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第二回:もちろん、と言ってくれる人 【かわいい栞(しおり)】

「かわいい栞(しおり)」は、作家・田中青紗が暮らしの中で見つけた「かわいい」を紹介する連載です。全五回。<第一回はこちらから>

窓から柔らかな日差しが差し込んでいる。

運ばれてきたアイスカフェオレは、コーヒーとミルクの層が綺麗に分かれていて、かき混ぜるのに一瞬躊躇してしまった。最初にそのままストローで少し吸ってから、意を決してぐるりと混ぜてみる。グラデーションが広がっていく。

休日の昼下がり、私はカフェで友人と向かい合って話をしていた。

店内には木の温もりが感じられるテーブルや椅子の他に、アンティーク雑貨がところどころに置いてある。料理は手が込んでありどれも美味しい。人気のお店だそうでその日は満席だった。

ランチを食べ終えて、デザートのチーズケーキを堪能していたときに、友人が言った。

「この間さ、おつかいでバゲットを買いに行ったんやけどね」

飲食店で働いている彼女の話をふんふんと聞いていた私は、ここでピコンとアンテナが立ち「ちょっと待って」と思わず会話を止めてしまった。

「どうしたん?」
「今なんて言った?」
「えーっと……バゲットを買いに行って」
「その前」
「え?……おつかいで?」
「お、おつかい!?」

不思議そうな顔で友人が私を見る。「どうしたん?」と聞いてくれているけれど、すぐに反応ができなかった。なぜなら今、私はものすごくキュンとしているからだ。

「おつかい」とは、なんてかわいい言い方なのだろう、と。


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「おつかい」は、頼まれた用事を行うために目的の場所へ行くことを意味している。「はじめてのおつかい」があるように、子どもの頃に言ったり、聞いたりしている人が多いのではないだろうか。大人になってからも「おつかい頼むよ」「おつかい行ってきて」とお願いされることがあるとは思うけれど、実際に「おつかい」と言う人はどのくらいいるのだろう。

言葉自体に馴染みはあるものの、少なくとも私は何か買い物を頼まれたときに「おつかい」とは言わない。

「買い出しに行ってくる」「買い物に行ってくる」が多い。細かい言葉の意味は違うものの、何か頼まれて買いに出かけるとき、大抵同じように言ってしまうのではないかと思う。

用事を済ませるための言い方なんてなんでもいいけれど、「おつかい」の言葉が持つ柔らかさに、ときめきと温かさを感じてしまった。あえて「おつかい」を選ぶその人間性にもほっこりし、買い物に行く行為がものすごくかわいく思える。

かわいい言い方には、こんなにも人を和ませる力があるのか。


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「おつかい」をきっかけに、私のかわいい言葉探しは始まった。

これまで集めてきた言葉の中でも、特におすすめしたいのが「もちろん」である。

「これ食べていい?」「これ借りていい?」「これお願いしてもいいですか?」と聞いたときに、「うん」「どうぞ」「いいよ」ではなくて、「もちろん!」と答えてくれる人がいる。

もちろん、だなんて……!かわいくてキュンとする。

「もちろん」は「論じる必要のないほど、はっきりしているさま」という意味だそうだ。説明だけを見るとさっぱりとしているように思うけれど、いざ口に出してみると、私は「もちろん」に温かさとかわいさを感じてしまう。

「うん」も「どうぞ」も同じ「イエス」の意味ではあるのに、なぜこんなにも感じ方が違うのだろう。

ふわふわと考えてみる。

恐らく私にとって「もちろん」は、私という存在を全面的に肯定してくれている気がする、と感じるからだ。

「論じる必要のないほど、はっきりしているさま」「言うまでもなく」とあるように、論じる必要がないほど“あなたを受け入れている”と、絶大な安心感がある言葉だからキュンとしてしまうのかもしれない。

自分が「もちろん!」と答える場面を思い出してみても、そこにいる私は相手のことを全面に受け入れている。相手が何かするのは想定内で、疑いや嫌悪が全くない。むしろ聞いてくれて嬉しいと私は思っている。

あなたを丸ごと受け入れて、好きで、大切にしている。その気持ちが強く感じられる言葉だと思っているし、実際に私も口に出したときに思っているから「もちろん」が好きなのだろうな。


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かわいい言葉を使う人は、きっと優しい人だ。

世界には多くの言葉があって、何を発言するのかは自分次第。もちろん強い言葉を使ってもいいけれど、自分で選べるのならば、私はかわいい言葉を使っていたい。

言葉は時として凶器になる。同じ意味なのに言い方を少し変えるだけで鋭くなる不思議。できれば私は凶器ではなくて、包み込めるような毛布になりたいと願う。

世の中、生きているだけで大変だ。大人になればなるほど、さまざまなことが起こる。綺麗事だけでは済まされない悲しいことや辛いこと、泣きたくなるような夜なんて何度も訪れる。

そんな尖った毎日だからこそ、どうか言葉くらいはかわいく、柔らかく、丸くありたい。

強い言葉を使いたくなる日こそ、丸い言葉を発してみる。言葉はひゅんと、自分に、相手に刺さるから、丸い言葉を発し続けていると、いつしか自分自身の周りもまあるくなっていくと思うのだ。

優しく柔らかい世界を作るには、まずは自分から口に出していきたい。私の言葉で、心がほろりとしている人もいるかもしれないから。

明日から何を言おう。

“かわいい言葉”を探すのは、案外楽しいよ。


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ちなみに「もちろん」の他に、最近新しくコレクションに加わった言葉が「薬局」である。ドラッグストアではなくて「薬局」と言う人。うん、かわいい。

この話はまたいつか。

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illustration by:あきこば


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