再放送②

2025年8月。
あたしは居間で寝転んでいる。今日も朝から蒸し暑いが、お母さんから冷房の使用は控えろとのお達しが出ているので扇風機を回している。
ガリガリ君をかじりながら、テレビをなんとなくつけ、自治会の広報誌を眺める。
小学校は夏休みだけど、あっちゃんは家族と海外旅行に行くって言ってたし、みいはイベントに友達と行くって言ってたから、向こう一週間は遊び相手がいない。
やがて自治会の広報誌の巻末にたどり着いた。そこにはある漫画が5ページほ載っている。
「希望戦士ウィンガム」
主人公のサブローはロボット・ウィンガムに乗って宇宙へ旅に出る。行く先々で地球人と宇宙人の戦争に巻き込まれながらも、様々な人種間のトラブルを解決していく、というストーリー。解決するのにロボットで戦うと思いきや、サブローは法律を使って交渉し、みんなを円満に導く。SFのなのに法律まで学べるという謎の構成になっている。
あたしがもっと小さい頃に親父が隣組の集会でもらってきた広報誌。月一回の集会で毎回親父がもらってくるものをずっと読んでいて、もはや習慣になっていた。
今回のウィンガムは、大長編の後だった。様々な戦争を円満に解決してきたサブローが将来に悩む。ヒロインのいる故郷地球に戻るのか、夢の外宇宙に飛び出すのか。
そういえば、あたしも小学五年生。これから中学校、高校、そのあとのことはよくわからないけど、学校の先生が言うには、今の幼いうちから生きる力について学ぶ必要があるらしかった。
あたしはどんな大人になるのだろう。サブローの姿と将来に思いを馳せていると。
「おい、いくぞ」
ふと寝ているソファーの背を蹴られた。ムカつきながら後ろを振り向くと、いつも1日中寝ているよくわからない何か臭い生き物が立っていた。親父だ。
「俺の友人に会いにいくんだろ、今日だったよな、あ……」
親父は目線を落とす。視線の先を見ると、ガリガリ君が今の衝撃であたしの胸元に落ちたのだ。ベトベトのタンクトップ、薄い胸、水滴の滴る肌……。
「死ね!」
ガリガリ君を親父に投げつけて、急いで着替えを取りに行くあたし。
「日付指定したの晴子だろう。さっさと準備しろよ。俺車に行ってるからな!」
なんであんなのがあたしの親父なのか。そういえば今回は学校の課題が絡んでるんだっけか。お父さんに生きる力を学ぼうとかなんとか。課題を忘れてたのはアタシだが、とにかく行って、いろいろ聞いて、レポートをまとめなければ学校の先生に怒られるのはアタシだし……。親父と二人で行くのはデートみたいで嫌だなあ。
そんなことを思いながらアタシは荷物をまとめ親父の軽に飛び乗った。

「やっぱりエガンゲチオンの正ヒロインは礼だろ異論は認めない」
「いや、アスナと礼がどっちが正ヒロインってのは永遠のテーマであってだな」
「待てよお前。新劇場版のマチ嬢はどうなる」
「それ言うならPCゲーム版屈強のガールフレンドのナナも捨てがたい」
「どマイナーなところ持ってくんね」
「そもそも浅野監督新劇場版作る気あんのかね」
「それは知らん」
いや、お前らの会話の方が知らねーよ。
車を1時間走らせて空港に到着。そのロビーの一角に喫茶店がある。ちょうどお昼頃になってしまったので、アタシと親父の友人・梶川と親父の三人でテーブルを囲む。
梶川さんはアジアで税理士をやっているらしいのだが、いでたちは全くそうは見えない。麦わら帽子にサングラスにアロハシャツ、馬鹿でかいキャリーケース。褐色の肌に白い歯が目立ち、さらに目立つでかい腹である。
こんな人から、まともな大人の意見が聞けるのだろうか。
それが顔に出てしまってたらしい。梶川氏はこちらを見て、ニコリと笑い
「ああ、済まなかった。久しぶりの日本で嬉しくなってね。会うのこいつだし、こんな会話になっちゃうんだよ」
そう言って高笑いする梶川氏。苦笑いを返すあたし。
一通り笑ったあと、真面目な顔に戻る梶川氏にあたしはドキリした。心の奥まで見透かされてる。とにかくあたしは話を進めることにした。
「学校で仕事に関するレポートを書くことになっちゃって」
と、あたしはプリントとペンを差し出した。プリントには、仕事に関することが書けるよう項目ごとに欄わけがしてある。そのまま書いてもらうのが楽だと思ったのだ。しかし、梶川氏はプリントを裏返してまっさらの裏面を指で示した。
「君の将来はまっさらなこの面のようなものだ。今から、僕の生き方を好きに話すから、好きにこの紙に書きなさい。テンプレートにはまっちゃあいけない。なんでも、君の好きにするんだ」

