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谷原誠「いい質問が人を動かす」読書感想文

検事の個室には高級感がある。
重厚な大きな机で、肘かけ椅子に検事は座る。

その前にある、小学校の小さな机が被疑者の指定席。
丸い椅子は、商店街のラーメン屋にあるそれだ。

勾留10日目にある “ 検事調べ ” だった。

警察から送られた捜査資料や供述調書を、検事はしっかりと読み込んでいる。
捜査の証拠と本人の供述の間に、不合理が潜んでないかを見出す。

驚くのが、いくつもの事件を扱っているはずなのに、それらを同時進行でこなしながら、細かな部分まで把握している。

やっぱ司法試験を通る人は、頭の回転がちがうのだ。


検事の質問には「はい」と返答しないほうがいい。
「そうだと思います」に変える。
1種の法廷用語に近い。

「はい」と明確に答えていながら、その点を裁判で質問で突っ込まれて訂正をしたものなら、多くの裁判官は「今、証言を覆した」という心証を受けるという。

だけど「はい」が「そうだと思います」だったならば、あとになって訂正しても、なんてたって自分1人が心の中で思ったことなのだ。

そのときはそう思っただけですよ、人の心はあとでも変わるでしょ、証言を覆したのではありませんよ、という理屈が裁判での審理では通るらしい。

法曹界というのは不思議な世界だ。
自分からすれば「~だと思います」を多用されれば、曖昧にごまかしてる言い方に聞えるのに。

だから検事は「はい」と言わせる質問をしてくる。
事件のシナリオ作家でもある検事は、自分の作品に沿わせるための質問をしてくる。

質問・・・?

・・・ 話が脱線していた。
「いい質問が人を動かす」という本の感想文だったのか。

この本の著者は弁護士なのだ。
弁護士こそ、法廷では「~だと思います」を多用する。
検事のシナリオに沿う弁護士だっている。
弁護士こそ癖が強い。

以前に中坊公平の「私の事件簿」を読んだとき、ほとんどの弁護士は事件の現場を知らない、裁判所というお大師さまの門前の土産物屋だ、と書いてある。
中坊公平が言いうのだから、そうなのだろう。

とすると、この谷原誠とやらも、口だけは達者なスケベったらしいような、ついでにチン○だけはデカい弁護士かもしれない。
指先にツバつけて現金を数える様子が目に浮かぶようだ。

どうせ本の内容だって、自画自賛ばっかりで、定番の「~と思います」も連発して煙に撒かれるかもしれない。

単行本|2016年発刊|288ページ|文響社

2009年・角川書店発刊『人を動かす質問力』を改題・加筆

谷原誠に謝罪しなければならない

まず、谷原誠に謝罪をしなけらばならない。
すべてゲスの邪推でした。
すみませんでした。

だって、大御所の中坊公平がいうんだもん。
ほとんどの弁護士は、お大師さまの土産物屋だなんて。
こっちは真に受けるでしょ!

