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短編小説|廃病院観光地化計画

【1】

「なんかほら、お皿を数える人?あれをなんかこう、枚数増やしてみたりとかどうですか?」

この街の役人は死んだ目で言った。コイツに意思などはない。

「だから…これ以上は出来ないと思います」

私はコイツが怖い。

コイツと話すのは生きた心地がしない。

「なんで?」

「元々十枚ないといけないのに一枚足りないっていうものなんです。足りないから恨み節なわけですから」

「だから?」

「だからって…。すでにあなた達が言う通りにして十九枚まで数えてるんです。九枚も足りてる…わけわからないんです」

「少ないより多い方がなんだっていいですよ。今年はもう一枚増やしましょう」

「だからこれ以上は出来ません」

私はいつもの様に断るしかなかった。

「じゃあこの廃病院をとり壊す事になりますよ?」

またこの脅しだ…。

毎度毎度嫌になる。

「それは…困ります」

「毎年、この廃病院に来る人が減ってるんですよ」

「それは知ってます。でもね、やれる事というのは我々幽霊も変わらないというか変えられないんですよ」

私はこの廃病院がまだ病院として機能していた頃、医療ミスによって死んだ。院長による医療ミス。私が女優をしていたこともあって、メディアでも大きく取り上げられたらしい。

「貴方のせいで、この病院は潰れたんですよ」

「…はい」

「私は知らないですけど二十歳で死んだんですよね?人気女優が医療ミスで死んだってニュースになったんでしょ?」

夢半ば…医療ミスで死んだ女優の幽霊が出る…と噂が噂をよんで、多くの人が病院に来る様になった。病院は潰れた。それからも人が多く来るようになった。

しかしそれも20年も前の話だ。

「いいですか?貴女が医療ミスで死んだせいで病院は潰れたんですよ?風評被害です。そのせいでこの街は廃れていったんです」

なんで私が悪いみたいになってるのだろう。

「貴女に出来る償いは幽霊として、この街に観光客を呼び寄せる事でしょ?ここ数年は貴女の生前のファンもあまりこなくなりましたね?」

「20年経ってるんで流石に…」

「兎に角、去年より来場者アップお願いしますよ。それで飲食店やらホテルは儲けないと街がダメになっちゃうんで」

そういって役人は帰っていった。

知らないよ。

生きている人間が…役人とはいえ…死人の私達を管理して街の収益をあげようとするなんて…地獄に堕ちろ。そもそもなんだよ…霊感のある役人って。気持ちの悪い。

かといって…私は言うことを聞くしかない。

私はまだこの病院を潰される訳にはいかない。

どうやったら肝試しに来てもらえるのだろうと地縛霊になった私は今日も悩まされていた。

【2】

「枚数増やすの?無理よ、お皿もないし」

「そうですよね。すみません」

廃病院の食堂で看護師長の幽霊さんに私は相談しに来ていた。

「アンタが言い出した事じゃないのはわかるからいんだけどさ。そもそも、ここ四谷でもないし」

この廃病院には沢山の幽霊がいる。

病気で死んだ幽霊。医療ミスで死んだ幽霊。医者の幽霊。告発して返り討ちに遭った幽霊。この地域や病院を腐らせた一族の幽霊。その一族を恨む幽霊。この病院によってこの街が盛えていたから暮らせていた周辺住人達の怨念の生霊。二十年前のこの街そのものぐらい幽霊がはびこっている。

彼女もその一人。ここで看護師長をしていたが病院の屋上から飛び降りて自殺したらしい。ちゃんと理由は教えてくれないけれど『いけない恋をしたのよ』と笑いながら言う。

「お皿を数えてるのが怖い…みたいになってるんだろうね。だから増やせばもっとこわいだろってね」

「お岩さんがなんでお皿数えてるのか…そんなのどうでもいいんですよね皆。アトラクションでしかないというか…」

私はため息をついてしまった。

「そもそも私お岩さんでもないしねぇ。ニュアンスよニュアンス。現世から少しでも目を逸らすためのエンタメ。安心感の恐怖が怪談や肝試しよね。なんでもいいのよ雰囲気があれば」

