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好きのちから

「好き」とは、感情なのか。衝動なのか。
好きについて、もう一度深く考えたくなった。

最近の私は、いまの暮らしにつくづく感謝している。

散歩中、空をみて泣いてしまったり、ちょっと思考を止めて休憩しようもんなら、「あの人との、あの経験がいまの私をつくっている。あのときは大変だったけど、愛おしい時間だった」と、お腹の底からありがとうが湧き上がってくるのだ。
これは季節のせいだろうか。
目から流れる液体を、私はただ受け入れることしかできない。

だから「好き」について考える。そうして思い出すってことは嫌いじゃない、好きなんだ。私の好きって、どんなものでできてるんだろう。
いまの私にものすごく影響を与えてる「好き」ってなんだろう。
そうして思いを巡らせていくと、なにをどう切り取っても欠かすことのできない存在に、椎名林檎という人がいるのだ。

今回は「林檎ちゃんありがとう」と一言で済んでしまうことを長々書きます。
「好き」のちからは、こんな風に人間を生かしてくれるんだって、何となくでいいから伝われば幸いじゃ。




初林檎は中二

初めてCDを手に取ったことをいまでも鮮明に覚えている。
当時の私は(今もだけど!)クラスで流行っている音楽やテレビ番組にハマりたくないひねくれ者でした。

それは小学校の不登校時代から身に着けてしまったように思う。
学校へ通いだしたとき、みんなが見ているバラエティとかアニメ話は、とことん分からなかった。
しかしクラスで話についてこれない私をバカにしたりする空気はなかった。たぶん周りが自然と、「学校来てなかったんだから当然」と納得してくれていたんだと思う。ありがたい話だ。

しかし何かしらの刺激は受けたい年頃。
当時の私は、近所にあるTUTAYAでCDを「ジャケ借り」するのが好きだった。

流行りとか関係ない、一枚一枚ジャケットを見て、手書きで書いているPOPを読み、どれが私の好みに合うか妄想しながら選ぶ時間が好きだった。

そこで出会ってしまったのだ。
「これはなんだ」という一枚に。

椎名林檎を知るキッカケを聞くと、多くの人が売れに売れた"本能"とか”ここでキスして”の曲をあげるところ。
しかし中二の私が初めて林檎ちゃんを知ったのは、この斬新なジャケットと、アルバム”加爾基 精液 栗ノ花”という、刺激的過ぎるタイトル名に惹かれジャケ借りしたのがキッカケだ。
当時は「精液」がなんなのかも知らんまま借りた。知らんかったから借りれたのかも。

で、家に帰ってワクワクしながら再生ボタンを押したのが、1曲目の「宗教」。
なんじゃこれ、不協和音?初めて聞くその旋律は、決してキレイなものではなかったのかもしれないけど、なんでこんなに惹かれるのだろう。
あの瞬間から、いまの今も、林檎ちゃんにぞっこんです。

きっと当時の私は、思春期のわだかまりとか、「なんで」っていう反抗心や葛藤みたいなものが芽生えていて、でもそれに自覚がなかった。
そのもやもやした黒いものを、どんな風に発散すればいいのか、その術を知らなかった私には、あの隠微な音楽が必要だったのだ。

歌詞の意味もなんも分からんかったけど、この言葉は学校や友だちからは得られない、何か大切なものな気がして、CDを返却する前に全曲の歌詞を手書きで書き起こしたのを覚えてる。
それくらい好きになったのに、友だちには誰にも言えなかった。
少なくとも「椎名林檎が好き」と言っている人はいなかったし、この好きの気持ちを言葉でどう伝えればいいかもわからなかった。


初・生林檎

”加爾基 精液 栗ノ花”を知ったとき、林檎ちゃんは「東京事変」の活動をスタートさせていた。彼女がソロで出した曲と、事変の曲を聞く毎日。
人生で初めてライブを経験したのも東京事変だ。
メンバーに倉敷出身の伊澤さんがいることで、初めて倉敷へ来てくれてたライブだった。
ライブ中、林檎ちゃんが「倉敷に初めて来たんですが、とてもいいところですね。ホールも素敵で、人もあったかくて知りませんでした。次のツアーもまた伺います」ということを話してくれてとてもうれしかった。

