見出し画像

第三回:水滴がついたクリームソーダ 【かわいい栞(しおり)】

「かわいい栞(しおり)」は、作家・田中青紗が暮らしの中で見つけた「かわいい」を紹介する連載です。全五回。<第二回はこちらから>

昨年、アイスクリームディッシャーを買った。

アイスクリームディッシャーはアイスを丸くくり抜くためのスプーン。クリームソーダ作りにハマったのがきっかけで購入した。今までは大きめのスプーンを二つ使ってなんとか丸くしていたけれど、次第に私の中で「綺麗な丸を作りたい」という願望が膨れ上がり購入に至った。

正直、アイスはすぐに溶けるので形なんてどうでもいいかもしれない。丸くくり抜いた先には自己満足しかないのだけれど、私はくり抜くことに美学を感じている。

丸くくり抜いたアイスをソーダの上にのせて、さくらんぼをそっと添えるとキュートなドリンクが出来上がる。さくらんぼがあることでドリンクの全体像が引き締まるのだ。

さて、クリームソーダのかわいさはちょこんとのったアイスやさくらんぼだけではない。私の“かわいい”を刺激する要因はもう一つある。水滴だ。

***

水滴に注目するようになったきっかけは何か。記憶を辿り浮かんだのは中学時代の部活動だった。

「田中ちゃんの麦茶、めっちゃ美味しそう」

陸上部に所属していた私は、中・長距離を専門とし、毎日走っていた。昔から短距離ではなくて長い距離を走るのは少しだけ得意だった。自分のペースで走れるところも性格に合っていて、今でもランニングは好きである。

太陽がジリジリと全身を刺激し、セミの大合唱がすぐそばの木々から聞こえてくる夏のある日。部活の休憩中に、先輩が私のペットボトルに入った麦茶を指差して言った。

「麦茶、めっちゃ美味しそう!」

今はどうか分からないけれど、当時の学校には冷水機はなく各々が必要な水分を用意していた。夏だったことと、ものすごく汗かきなこともあり、私は毎回1.5〜2Lが入る大きな水筒と、お茶(またはアクエリアス)を凍らせたペットボトル×2本を持参していた。

ちなみに私は四人きょうだいで、姉や弟とは年齢が近いこともあり部活をしていた時期が被っているときがある。当時の田中家は毎日とんでもない量のお茶を沸かしていたと思うと、母はどのように我が家のお茶事情を回していたのだろうか。トートバックに入れたお茶はずっしりと重かったけれど、今思うとあれほど暑くて水分を摂取していた時代は良き思い出でもある。

手に持っていたペットボトルを見る。「麦茶が美味しそう」とは一体どういうことだろう。麦茶に“美味しそう”はあるのか。麦茶は麦茶である。

キョトンとした顔を私がしていたからだろうか。先輩は私のペットボトルを指差して「ほら、氷が溶けて水滴いっぱいついてる。美味しそう」と羨ましそうに言った。

確かにすでに半分ほど氷が溶けていて、ペットボトルには水滴がついている。中に入っている麦茶はかなり冷えているように見えた。当時は「へえ」くらいにしか思っておらず、その冷えた麦茶を水筒のコップに淹れて先輩にお裾分けした程度だ。「冷たくて美味しい」と喜んでいた先輩は夏がよく似合うと思った。


***


あの頃は深く考えていなかったのに、大人になってからもなぜか私は先輩が言っていた「麦茶美味しそう」という言葉が頭の中に残っている。気がつけばふとしたときにアイスドリンクを見て「あ、美味しそうだな」と思うようになった。

ドリンクはドリンクであって、ただの飲み物なのに。液体に対しても食欲がそそられるとはなんとも不思議である。そして同時に「美味しそう」だけではなく「なんだかかわいいな」と思うまでにもなった。

アイスドリンクに「かわいい」なんて。

なぜそう思うのだろう。

ぐるぐるとアイスドリンクの「美味しそう」と「かわいい」を紐解いてみたところ「水滴」がポイントだと思った。

水滴がついたドリンクは、注ぎたてのドリンクよりも“飲み頃”であり“忙しさ”があると感じている。

そもそもグラスに水滴がつく原因は結露だそう。冷たいものをグラスに注ぎ周りの空気が冷えた結果、空気中に含まれている水分が付着する現象なのだとか。

私はこの水滴たちを見ると「よく冷えている」と涼を感じるだけではなく、「今飲んだら冷たくてとっても美味しいよー!」「早く飲まないとぬるくなるよー!」と伝えてくれているように思えてしまうのだ。なんだか精一杯こちらに美味しさをアピールしているみたい。

また、放っておくとテーブルの上は水滴だらけになってしまうし、グラスを持ち上げて飲んだときに服が濡れてしまうことも多い。ただの飲み物で、水分補給をするためだけなのに、ホットドリンクと比べて世話がかかる奴。私たちをなぜか忙しくさせる飲み物。

でもその「早く気づいてよ感」と「忙しさ」がなんとも面倒でかわいらしいと思ってしまうのだ。もしかすると先輩も同じような気持ちだったのかもしれない。

***


ちなみに、お茶やコーヒーのシンプルな飲み物の他に、特に私の「かわいい」を刺激してくるアイスドリンクがクリームソーダである。

クリームソーダは水滴がつくだけではなく、たっぷりとのったアイスクリームがグラスから垂れてしまうことも多い。全て溶かして一緒に飲んでもいいけれど、私はスプーンですくって食べたいタイプなので、溶け切る前に大体食べてしまう。

ソーダと面してしゃりしゃり食感になったアイスも美味しい。ソーダとアイスの絶妙な変化も楽しみたいから、クリームソーダは冷たいドリンクの中でもかなり忙しい部類に入る。

クリームソーダ自体がかわいいから写真も撮影したいし、冷えている状態でソーダも飲みたい。アイスも食べたい。でもじわじわと水滴がついてきてグラスが濡れる。テーブルに備え付けのナプキンでそっと拭く。しゃりしゃりのアイスがいい感じにできてくる。今が食べごろだ。でも水滴が服についてしまった……。

ああ、忙しい。でも憎めないかわいさがある。


***


今日も私は忙しい。

グラスが素敵、コーヒーと牛乳が綺麗な二層に分かれている、ストローがかわいい、ソーダがシュワシュワしている。なんて、飲む前にアイスドリンクの外見をゆっくりと観察したいけれど、水滴がそうさせてくれない。

ちょっと待ってね。きちんとお世話するから落ち着いてね。

じわっと浮き上がってくる水滴は邪魔な存在ではあるものの、存分に楽しめるのは夏ならではだ。

たっぷりと水滴がついたアイスドリンクは、忙しいけれど美味しくてかわいい。

ーーーーーーーーー
illustration by:あきこば

***


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

ご感想はnoteのコメント欄のほか、Twitterで「#かわいい栞感想」をつけてお気軽にお送りください。私やあきこばさんがお返事をさせていただきます!

<第四回はこちらから>

<第一回はこちらから>

<第二回はこちらから>

◆コラボ作品第一弾はこちら↓

◆ラジオのアーカイブはこちら↓
かわいい栞ラジオ#1 「日常生活の“かわいい”の見つけ方」

◆かわいい栞ラジオ#2 「言われてうれしかった言葉」


最後まで読んでいただきありがとうございます!短編小説、エッセイを主に書いています。また遊びにきてください♪