「なじみのお店」がなくなるということ

偶然、立て続けに、数年通っているふたつの店が閉店することになった。

ひとつは渋谷のダイニングバー。お店を切り盛りしているご夫婦の移住という決断により、年内いっぱいで閉店するという。

もうひとつは近所の小料理屋さん。こちらは、いわゆる業績不振というやつ。「二人目の子どもも産まれるので、傷が浅いうちに・・・・」ということらしい。

両方ともなにかとお世話になった、大好きな店だ。前者は「ねえこの料理に愛はあるの!?」と言いたくなる店も多い渋谷のオアシスだったし、後者はおもしろい日本酒が置かれていて、妊娠前、仕事で遅くなる時期は週に2回ほど通ったりしていた。

お店がなくなることは、もちろんとても残念だし悲しい、寂しい。・・・・のだけど、思わずこちらが冷静になるくらいダメージを受けているひとがいる。夫だ。2店とも夫婦で通っていたとはいえ、「いや悲しいけどね、そこまで落ち込む・・・・?」と言いたくなるくらい、ぺこっとへこんでいた。

男性は、と言っていいかわからないけれど、夫はとにかく気に入ったお店にひたすら通うタイプだ。麻雀をするのも「いつもの雀荘」がいいからと、片道30分以上かけて吉祥寺に通う(そのあと「いつものバー」で店長とお話しして帰ってくる)。
「どこか一人で飲んでおいで〜」と言っても新規開拓はせず、必ず「なじみの店」に行く。友だちが多いわけでも社交的なわけでもない夫だけど、「ちょっと知ってるひと」と喋る時間は、とても大切なものらしいのだ。

夫を見ていての、おそらくこうだろう、という予想だけど。

お店はいつも同じように待っていてくれる。友だちと違い、「今日誘ったら迷惑かな」「ムリだろうな」なんて気を遣わずに行ける。利害関係も嫉妬もマウンティングもなく、ただ話を聞いてもらったり、話を聞いたり。ふだん仕事で会うひとたちとは違うタイプと話せるのもたのしい。一方で、疲れていたら黙っていてもいい。

おいしい。ラク。たのしい。癒やされる。いつも同じ。
そんな場を求めて、「なじみのお店」にせっせと通うのだ。

——そして、ここからは「たられば」の話になるけども。

もしわたしが先に死んでしまったら、夫は悲しむだろう。しばらくは廃人のようになるだろう。

けれど、そういうときに「なじみの店」は命綱になる、気がしている。
友だちと会って慰められるより、なじみの店を回ってぼんやり過ごし、店主とポツポツ言葉を交わす時間を必要とするだろうと思う。

あー、行きつけのお店がなくなるということは、このひとの命綱が減ってしまったということなのかもしれない。しかも同時に2本も。だからあれだけ打ちひしがれていたのか・・・・。新規開拓が苦手なのは重々承知だけど、はやいとこ2本の命綱の代わりを見つけてほしいなあ。

そして。いまある大好きなお店たちには、どうかどうか1日でも長く存続してもらいたい、とあらためて強く願うのであった。そのためにも、まずは自分が通わなきゃね。

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田中裕子

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コメント1件

お店側からすると「お客様の命綱になれるなじみの店」に慣れたら素敵です。

確かになじみの店ってとても大切です。
せっせと通いつつ、他にもなじみの店があるといいなとも思っています。
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