しかし、人生初ライブの私は、「きっと私達をよろこばせるために言ってくれたんだろう。どの会場でもきっと言ってるはず」と、またひねくれた捉え方をしていた。
普段から武道館とか、さいたまスーパーアリーナを埋め尽くすような人。倉敷なんてニッチな会場、そうそう来ないだろうと思っていた。しかし次のツアーでなんと、あのニッチな倉敷をツアーの最終公演に持ってきてくれていたのだ!泣

ほんまやった。彼女はほんまに思ったことを言ってくれて、言ったからにはと有言実行してくれた。
私はこの瞬間、誠実であることの大切さを体感できた気がする。
そしてはっきりと、「こんな大人になりたい」と思った。そういう大人を知ったもの林檎ちゃんだった。音楽家になりたいというよりも、こんな「在り方」をする大人になるんだって、彼女の背中をいまも追いかけてる。


価値観

思春期真っ最中の私は、結婚したいとも思ってなかったし、子どもを産む気もなかった。「お母さん」というものが、どうも楽しそうに思えなかったし、自分が女でいることを持て余していた。強くなりたい、

それは何か雑誌のインタビューだったと思う。林檎ちゃんが

子育てほどクリエイティブなことはありません。
母親になったらこの仕事も辞めようと思ってましたから。

と発言していたのだ。それは当時の私からすると寝耳に水。
「子育てって大変なことばっかりなのに、歌手の仕事を辞めてまでしたいと思うことなん?」と。
しかし大好きで、大尊敬している林檎ちゃんがうれしそうに話している。
だからいま意味がわからなくても、きっといつか必要になるんだろうと直感的に思って、いまもこうして覚えている。

クリエイティブ、ものを創るということ。それは私の人生で必要不可欠なものだ。
そして子どもを育てること、共に生きる人をなによりも大切に思うことが、自分のゆたかさにつながっている。それを31歳で思えているのは、このセリフを10代の内から噛みしめていたからだよ。
林檎ちゃんから出てきたいくつもの言葉が、私のもやもやを自覚させてくれる手助けになった。ありがとうじゃ足りない。


アイデンティティ

どうも私は、好奇心が旺盛で、色んなものに興味をもつ人間だ。
ホラーとか「怖がらせようとする」ものは苦手。
あくまで「知らないから知りたい」っていうことに、ドキドキワクワクしてしまう。
コインの表だけじゃつまらない、裏も知りたい。
朝の爽やかな感じも大好きだけど、夜の濃厚さも知りたい。

でも裏って、中々世間では受け入れられないものだったりする。
その常識的な目を、私は若いときに育まなかった。
かわりに林檎ちゃんから明るいだけが価値ではない。裏の素晴らしさ、儚さ、上品さをたくさんの作品から吸収できた気がする。

例えば「性」について。きっと彼女の視点をもっていなかったら「性=下品」みたいな捉え方をしていただろう。
私は彼女の作品(曲や衣装、ライブのときの身のこなし)から「性は官能的で情緒のあるもの」だと教えてもらった気がする。だからうがった見方をする人に対して、ある種ぶれない強さを持っていられる。

きっと裏があるから表が明るくいられるんだし、その裏を否定せず、むしろ愛せてはじめて、表の明るさに感謝できたりする。

だから、大好きなのは曲だけじゃない。
ファンサービスがいいとか、握手できるとかじゃない。
林檎ちゃんが自分と向き合い、「これだ」と思ったものを音楽で表現しつづけてくれる。
私はその真っすぐな姿勢が大好きなんだな。

私の好きの土台、林檎ちゃんありがとう。🍎

それは人生 私の人生
ああ誰のものでもない
奪われるもんか
私は自由

人生は夢だらけ歌詞


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