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「ときめく本屋」と「ときめかない本屋」

最近、ずっと考えていること。
「ときめく本屋」と「ときめかない本屋」の違いってなんだろう。

基本的に、大型書店が好きです。丸の内・丸善とか、池袋のジュンク堂、新宿の紀伊國屋書店、表参道の青山ブックセンター本店などなど。遊園地やテーマパークより、圧倒的に楽しい

でも、そこそこ大型なのに「ときめかない本屋」もたまにある。

例えば、秋葉原のY書店。行きやすい場所にあり、それなりの広さもあって、何度も足は運んでいるのだけれど、毎回ほとんどときめかない。お目当ての本以外を購入することがほとんどない

一方で、小さくても「ときめく本屋」も確実にある。
つい先日、通りすがりではじめて入った山下書店・新宿西口第一店。小さいお店だけど、「セレクトしてます」感がひしひし伝わってきて、気がつけば10冊以上購入してた。

小さくて、ときめかない代表格は、近所のT屋か。
徒歩圏内で行ける本屋がなくなるのは嫌なので、定期的にそれなりに貢献はしているけれども、マンガの棚が増えビジネス書は超・売れ筋のみ。独自の「セレクトしました!」感がほとんど伝わってこない。

「ときめく本屋」「ときめかない本屋」、この違いは何なんだろう、と昨日紹介したまちの本屋』を読みながら考えていました。会社員時代、営業職で外回り、しょっちゅう本屋に立ち寄っていたころを思い出しながら「ときめかない本屋」について、考えてみました。

以下、基本的に主観&仮説です。
本屋で働く大変さも聞きかじり程度しか持ち合わせていない人間なので、完全に的外れなことを言う可能性大です。気分を悪くする人いたら、本当にごめんなさい。でも、いったん書いておきたいのです。

「ときめかない本屋」の特徴

● 棚がまったく動かない
毎週のように通っているのに、平済みの本も棚もほとんど動かない。

● 「この本を売りたい」という愛情が伝わってこない
図書館みたいに、とりあえず何となくの分類に従って並べているだけで、POPもまったく置いていない。本に対する愛情がまったく伝わってこない。
(分かる人には分かる専門書を多数扱っているような本屋さんにもこのパターンがあるので、「悪い本屋」と決めつけることはできませんが)

● 売れ筋の商品だけしか置いていない。
近所のT屋がまさにこれか? マンガ以外、発売日当日の新刊はほとんど並ばず、ビジネス書は超・売れ筋だけしか置いていない(という印象)。個人的にもっともときめかないのが、このタイプです。

勝手な思い込みですが、基本的に本屋には本好きな人間が働いていると思っています。そんな本好き人間が働く先で「売れ筋の本だけしか扱わない」とか言われてしまったら、死ぬほどつまらなさそう。

● 「棚」がきっちり分かれていて、柔軟性がない
これ、先日のNewsPicksアカデミアゼミで猪瀬直樹さんが「本屋の棚・縦割りの害」にふれられていて、かなりどきっとしたのですが。私があまりときめかない秋葉原のY書店も含め、「大きくても、ときめきにくい本屋」が、結構これに当てはまる、と気がつきました。

棚割りがきっちりしすぎていると、本屋に期待したい大きな役割である「セレンディピティ」が起こりにくいのです。

いちばん好きな丸の内・丸善を思い返してみると、見事にすべてが逆でした。棚はしょっちゅう入れ替わっているし、棚割りもいい意味できっちりしすぎていない。「とにかくこの本を手に取ってくれ」といわんばかりに、複数階のあちこちの棚に同じ本が置いてある。しかも、そこに置くべき必然性も感じる。

1、2回はスルーできても、3回、4回と目に入ってくると、「そこまで押したいのか!」と、ついつい手を伸ばしてしまう。ビジネス書も小説も、どの棚に行ってもなんか楽しい。

そうなると大きな書店はやっぱり有利なのだろうけれども、昨日紹介した『まちの本屋』のように、小さいからこその戦い方、は絶対にあるはず。「ときめく本屋」は、なぜときめくのかも、引き続き観察していきます。

何が言いたいかというと、つまり本屋が好きなのです。

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