そして梶川氏は話し始めた。
もともと日本国内の会計事務所に勤めていたこと。その会計事務所が海外進出する際に自分が責任者に指名されたこと。そこから単身海外に。事務所内に海外経験のスタッフが誰もいなくてすべて自分で学んでいかなくてはいけなかったこと。会計事務所の所長から「好きにやれ」と言われたので、自分の大好きなアニメ産業を取りかかりに、日本の創作物を海外に売りたい会社や実際作品を海外で作りたい会社の人集めやカネ集め、そして経営の支援をしているそうな。
「僕のいる国では税金の運用がゆるくてね、事業によっては様々な控除が受けられる。そうした申請もするね。うまくみんなの会社が回るよう経理上の面からサポートするんだ」
そこから先は専門用語が多くてあたしにはさっぱりわからなかった。とにかく彼の言った言葉を片端からメモし、追いつかないときは待ってもらい、彼がこれは重要だからぜひ書いてくれ、と言うところは大きめに書いた。
あまりにもわからなかったので、親父に助けを求めようとしたが、親父の目はものすごい泳いでいた。そして小声で「ああ、あの制度ねぇ」と震えて話す。
てめー!ネットで見た薄い知識で相槌うってんじゃねー!
梶川氏に真正面から見つめられたあたしはそうやって逃げるわけにもいかなかったので泣きながら書いた。終わる頃にはプリントは真っ黒になっていた。
最後に梶川氏はその真っ黒のプリントを指して言った。
「こんなに書いたものがぐちゃぐちゃだ。これが今の君の頭の中だ。人の生き方は話を聞いただけでそうわかるもんじゃない。」
あたしはそれを聞いてがっくりとしてしまった。ドラマの中のキャリアウーマンに憧れてはいたが、仕事をして生きていくと言うのはこんなに大変なことなのか。自分にはできるだろうか。
真っ当に生きていくことができるか不安になった。
うつむいたあたしの顔を覗きこんで梶川氏は言った。
「僕はアニメが好きだったから、持っている知識と技術をそちらに向けてなんとかやってきた。その成果が、今の僕だ」
梶川氏がそう言うと、英語のアナウンスが流れた。すると梶川氏は時計を見て、立ち上がった。
「晴子くん。好きにやんなさい」
そう言って梶川氏は荷物をひっつかんで駆けて行った。

「あれだな。ぜんっぜんわかんなかったな!」
帰りの車で親父が大声で叫んだ。目には少し涙が浮かんでいるように見える。別れが辛かったのかなあ。いろんな気持ちがあるのかな。
今回わかったのは、私はドラマの中の人にはなれそうもないと言うことだった。それに、梶川氏のようにこれといった技術もない。これから何をやればいいのだろう。ウィンガムのサブローみたいにどっちつかずで、道を決められない。ちゃんと決まるのかな。そうして悩んでいると、親父の携帯電話がなった。あたしが出て、スピーカーモードにする。
すると、親父の顔がみるみるうちに元気になった。なんでも長いこと会ってなかった友人からバーベキューの誘いがあったらしい。その友人は国内の山中の村に住んでいて、牧畜と農業で生計を立てている、と言うことだった。バーベキューにはその友人の周辺の経営者も来ると言うことなので、仕事の話を聞くのにもいいらしい。
「お前もいく?」
親父がそう言う顔でこちらを見ている。
また、違う可能性の話が聞けるかもしれない。あたしはすがりつく思いで承諾した。
「親父、その日絶対休みとれよ。運転手な。絶対だかんな」









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