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紀行と私と考えすぎ

平素より、そして末永くお世話をお願いします。
たなりょーです。アガペー!(挨拶)

さながらトルコアイスのようになかなか春を受け取らせてもらえない気候が続くここ数週間、皆様におかれましては大層ご立腹のことかと存じます。その怒りの矛、いつか誰かを守る為に使えるといいですね。右手に盾を左手に剣を。

さて、私の方の近況といたしましては日頃SNSにこれ垂れ流しております通り音楽活動に勤しむばかりの日々でございます。
先日も、大学の先輩という関係から付き合いの端を発するキュウソネコカミの皆様にツアーへお招きいただき、べらぼうに楽しい時間を過ごさせてもらいました。自慢すよ自慢。

Vo.セイヤさんの出身地でもある和歌山のお客様方は初めて演奏を聴くであろうフリージアンの出番をもとても温かく迎えてくださり、終盤なんかはもう我々あたかも自分達の凱旋ライブかと錯覚してしまうほどの充足感を味わうことができました。すみません。ライブ最中のバンドマンはおめでたいのです。

肝心のキュウソネコカミのライブはというとそれは凄まじく、そらメジャーで10年間も愛されるわなとメンバー一同納得しきりで、特に活動初期からキュウソを知る身としては当時の楽曲(DQNなりたい、お願いシェンロンetc…)が今なお観客の皆さんに更なる興奮や感動を与えてる光景を目の当たりにし、あんなにも愉快な曲にもかかわらず感涙してしまいました。その感動を伝えたく、ヨコタさんに「スタクラ(今はなき神戸Star Club)を思い出しました」と言うと「じゃあ失敗やんけ!」と笑われてしまいました。カッコよかったんですよ。

その後打ち上げでも、キュウソの皆さんはフリージアンの楽曲や今後の展望について本当に嬉しい言葉を絶えずかけてくださったり、次の日も朝早くからなにやらお堅い仕事があるらしいのに深夜まで全員が飲みに付き合ってくださったりと、流石にはよ寝えや!とは思いつつ、最後の最後まで幸せな一日となりました。本当にありがとうございました。

photo by Photo by  @kawado_photo (X)

とはいえ先輩の太鼓ばっかり持っているわけにもいかないので我々フリージアンもしっかり自分達の歩を進めて行きたい所存です。それが先輩への恩返しの一歩目にもなる事を信じて。

とりわけご承知おきいただきたいトピックですが、先日、気早ながら6月・7月・11月と弊バンドの主催で執り行うイベントの概要を発表させていただきました。
日程や会場に関しましては下記画像に詳しいのでご参照ください。
(ついでに新しいアー写も非常に気に入っているのでそこも見てもらえると嬉しいです。和歌山当日全員この服装で楽屋入りしてセイヤさんに笑われた)

以上3公演。

3年間という長いんだか短いんだかよく分からん活動歴のうちに生み出したほとんど全ての楽曲を披露するであろう東阪ワンマンライブ(6/9 & 11/16)はもちろん、3年よりもうちっとだけ長く続いている音楽人生の中で運良く出逢えた親友のバンドを招いたツーマンライブ(7/5)にも大いに期待していただけたらと思います。ほんまに楽しみやーーー!!!!!

なのでみんなチケット買ってね!
というのも会場がね、、その、、デカいんで、、、!

ただそれは無謀な挑戦というわけではなく、自分達の音楽が少しずつですが確実に広く響いてきているという実感もあったので、今年は比較的大きめなステージを選ばせていただきました。そんな拡がりを視覚的にも感じたいので厚かましいお願いですがぜひ集まってください。
そして集まってくれた後は完全に任せてください。
きっとその場にいたことが誇りになるような日にしてみせます故。

【チケット情報】

■6/9 心斎橋JANUS
https://eplus.jp/sf/detail/4060160001?P6=001&P1=0402&P59=1
https://l-tike.com/search/?lcd=55228
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventCd=2408462

■7/5 渋谷WWXX
https://t.pia.jp/pia/ticketInformation.do?eventCd=2408669&rlsCd=001

■11/6 渋谷 CLUB QUATTRO
https://t.pia.jp/pia/ticketInformation.do?eventCd=2408672&rlsCd=003 



