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存在を希薄化する

 明け方、部屋がマニキュアくさい。落として→塗って×3→落として→塗って×4なんて工程を踏んだせいだ。それでもなんだかまだ仕上がりが気に食わない気がするからどうせ明日またやり直すんだろう。爪は昼間の明るい部屋で塗るべきだと学ぶ。

 西武線で雨雲を潜り抜けて降りた新宿は暑いけど風がめちゃくちゃでキモチイイよ、みたいなニュアンスを業務連絡に仕込んでみたけど純粋な業務連絡だけが返ってきたからお疲れ様のスタンプしといた。都庁の展望台エレベーターは、てっぺんまで上ったところで自由落下する呪いのアレかよってくらいの行列になってた。並び始めて15分ほど経ったあたりで『ここから30分待ち』の看板が現れたから目の前がくらっとして離脱しようか5秒考えた。けど、結果から言うと上って正解だった。
 高度202メートルの観光スポットに集まった人々の可視化されたパラメータ値(人種性別年齢服装体型言語行動等等)は地上よりもバラエティに富んでて、お互い自分が何者でも誰も気にしない感じ。概念を情報として捉えることをやめて、自分の輪郭を曖昧にしていく、世界に融ける、ことが、やりやすい、感じ。国際線の空港ってこんな風かなと思う。(海外に行ったことがない)
 ジンジャーエールとたこ焼きを売店で買って、『猫は宇宙で丸くなる』の二編と、『ニート』(Aに借りた)を読んだ。海外の言葉から翻訳された小説の文体が自分には心地いいと最近気付いた。重ねて、心地いいことと、理解しやすいことは別の次元にあると知った。絲山秋子の日本語はするすると身体に入ってきて飲み物を飲むみたいだった。関係性に名前を付けないのが自分は好きだから内容もよかった。

 ひとつだけ残してたidentity、女、という名前を手放すべく、今日はスポーティなブラレットとタンクトップとワイドパンツとビーサンを選んだ。イヤフォンを着け、知らない人が作った洋楽ヒット的なプレイリストを再生すると、勤めてる店でいつもかかってる曲がたまに流れる。展望台を下りて、気持ち程度に踊りながら花園神社へ向かった。
 選択をすることはその他の未来を切り捨てることだから怖い。けれど選ばなければ期待するどんな未来も訪れないことを忘れずにいたい。

 たぶん神社で千円落とした。拾った人に幸あれと願う。

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