とにかくも、自画自賛だなんてとんでもない。
本の題名とおり。
いい質問が「人を動かす」のがよくわかる。

中卒にもわかるほどに、質問の大切さを書いている。
丁寧で親切で真摯である。
ヒントに満ちている。

谷原誠は、デキる男にちがいない。
『みらい総合法律事務所』の代表パートナーとある。

料金の支払いだって銀行振込みだろう。
決して谷原誠は、指先にツバつけて現金など数えてなどいない。

質問の重要さを知った本

質問というのは、相手に思考と考えを強制する。
議論においては、質問する者が有利になり、答える側が不利となる、と著者は骨子を明かす。

だからか、と納得もできた。
よく、ニュースで “ 国会での証人喚問 ” をするだのしないだの大騒ぎとなっている。

やましいことがないのなら、質問くらい正々堂々と受ければいいのにと思っていたが、質問される場というのは、それだけで不利なのだ。

とはいっても、著者が質問を扱う姿勢は弁護士としてではないし、場所は法廷でもないし、使うときも議論のためではない。

質問で、相手をその気にさせたり、納得させたり。
決断もさせたりして、仕事をスムーズに運ぶ。

情報を得たり、譲歩を得たりもする。
自身の利得になったり問題解決もできる。

考えさせて、答えを出す。
いい質問は、人も育てる。

「人を動かす」ことからブレることなく、誰にでも当てはまる内容として書いている。

具体的な質問の文言も多く記してある。
質問の意味、状況、場面、効果と共に『質問術入門』といったような優しさで書かれている。

これほど質問が、重要だとは知らなかった。
今までの自分の質問を、ここで総点検したいくらい。

相手への質問だけではない

質問の範囲は、相手に対してだけではない。
自分自身も含まれる。
題名にある「人を動かす」は読者本人も含まれる。

自身に質問を投げ続けることで、目標、行動、達成、実現、改善までの過程を浮き彫りにする。

とはいっても、そこまでだったら、よくある本の内容だ。
谷原誠がちがうのは、心地いい語句の羅列だけで読者を煽るようなことはしないところ。

過程においては、いかに犠牲を払うべきか?
どうやって壁を壊すか?
ほかに方法はなかったのか?
ほかに自分がしなければならないのはなにか?

それらの質問で自身を取り戻して、気づかせる。
社会での経験と実績を感じさせた。

最強のソクラテスの質問術

この本を読んで、今後の読書の課題となったのはソクラテスだ。

ソクラテスは、議論で負けることがなかった。
それは、質問術にあった。
議論の核心は質問だったのだ。

ソクラテスが発する質問術とは、相手に質問して言質を取り、その言質と矛盾するような結論に追い込んでいく、とある。

あれ、と思った。
こんなようなことを誰かも言っていた。

そうだ、アドルフ・ヒトラーだ。
わが闘争」で読んだ記憶と繋がった。
あの本は、以外なことに、思想についてはそれほど書かれてなかった。

削除されてるだろうけど、ユダヤ人問題については上下巻で10ページもなかったのではないか?
うろ覚えだけど、そんな印象が残ってる。

大衆を扇動して政権をとるために、ユダヤ人問題は利用できると、是非ではなくて、利用価値の高さを客観的に書いてあった。

ともかく「わが闘争」では、政治運動のコツや方法について多くが口述されている。

ヒトラーは、政権を握るまでの数々の政治討論会で、ことごとく政敵を打ち破ったが、それらができたのは「相手が持つ武器を払い落とす」話し方だと明かしていた。

・・・ 余談が過ぎた。
とにかくも、ソクラテスが発する質問術と似ている。
どうやら、ソクラテスの質問術は、地上最強であるようだ。

弟子のプラトンが書いた「ソクラテスの弁明」は読まなくてはいけない。

質問される側にも配慮する

議論や討論に勝つための質問術ではあるけど、それに勝っただけでは「人を動かす」には至らない。

いい質問するということは、一方的ではない。
質問される側のことも考えるという姿勢を著者はとる。

“ 質問される側 ” への目配りも欠かさないことで、まずは、相手の “ 心を動かす ” と説く。

質問で相手にストレスを与えない。
答えやすい質問をする。
意見を押し付けない質問をする。
質問で相手に気がつかせる。
好意を持った人からの質問は、好意に捉えられる。
お互いに視点を変える質問もしてみる。
質問で本音を引き出す。

世の中には幸も不幸もない。
考えかたでどうにでもなる。
必ず問題は解決して人生は進んでいく。

と、質問を有意義にも捉えている。

質問のプロの職業病

著者は、質問のプロである。
弁護士としての自身の経験だけでなく、様々な本を引用したり参考して、質問を体系づけて解説する。

法則の類もいくつも出してくる。
類似性の法則、作用・反作用の法則、希少価値の法則、返報性の法則、一貫性の法則、社会的証明の法則、など。

様々な人物を取り上げて、歴史を変えた質問の事例も示して重要さを説く。

挙げられている人物はけっこう多い。
順不同で抜粋した。
以下である。

アリストテレス、シャーロック・ホームズ、マーク・トゥウェイン、リンカーン、ジュリアス・シーザー、山本五十六、シェイクスピア、スティーブン・レヴィーン、ニュートン、ボブ・テンプルトン、ヘンリー・フォード、ゲーテ、エジソン、カーネル・サンダース、フランクリン、アインシュタイン、アンドリュー・カーネギー、デール・カーネギー、ディズレイリ。
ちょっと、ごっちゃまぜだけど違和感はない。

