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最終回:おばあちゃん 【かわいい栞(しおり)】

「かわいい栞(しおり)」は、作家・田中青紗が暮らしの中で見つけた「かわいい」を紹介する連載です。全五回。<第四回はこちらから

「あーちゃんは、いつもかわいらしい服着てるなあ」

兵庫に帰省したとき、私はリビングのソファに座る祖母の元へ真っ先に向かう。そろりそろりと近づき、静かに祖母の前に立つ。

この頃の祖母は目が随分と悪くなっていたため、すぐに私が帰ってきたとは気づかない。いつも突然目の前に現れた人の気配を少し見つめた後に、ハッと気がついて声を上げる。

「あーちゃんか!おかえり!帰ってきてたんか」

実家に帰る度に喜んでくれる祖母の姿にはいつも癒される。毎回驚かせたい気持ちを込めて、事前に祖母には帰る報告はせずに、そっと彼女の目の前に立つことが多かった。

お土産のお菓子を渡すと「わあ、嬉しい」と喜んでくれて「夕飯の後に食べましょう」と力強く言う。ひとしきり再会を喜んだ後、決まって祖母は私の洋服を褒めてくれた。

「この子はいつもかわいい服を着てるんよ」

自分では移動しやすいように楽な洋服で帰っているだけなのだけれど、祖母からすると私はいつもかわいい洋服を着ているらしい。

「ほんまに!? ありがとう」

くるくると祖母の前を回ってみせる。この日はウエストがマークされたカーキ色のシャツワンピースを着ていた。理由は楽だからである。

「ハイカラさんやなあ」

ただ帰ってきただけなのに、こんなにも喜んでくれるなんて嬉しいものだ。ニコニコと笑う小柄な祖母は、とてもかわいくて大好きだった。


***


子どもの頃、夏一番の楽しみは母方の祖父母宅へ遊びに行くことだった。祖父母の家は四国の田舎にあり、いつも兵庫から車で向かっていた。

私と弟は決まって車の一番後ろの席に座る。祖父母の家が近づいてきたら「もうすぐやで」「何する?」と囁き合っていた。出迎えてくれた祖父と祖母の嬉しそうな顔は今でも覚えている。

祖父母宅に滞在中は、夏らしいことを全部した。近所には川も山もある。川遊びや花火、お祭り、バーベキュー、家には小さな井戸もあってスイカを丸ごと冷やしてみんなで食べたのも良い思い出だ。

二人はいつも優しかった。

特に祖母はきょうだいたちと喧嘩してすぐ泣く私を、よく慰めてくれていた。畳に寝転びながらグチグチと文句を言う私に「そやねえ」だったり「はいはい」と側で話を聞いてくれて、急かすことはしない。話を聞きながら祖母は裁縫をしていたり、洗濯物を畳んだりしていた。ある程度時間が経つと私も機嫌が直り、一緒にタオルを畳んで、また遊びに出かけていた。

孫たちが食べたいものや、ちょっとしたお願いにはいつも「よし!」とすぐに準備や行動へ移してくれていた祖母。贈った手紙は仏壇に大切に置いたり、引き出しにしまったりしてくれていたっけ。兵庫に戻るときは、畑で採れた野菜や手作りのパン、お中元で届いたジュースやレトルト品をお裾分け。トランクがいっぱいになるまで沢山の荷物を持たせようとするから、母が「もういいよー!」と制するのがお約束だった。

祖父が亡くなってしばらくしてから、祖母は私の実家で一緒に住むようになった。病気を患い、車椅子が必要になったけれど、祖母は祖母のまま。一緒に住むことで祖母のことをより知れたと思う。

甘いものが好きでよく食べること。たまにお酒も飲むこと。カラオケが好きなこと。冗談をよく言うこと。

出かけ先で「ばあちゃんこれちょっと持ってて」と渡したタオルハンカチを、落とさないように自分のポシェットにしまってくれていたこと。私が持っている洋服や小物を褒めてくれるところ。

いつどんなときも孫たちのことは忘れないし、名前を間違えないところ。久しぶりに繋いだ手はふかふかした柔らかい触り心地で、懐かしい気持ちになったこと。

思い出すのは些細なことばかり。

些細だけれど、なんだか全てがかわいらしくて、温かかった。


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“かわいさ”は“寂しさ”と表裏一体だ。

子どもの成長、好きだったものからの卒業、身近な人との別れ……。人生にはいつか必ず変化してしまうものがあるからこそ「かわいい」を見つけたら思う存分に噛み締めておきたい。「もう一度」「もっと」と思っても、そのときにはもう戻れないかもしれないから。

存分に堪能し、そっと記憶に栞を挟む。

寂しさや切なさが生まれて、心を一杯にしてしまうこともあるかもしれないけれど、そこにはかわいさもある。温かさもある。いつだって明るいほうを向ける思い出であることを忘れない。

きちんと覚えているのであれば、記憶の中のかわいいはふとしたときに私たちを癒し、勇気づけてくれるはずだ。


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緑の栞を挟んだ本をパタンと閉じる。読書のお供に作ったクリームソーダの残りを飲み干した。

毎年夏の終わりには祖父母宅で過ごした日々が蘇る。九月になったらカーキ色のワンピースでも着てみようかな、なんて思った。

大きく伸びをしていると、開けっぱなしにしている窓から気持ちの良い風が入ってきて、カーテンを揺らす。もうすっかり秋の気配だった。

今年はどんな夏だっただろう。

見つけた「かわいい」を思い出してみたら、心がふわりと軽くなった。

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illustration by:あきこば


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最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

連載エッセイ「かわいい栞(しおり)」は、今回で最終回となります。全五回、本当にありがとうございました。

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<あとがきはこちらから>

<第一回はこちらから>

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<第四回はこちらから>

◆コラボ作品第一弾はこちら↓

◆ラジオのアーカイブはこちら↓
かわいい栞ラジオ#1 「日常生活の“かわいい”の見つけ方」

◆かわいい栞ラジオ#2 「言われてうれしかった言葉」

◆かわいい栞ラジオ#3 「好きな冷たいドリンク教えて!」

◆かわいい栞ラジオ#4 「癒しアイテムを教えて!」

◆かわいい栞ラジオ#5 「今年はどんな夏だった?」

最後まで読んでいただきありがとうございます!短編小説、エッセイを主に書いています。また遊びにきてください♪