「はい…なんかこの街の街おこしにこの廃病院がなってるらしいんです。役場とか駅に肝試し出来る街だよって感じのポスターとか貼ってるみたいです」

「うわ正気の沙汰じゃないね」

「廃病院に行ってはダメですよ不法侵入だよと書きつつポスターにココの住所書いてるらしいです」

「こわいね〜。役人ってのは人間じゃないんだよ。なんかこの辺自販機も増えたわよね…幽霊買わないっての」

「なんか夏場水分補給出来ないとトラブルになるから役場が置かせたみたいで」

「はぁ…。で?どうするの?」

「あぁはい。お皿はもうこれ以上無理なんで…考えたのが、とりあえず病院に向かうための車道あるじゃないですか」

「魔の急カーブ?」

「はい。カーブの後ろに立ってくれてる地縛霊をカーブの前に立って貰おうかなと…。そしたら驚いてカーブ曲がり損なったりしていいかなって」

「え?地縛霊って移動出来るの?」

「少しならいけそうって言ってくれてます」

「え?でもさ…事故で死んだから地縛霊になったわけでしょ?カーブの前にいるのは変じゃない?」

「確かに…」

「あと、別に廃病院に来させたくないとか殺したい訳じゃないんでしょ?ズレてるかも」

「あぁ…」

「あれは?看板立ててさ」

「看板?」

「この辺にカーブを曲がり損ねて地縛霊になった霊出ます!注意!…みたいな」

「露骨すぎません?」

「露骨なぐらいでいいのよきっと。他は?」

「心霊写真に写る幽霊増量キャンペーンとか」

「何人もう写る的な?」

「はい…はっきりくっきり」

「心霊写真って薄らがいんじゃないかな」

「あとは医療ミスにかかる呪いをかけるとか」

「あー。良さそうだけど、他の病院さんに迷惑かけるってことでしょ?」

「たしかに…じゃあえっと一時間に一回ライトアップされた廃病院から飛び降りる幽霊が観れる感じにするとか…あ、あと先生の幽霊に自分がした医療ミスがなぜ起きたかをオペの再現をしながら話してもらう会とか…」

「ねえ…もう別にやらなくていいんじゃない?」

「え?」

「街おこし手伝わなくていいよ。廃病院をさ、生きてる奴らに潰されて行き場すら無くなってさ…私らが途方にくれるかもしんないけど。病院関係者の幽霊達も自分の怨みつらみに夢中で何にもしないじゃん。元々女優だったアンタがそこまで背負わなくていいのよ…病院もこの街も」

「それは…はい」

「なんでそんな頑張るの?」

「娘に…会いたいんです」

「娘?」

「私は女優をしてました。それなりにドラマとか出て…。医療ミスで死んだというのは…出産の時なんです。私は未婚の母でした。有名な都内の病院だとマスコミに妊娠したことがバレちゃうから。ここに来たんです…それが間違いでした」

「そうだったのね。ごめんね。もう私その時死んでたから…。出産はできたのね」

「いえ…。あまり誰にも言ってないんで。娘がちゃんと育っていたら私が死んだ時と同じぐらいの歳になっていると思うんです」

「一目会いたいね」

「はい…病院がなくなったら娘に会いに来てもらえないかなって」

「今までは来たことあるの?」

「一度もないです」

「そっか…だから役場に変な事言われても頑張ってたんだね…きっと娘さん強く生きてるよ」

「ありがとうございます」

と言った時…食堂のドアがあいた。

そこには。

私が立っていた。


【3】

「ここが…私のお母さんの死んだ病院です」

照明が煌々とたかれ、カメラマンは私を熱心に撮っている。大勢の人間がその向こうに魑魅魍魎の様に蠢いている。

テレビの撮影だ。

そしてあれは…私ではない。

「え?あの子…アンタに似てない?」

「そう…思います」

「お母さんも…この食堂でご飯食べたりしたのかな…お母さん…お母さん」

「きっとアンタの娘だよ!女優になったんだよ!娘ちゃんもさ!」

「お母さん!ミチルです!お母さん!」

娘だ…娘が来てくれたんだ。

「霊媒師さん…私のお母さんはここにいますか?女優をしていたんです。今の私ぐらいの歳の幽霊はここにいますか?」

いかにも霊媒師ですという白髪の男が出てきた。

「ここには…いませんね…」

「そうですか…」

ミチルはガッカリとしてしまった。

「いやいるわよ!お母さんここにいるよ!ミチルちゃん!この似非霊媒師!アンタ呪ってやりなさいこいつ」

「いいんです看護師長さん大丈夫だから!」

「ハイカット!ミチルちゃんいい感じ〜」

ディレクターだろうか?

「はぁ〜い。あんな感じでよかったすか?てかココ暑くない?」

ミチルの声色が変わった。さっきまで浮かべていた涙はどこにもない。

「電気きてないからね〜ごめんねミチルちゃん。お母さんに早く会えるといいね〜」

とディレクターらしい男の人が言うとミチルはピンクのモンスターエナジーを呑みながら少し笑った。

「いや幽霊とかいないっしょ〜。ってか毎月墓参りして線香をあげてるんで私。産んでくれたのと今回仕事ひとつ作ってくれたのは超感謝してるけど〜ママ会ったことないからよくわかんないなぁ。次は屋上?おけで〜す」

娘と蠢く連中はゾロゾロと出て行った。

「み、ミチルちゃん…元気に上手くやってるみたいでよかったわね」

「生きていた頃の私そっくりでした」

「見た目がよね?」

「生き方もです」

「あらやだ親子ね〜」


それから一か月したぐらいからだろうか。

娘のおかげで廃病院に来る人は増えた。

私と看護師長さんが似非霊媒師めと言っている音声が取れていたらしい。

娘のファンが来てくれる様になり、私のファンも戻ってきてくれる様になった。娘のファンが私を知ってくれて、推しのママが推しに似ている…とか言ってくれているらしい。

毎年毎年、娘が来てくれる様になった。

毎年、娘とテレビで共演できる様になったのだ。

なんだか成仏しにくくなった。

成仏してしまったら、娘に会えなくなるし娘の仕事を奪うことになるから。

でも…。

私は娘が孫を連れてきたらあの世に流石に行こうかなと思う。娘がひとりぼっちじゃなくなったら行こう。

私は孫の顔をみるまであの世にイケない。