質問を発するのは人に限らない。
トヨタ、マクドナルド、ナムコナンジャタウン、旭山動物園、などの企業が発した質問にも注目する。

日常生活で耳にした、何気ない質問も取り上げる。
検事や弁護士、友人あるいは夫婦、会社の上司と部下、看護師、倒産した社長、投資家、など。

太古の人々、通りすがりの中年女性、家電量販店のテレビコーナーの店員、中学生、不動産屋のオヤジといったよくわからない人たちからの質問にも素早く反応する。

繰り返すが、著者は質問のプロだ。
もはや、質問に反応してしまうのは職業病だと思われる。
犬、鶴、ライオン、からも質問を感じ取っているのだ。

恐るべきプロである。

ダメな質問の7つのパターン

衝撃なのが、このダメな質問についてだ。
著者は、以下の7つのダメな質問を挙げている。


  1. ネガティブ・クエスチョン
    「どうしてこんなことができないんだ?」と否定的な質問をして、相手に「どうしてこんなことができないのだろう?」とできない理由を考えさせるパターン。

  2. ノー・アンサー・クエスチョン
    部下のミスに「何度注意されれば気が済むんだ?」とか、妻が「なんで結婚記念日を忘れたの?」と相手を謝らせるためのパターン。

  3. 相手の答えを即座に否定する質問
    質問しておきながら「それはちがう」などと即座に答えを否定するパターン。答えをじっくり聞かなければ相手は離れていくだけ。

  4. 連打の質問
    相手の答えを待たずに答えを言ってしまったり、次の質問に移るパターン。相手に考えさせないと、質問の意味がなくなる。

  5. 誤導質問
    質問の前提に誤った事実を滑り込ませて、自分の意図する答えに導こうとするパターン。事実を捻じ曲げるのは危険。

  6. 相手の脳に負担をかける質問
    掴みどころがないオープンすぎる質問で相手の脳に負担をかけるパターン。少し範囲に制限をかけたほうがいい。

  7. 刑事の質問
    「年齢は?」「住所は?」「家族は?」と矢継ぎ早に繰り出すパターン。ストレスを与える質問になる。


なにが衝撃かっていうと、刑務所では、この7つの質問のオンパレードだからだ。

脱いだサンダルの踵が3cmほどズレているだけで「なんでできないんだ!」となる。
急いで留めたボタンが外れもしたなら「なんで決められたことができないんだ!」となる。
左に置けば「なんで右に置かないんだ!」となる。
前もって右に置けば「それは左だろ!」となる。

このあたりを挙げると、あと100は超えるので控える。
荒井刑務官(仮名)などは、それらの質問をネチネチと繰り返して平均30分続くのだ。

・・・ また話が飛んだ。

その質問が、いいわるいではない。
弁護士はダメといっても、刑務官には必要な質問だろうし、そもそもが受刑者に非があるのだから。

人には職務や立場によって、それぞれの質問がある。
いい質問だけを見出すようにしよう。
前向きに、いい質問だけを心の糧にしよう。

明日からは、自分自身にも質問を投げかけてみる。
刑務官からの叱責にも冷静に受け止めることができそうだと、理解も深まった読書となった。

※ 筆者註 ・・・ 次の読書録を見てみましたが、その日も刑務官に「オマエはアホか!」とか「日本語わかるのか!」などとカマされてクネクネしているのです。やっぱ、理解はできてなかったのかもしれません。

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