【すみれのうごき】

【すみれのうごき】

全てを捨てることでしか生き延びて来れなかったその男は

すみれの花の姿形を知らない

他の者がおのれの心と歴史を後生大事に抱えながら

男にはそれらを捨てたり傷つけたりしろとがなり立てるのに

男は抵抗できなかった

言うことを聞けば生かしてくれる、そう信じた


全てを捨てることでしか生き延びて来れなかったその男は

すみれの花の姿形を知らない

どんな秀才も勉強家も

いますぐ世界の全てを救うことができない

どんなに意識が高くても

いますぐ男の心と歴史をどうにかすることはできない

 

今日も歴史は叫ぶ

お前の心はどこにいった

今日も心が叫ぶ

おまえの歴史はどこにいったのだ


音楽を流して、気を紛らせなければ

あの頃聞いた、すみれの歌を、もう一度


夢で見たんだ

いがみ合っていた家族が微笑みながら談笑するのを

夢で見たんだ

かつて、芸術を通して心を交わす、若者たちがいたことを


そしてまた同じように、目を覚まして

これ以上がなりたてられないようにと、黙って仕事に戻る


音楽を流して、気を紛らせなければ

あの頃聞いた、すみれの歌を、もう一度


全てを捨てることでしか生き延びて来れなかったその男は

すみれの花の姿形を知らない

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