さて、1番大事な告知が終わったのでここからは読まなくていいんですが、いつものように最近考えてることを少し書いて終わろうと思います。

人生・生活のあらゆる局面にて「シンプルに考えた方がいい」という方針が打ち出されることは多いと思うのですが、個人的にはこれはかなり眉唾ではないかと睨んでおります。

というのも真っ向からこちらの前提を提示すると「物事は基本的には複雑に考えた方がいい」です。
社会は複雑に出来ているし、人間は複雑に出来ているし、自分は複雑に出来ています。
そこを無視して物事を単純化して見てしまうと、今の時代にとっては陳腐な言い回しになってしまいますが"多様性"を蔑ろにした生き方しかできません。
他者との間にいわゆる"差異"の無い世界というのはシンプルですが深みの無いとてもつまらないものです。


少しややこしい言い方になってしまったかもしれませんが、僕が言いたいのは「考えすぎ」といった言葉や状態をあまり悪く捉えないでほしいということです。


さまぁ〜ずの往年のコントに「寿司屋へ行こう」というものがあります。
大竹氏扮するサラリーマンが、ある日見栄を張って得意先の女の子を行きつけの高級寿司屋に連れて行く約束をしてしまったが、実はその寿司屋には自分も行ったことがなく、当日常連としての振る舞いが出来ずに恥をかく可能性を恐れ、事前に下見をしておきたいという理由で三村氏扮する会社の後輩をその寿司屋の店先まで呼びつけるところから舞台が始まります。

未知の高級寿司に対して過剰なまでの危機感を持ち入店すら全く出来ず二の足を踏む先輩サラリーマン大竹に反して、後輩三村は極めて楽観的なもので「こんなもんみんなわざわざ準備して行かないんじゃないですかね?」と軽い調子で言う。
そこで大竹が吠える。

「みんなのことは知らねえよ!」

爆笑が起こる。あまりの剣幕に言葉を失ってたじろぐ後輩三村。
構わず大竹は続ける。

「みんなのことは知らねえよ。"俺は"準備が必要なの!」


僕はこのシーンが大好きで何度観てももちろん笑ってしまうんですが、それと同時に、痺れます。

他人には理解されない不安や悩みがあって、そこにはさらに他人にはわざと教えていないような背景もある。
きっとこの先輩サラリーマンにとっては恥というものがとても大きく辛いもので、得意先の女の子(実は後に得意先ではなくフィリピンパブの店員だということが分かる)との会話の温度や手応えも本人にしか知り得ないことでしょう。
そういったある意味繊細というか、自己防衛への感覚が鋭敏な先輩が大声で「みんなのことは知らない」と言う。自分の中で複雑化させた世界の情景を後輩はじめ周囲に浸透させていくこのコントが僕にとってはこの上なく痛快なのです。
結果、その苛烈ともとれる"考えすぎ"が単なるサラリーマンの見栄から始まる物語を何倍も面白おかしく愛おしいものにしていく。

これが「物事を複雑化して考えた方がいい」という話の良い例なのかどうかははたして分かりませんが、書いているうちに思い出したので、、、
なんというかせっかく面白いことで悩んでいる人に対して「シンプルに考えろ」という雑な助言を与えることで、その人のかけがえの無い迷いや躓きが看過されていくのは僕にはとてももったいないことに感じるのです。
もっとたくさん具体例を出せるといいのですが。
(ともあれコントはやはり傑作なので興味のある方はさまぁ〜ずのライブDVDにて是非ご覧ください。Vol.5とか6とかその辺に収録されてたはず)


しかし、勢いでここまで論じたところで、「劇中の先輩サラリーマンは先輩サラリーマンで自分の見方以外の思考を排除して我を通そうとしてるという意味では物事を単純化してない?」という疑念がふと湧いた。

……まあ、そこは観客側が登場人物2人の多様性を楽しめばいいんじゃないすかね。解散解散!あんまこっち見んな!こちらからは以上です。

Photo by @kawado_photo

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