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一年振り返り、吉備津の神を思う

岡山駅から総社方面へ四駅ほどいくと、山が迫ってくる感じがある。その昔、豊臣秀吉が毛利氏が戦争をしていたときも、この山の間を通った。

左手に見える低い山が「中山」と言い、太古の昔からの霊峰である。山そのものが神である。

第七代孝霊天皇の皇子で、四道将軍の一人である大吉備津彦命の陵が、この山にある。そのため、古くから信仰を集めてきた。

山を半分に分けるように国境があり、備前と備中に分かれる。備前側にある神社を備前一宮吉備津彦神社といい、備中側にある神社を備中一宮吉備津神社という。

岡山の人は、桃太郎伝説を吉備津の神と結びつけることが多い。桃太郎とは吉備津彦命のことであると。ここでは桃太郎に出てくる鬼は「温羅」と呼ばれている。

吉備津彦命が温羅を退治し、首をとったが、目を見開いて威嚇してきて、気味が悪いので吉備津神社の釜殿の地下深くに首を埋めた。その後13年経っても、釜殿からはうなり声が響いていたという。

さて伝承によるところの釜殿は、今も吉備津神社の西側少し離れたところに建っている。現代でもここでは日本でも珍しい「鳴釜神事」が行われる場所となっている。

鬼の首に、吉凶を占わせるのだ。

鳴釜神事を受ける際は14時くらいまでに受付を済ませ、祈祷を受けてから、釜殿に移動して一人で中に入る。宮司さんと巫女さんが二人組で釜のなかに御供米を入れて炊く。すると音が鳴らなかったりなったりするらしい。その音の具合で吉凶を占うのである。

それで今年の2月の話になる。

私も岡山県に籍を移すことになり、また発達障害やら鬱やらで具合も悪く、こうなったら神頼み(いつものこと)と思って、挨拶も兼ねて吉備津神社に参拝して、病が治るよう祈祷してもらおうと思った。

とある土日の日を選んで吉備津神社を訪れた。格式高い神社だけあって境内も建物も大きい。

国宝に指定されている本殿は室町時代に建てられた。入母屋造を2つ並べた独特の構造であり、所々に仏教様式の影響がみられる。

まずは本殿で吉備津彦命に日頃のお礼と挨拶を。この吉備の地で健やかに暮らせるように祈った。

続けて社殿で、祈祷用の用紙に記入し御供を用意して、巫女さんに「鳴釜神事を受けたいです。」と添える。用紙には「願:病気平癒」と記載した。

巫女さんは不思議そうに「病気平癒とありますが、鳴釜神事では吉凶を占います。病気の吉凶が出ることになりますがよろしいですか?」と聞かれた。特に問題なかったので「大丈夫です、お願いします」と答えた。

それから祈祷用の部屋に通され、あとは他の神社と同じである。祈祷を受け、最後にお札をもらった。お札に鳴釜神事用の紙?もついていた。

それを持って釜殿へ。

宮司さんと巫女さんが迎えてくださった。宮司さんは暖かい口調で「病気平癒とありますが、どこの具合が悪いのですか?」と聞いてきた。私が「心の病気なのです」と答えると、「では少しでも心の病気が良くなるよう神様にお願いしますね。」と返された。なんとも暖かい暖かいことであった。

釜殿の中は下段と上段に分かれており、それぞれ10畳ほどの板敷きの建物である。上段に大きな釜があり、そこで宮司さんが祈祷を行う。巫女さんは釜を炊く。受ける人は下段に座って、釜が鳴るのを聴く。

祈祷が始まると、私と宮司さんと巫女さんの三人だけの世界になった。祝詞が響きわたり、釜のシューシューいう音とともに耳に入ってきた。

私はどんな音でも聞き逃すまいと思っていた。事前に調べたときには、鳴らないこともあると書いてあったのでドキドキしていた。

しばらくして祝詞が終わり、少し時間が経ったとき、巫女さんが釜を手で上から押さえつけた。

ボオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

という高らかな音が釜殿の中に響き渡った。まるで機関車の警笛のような音であった。

釜から音がなっているのではなく、地の底から釜殿全体に音が反射している。鬼だ、鬼がいるのだ。温羅がこの地面の下で、高らかに歌っている。

しばらく音は頭から離れなかった。呆然と座っていた。

巫女さんがそばにやって来て、終わりだと伝えた。「もし音が心にキレイに聞こえたら、それは吉でございます。」と告げられた。

なるほど、吉凶というのは結局私の主観なのか。

だが。間違いなく、あんな元気な温羅の声を聞いたのだ。吉に違いない。病気など吹き飛んでしまうだろう。

家に帰ってからは神棚をつくり、毎日吉備津神社の方を向いて、祈っている。

あれからもう10ヶ月経った。今年も終わろうとしている。

家も市内の良いところに引っ越したし、仕事も決まった。薬の量も、少し減った。

苦しくはあったが、悪くはない一年であった。

コロナの影響で神社には行っていない。いつかお礼にいかなくては。

あの温羅の声は、まだ耳に残っている。

インターネットを渡り歩いてまだ6年、色々なカテゴリを楽しみ、「消費者」として生きています。 そんな文化の消費者の毎日思ったことアレコレを書いていきます。雑記。