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階段を降りろ

世間の波に流されたくない、俺は無知蒙昧な民衆とは違うんだ。あいつらは何も考えていない。誰かに指し示された流れに従うだけなんだ。そんな思考停止人間にはなりたくない。なってたまるものか。だから、俺は奴らとは逆のことを信じる。

……。

それでは何も変わらない。一歩降りなくてはならない。階段を降りることが必要だった。ひとつひとつの事柄が起きている階段から、知らない間に上がってしまっていた。観察者の視点に。それは快感だ…なにせ上からは景色がよく見える。全体像が、わかる。俺にはわかる。俺は冷静だし頭もいい、だから俺の判断は正しい。階段を上がれば、簡単に全能感が手に入る。

しかし例に漏れず落とし穴が待っている。今いる視点は、観察者どうしが観察しあう視点でもある。知らぬ間に袋小路まで追い込まれている。自分が観察者になってしまったから、観察者の視線がどうしても気になる。思考回路がわかるから、恐ろしくなる。次の一歩が踏み出せない。たしかにそこは安全だが、そこ以外はひとつも安全じゃない。

だから、降りなくてはならない。頭上に広がる暗闇から、無数の赤い目がこちらを見ている。じっと見ている。あの空間へと降りなくてはならない。さっきまで俺はあの目のうちの一対だった。生ぬるく暖かい暗闇に潜り込んでいた。いまは違う。冷たい空気と肌を刺すような視線。彼らは嘲笑を落とす。たかだか階段を降りることが、こんなにも怖い。でも、生きるのは怖いことだった。本来。それが正常なんだ。

そうだった、なにかひとつ選択するたびに何かを失いかねない世界だった。すべては繋がっている。自分だけがこの流れから切り離されることはできない。誰かと違う自分でありたいと望むことこそが罠だった。誰かと比較することでしか自分のあり様を規定できないなら、それは階段を上がらされている。とにかく降りなければならない。

冷たい空気を肺いっぱいに吸いこんで、一歩踏み出した。

寿司が食べてえぜ