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瀬戸内寂聴「いのち」読書感想文

昼休憩の運動場だった。
757番の上田君は介護職だったのだけど、仕事の内容を訊かれて、施設にいるおばあちゃんはスケベだったと話す。

「そんなことない!」とか「話を盛っている!」と皆が口々にいう。

上田君は実例を明かす。
普通のおばあちゃんが「ここ使ってるの?」と股間を触ってきたり、別のおばあちゃんは「抱いてくれ」と誘ってきたり、それぞれが卑猥な言葉をいってくるのは日常茶飯事だという。
にわかには信じられない。

その次の日に、差入れで送られてきたのが、瀬戸内晴美の「密と毒」だった。

瀬戸内晴美が50歳を越えてから、瀬戸内寂聴と改名したのを、その本で知った。

で、読んで驚いた。


きっかけ

合掌ばかりしている瀬戸内寂聴が、仏壇がよく似合う瀬戸内寂聴が、若いころにこんな激しい性愛の小説を、しかも現代だったらともかく、昭和の時代に書いているなんて。

性というのを恥ずかしいこと、とは思ってない。
むやみに隠すものでもない、とも思ってない。
人として当たり前のこととして書いているのが、本を通して伝わってくる。

瀬戸内寂聴っていうのは、ずーと仏教関係者として生きてきて、仏教の本を書いていて、お線香の匂いがする禁欲の尼さんだと思っていた。

瀬戸内寂聴とは何者なのだろう?
瀬戸内晴美は何をしたのだろう?

そのような率直な疑問が残っていた。
すると、読売新聞の「名著60」のコーナーで、この「いのち」が紹介されてもいる。

真っ赤なカバーで目に付く本だったから、官本室にあるのはわかっている。

これはもう「読め」ということなのだろう。

単行本|2017年発刊|258ページ|講談社

感想

「人気です」と宣伝されている作家でなくて、この本で紹介されている女性作家を読み進めたい。

女性作家の小説がおもしろくない・・・といった迷いが未だにある自分にとっては、読書の方向が見えた思いもする。

とくに、大庭みな子の「三匹の蟹」は読みたい。
発表された当時は “ ポルノグラフティーの絶品 ” と評価されたという。

瀬戸内寂聴は、その評価がくやしくてならないと明かす。
それより少し前に発表した瀬戸内寂聴の「花芯」は “ ポルノチック ” だと酷評されたからだ。

未だにくやしがっている95歳が、なんだか可愛くも思えてしまうから不思議だ。

ざっくりとした内容

瀬戸内寂聴が今までをふり返る

93歳となった瀬戸内寂聴は、胆嚢癌の手術をする。
退院して自宅に戻り、今までの人生をふり返り書いていく。
自身の黒歴史をサラリと明かしていく。

不倫をして、夫と子供を捨てたこと。
不倫相手の家までいって、庭まで入りこんで、雨戸に石を投げたこと。
「花芯」を書いたときは “ ポルノ作品 ” だとして、さんざんに批判されたこと。
若い男とすったもんだがあって、睡眠薬を飲んで自殺未遂したこと。

ライバルだった作家たちは、次から次へと亡くなっていく。
瀬戸内1人だけになってしまった、というようでもある。

思い出が多く語られるが、60年前のことも、30年前のことも、10年前のことも、前後してポンポンと飛ぶのが長寿者ならではのおもしろさを感じる。

女性作家が多く紹介される

作中では、女性作家が何人も紹介されている。

大庭みな子佐多稲子円地文子宇野千代
それぞれが、文壇の大御所と称されている。
が、1人も知らなかった。
いかに本を知らないことがわかった。

河野多恵子有吉佐和子平林たい子は、なぜなのか、うっすらと名前を聞いたことあるような気もする。

山田詠美は知っている。
官本室にも何冊かある。
あの出口治明がすべて読んでいると、作中で紹介していたからマークしている。

すぐに読書ノートには、紹介されている作家名を全員とも書き込んだ。

ラストに涙が滲んだ

この本の元となる連載がはじまってから、入院もして、休載もして、終了するまでに2年が経っている。
瀬戸内寂聴は、95歳となっている。

ラストの結びは、とりとめもなく続く。
体の不調が合わさるが、悲壮感はない。
最後の1行は、力強く締めくくる。

読み終えてからは「女性作家の小説がつまらないなんていってすみません」と、瀬戸内寂聴に謝りたい気持ちになった。

涙も少し滲んだ。

ネタバレあらすじ

大庭みな子の死

瀬戸内寂聴は、70歳から5年をかけて、源氏物語の現代語訳を書き上げる。

そんな折、作家仲間の大庭みな子が、脳梗塞で倒れる。
見舞いにいき、旧知の編集者と顔を合わせて「ごく最近わかったことだけど」と瀬戸内は話す。

書きことばも、話しことばも、生命は20年ということ。
いのちって、いつかは死ぬもの。
若い人は、読みづらい昔の本など読まなくなる。
でも、書いていてむなしいとは思わない。
新しいものへの “ こやし ” になっているのであれば、素晴らしいと何だかすっきりする。

大庭みな子は、2007年に死去した。
仲間でもあるし、ライバルでもあった。

夫との性生活を明かした彼女は「女の肉体って、そんなにも強いのよ」と話していた。

それを思い出した瀬戸内は、90歳近い老体にも、なんやら艶っぽい華やぎが滲みだしているのを感じた。

河野多恵子の死

河野多恵子も作家仲間でもある。
20代からの友人であり、4歳年上の瀬戸内のほうが早く死ぬという冗談も言い合う仲だった。

新しい年号も知りたい。
東京オリンピックも見たい。
彼女とは、そんなことも話したりもした。

ここ最近は、お互いに入退院を繰り返していて、いつものように、長電話もできないままだった。
縁者を通して近況を知るだけで、見舞いにもいけてない。

その河野多恵子も、2015年に死去した。

退院した瀬戸内寂聴は春日大社に出向く

その日、車椅子の瀬戸内は、奈良の春日大社に出向いた。
退院したばかりで、まだ足元がおぼつかないが、車椅子を下りて人の手を借りて境内を歩いた。

そこには、1目見ておきたいと思っていた燈篭がある。
河野多恵子が、生前に寄進した燈篭だった。

先に死去した夫も含めて、この燈篭を墓の代わりにすると聞いていたのだった。

境内には、平安時代から寄進され続けている約1000基の燈篭がある。
それらのすべてに、節分とお盆にだけ、灯がともされる。
ゆらめく灯の美しさを想像するだけで身が震えた。

宮司からは、彼女の以外なエピソードも聞き、お詣りしたご利益があったと感じた。

ラスト2ページ

95歳となった瀬戸内は、とりとめもなく書き続ける。

自分から筆を絶つのが格好いいのではないかと思いながら、未練がましく書いている自分がわからない。

今まで400冊ほどの本を書いたが、ベストセラーなど出たこともない。
こつこつと70年書き続けた。

ペンを持つ指も曲がってしまった。
片目も見えなくなってしまった。
どうにかして、最後まで書き上げることができた。
これから、どんな晩年に臨むというのか。

70年小説一筋に生き通したわがいのちを、今さらながら、つくづくいとおしいと思う。
あの世から生まれ変わっても、私はまた小説家でありたい。
それも女の。

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