HUMAN BEINGS③

ライブハウスに着くと長蛇の列ができていた。ファラオズTシャツ、ファラオズタオル、ファラオズリストバンドのオンパレードだった。
僕だけが愛していると思っていたバンド。しかし真相は違ったのだ。
少し考えればわかることだ。彼らの音楽は主要レーベルから出ており、流通に乗り、全国に発送される。それを支えるファンは全国にいるはずなのだ。その一部とはいえ、こうして目の当たりにすると、新しい世界に入った気分になった。
ドキドキして列に加わり、チケットを確認する。ドリンク代500円も握りしめた。準備は万端だ。
会場に入ると、また景色が変わった。高校の教室が二つくっついたくらいの、音楽をやるには狭いんじゃないかという空間に、人がごった返している。外は少し肌寒かったが暖房が効いているのか皆半袖Tシャツとなっている。
そこでスマートフォンが鳴った。パトリシアさんからだった。

パトリシア「もう会場にいるよ!最前列!バンビ君も来なよ!」
僕:バンビ「今着きましたパトリシアさん。もう人多すぎて入れませんよ!」
パトリシア「そんなんじゃライブ楽しめないぞ!男の子でしょ!気合いで前来て!一緒にもみくちゃにされよう!」

パトリシアさんの熱意に後押しされ、意を決して人をかき分け前へ。最前列の枠までたどり着き、スマートフォンを見る。パトリシアさん以外もササヤイッターに投稿を始めたようだ。
皆、ファラオズの演奏を心待ちにしている。その熱気がタイムラインを埋め尽くす。僕もすかさず投稿する。投稿の波がさらに大きくなる。
ずっと画面を見ていると、声がかけられた。
「バンビくん?バンビくんだよね」
見ると、黒のカーディガンにTシャツ。リストバンド、タオルと完全武装の女性が立っていた。
「もしかして、パトリシアさん?」
僕が返すと
「うわーすごい!本当にいたんだ!」
彼女は満面の笑みになって握手を求めてきた。僕もがっしりと返す。
ずっとネットの向こうの存在だと思っていた。誰も知らない音楽を愛好する同士。孤独と自由を理解する友好の徒。その存在を確かめるように笑い合った。
しかし、すぐに気づいてしまった。都会の化粧に豊かな膨らみ。間近で見たんだ、忘れるはずもない。
「うっわ、モコモの店員!」
僕の叫びにパトリシアさんも返す。
「うっわ、さっきのやな客!」
微妙な沈黙が流れ、握手した手を離し、最前列の枠に二人でもたれかかる。
「なんでいるんすか」
「なんでってあたしだって『野郎ども』だからよ」
ファラオズのファンは、公式で『野郎ども』となっている。つまり、ファン同士でしか通じないこうした言葉を知っているということは、彼女も僕も同じ人種だということだ。
「店のとき、めっちゃエッグゼイルとか推してたじゃん」
その言葉を聞いて、急に彼女は頭をかいて唸った。あたしだって、あたしだってさあとうわごとのように繰り返す。
「サイアクだと思うわよあのサービス。でもしょうがないじゃん仕事なの」
そういってドリンク代で購入したであろうビールを煽る。
そして、つらつらと言葉を紡ぎ出した。
「みんながみんな聞いてる音楽を広く売ったほうが儲けられるの。みんなが好きなんだからいいものに決まってる。みんなそう思っているのよ。この国の人間は娯楽でさえそう捉えていやがるのよ」
そういってもう一口ビールを煽る。けれどね、と彼女は続ける。
「本当に素晴らしいものは、自分で探して自分で見つけるわ。誰かにオススメされるものじゃない。自分の心で掴みとるものなのよ」
そういって大きな膨らみに拳を打つ。その瞬間にむせかえってゲホゲホと咳き込む。僕はこの哀れな大人の背中をさすってやった。
僕は一番の疑問を彼女に聞いてみた。
「じゃあなんで、知らないなんて嘘を」
彼女は照れ臭そうに答えた。だって恥ずかしかったんだもん。
そうしてステージを見上げた。
「確かにファラオズの歌は暗いものが多いわ。絆や愛なんていうおためごかしが本当にない。彼らがひとたび、一人じゃない、なんて歌えば、でも人はそもそも孤独だけどね、と裏のメッセージをあたしたちは感じ取ってしまうくらい。流行ってもいないし、みんながみんな聞いているわけでもない。でもそこは重要じゃないのよ」
彼女はステージを見ているのだろうか。いや、その視線はもしかしたらファラオズをテーマソングにして自分の人生を戦う様を思い描いているのではなかろうか。
彼女は続けた。
「そもそもみんなに愛されている音楽をいまさらあたしが愛するべきなの?ファラオズの音楽こそあたしが愛すべき音楽よ。こんなにファラオズを愛しているのはあたしだけなの。それでいいのよ。」
彼女がそう言った瞬間会場の照明が落ちた。あがる歓声。躍動する場内。轟音。
演奏が始まった後のことはもう頭が真っ白になってしまって覚えていない。
拳を振り上げ、飛び跳ね、もみくちゃになる。時に静かに音楽に聞き入り、そしてもう一度飛び跳ねる。視界の隅で飛び跳ねていた二つのスイカのようなものもすぐに気にならなくなった。
もう一度飛び跳ねる。
叫ぶ。
叫ぶ。
叫ぶ。

ライブが終わった。パトリシアさんが駅まで送ってくれるというので、二人で徒歩で向かう。途中、彼女が喉が渇いたとわめき出し、コンビニに駆け込んだ。彼女は一目散にトイレ向かい、スッキリした顔でコンビニ内をぐるっと回って外に出てきた。
「じゃーん」
それは、ファラオズがステージ上で飲んでいたものだ。星マークのビールが2缶。
「こいつはね、ファラオズがステージで必ず飲むビールなのお。」
それを彼女は一気に煽って、思いっきりゲップをし、でへへと笑った。
「これからもこっちにライブで来るときはササヤイッターで声かけなさいよ少年。お姉さんが色々教えてあげるわ。」
そう言って彼女は開けてないもう一つの星マークビールを差し出した。
「少年も飲むかい?」
僕は少し思案して。
「公序良俗に反することはイクない」
僕がそういうと、彼女はゲラゲラと笑った。

おしまい






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