非常に生産性を追い求め、真面目に自分たちを追い込んで頑張ってきましたが、結果いつかしら「サボりたい」「休みたい」「遊びたい」「乱れたい」「ズルしたい」と言ったような「だらしなき弱い自分」を打ち消しすぎたのではないでしょうか?

貴方は誰ですか?どんな人ですか?

真面目で不真面目、強くて弱く、賢くて愚かで、責任感もあり無責任、神経質でおおらか、寛容で嫉妬深い、愛したいのに愛されたい。

誰もが一緒なんです。少し意地を張るのをやめて、休みたければ休んで、楽しみたければ楽しんで行けば良いのでは?その為にはほんの少しの勇気が必要です。駆り立てるエネルギーは「欲望」で、勇気を得るには「理念」、自分の為に生きる事の幸せと、他人の為に生きる幸せの両面を要します。さっき迄の自分を一旦止めて、温故知新。生まれた時の貴方を見つめ直し、未来に進むす。昨日を振り返り明日の為に今を生きる。

全ては、貴方の心の中に、、、、

貴方は誰ですか?どんな人間ですか?今何故それをやっているんですか?何が好きですか?何が嫌いですか?


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