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お題エッセイ第1回『スーパーマーケット』

スーパーが好き。
いや、厳密に言うとスーパーにいる人たちを観察するのが好きだ。

入り口。ケーキ屋のお姉さんが何か考え事してるような表情で立っている。私はカートを出してカゴを乗せて歩き出す。がらがらがらがら、歩き出す。
ケーキ屋のお姉さんはまだ固まっている。彼女は今、いったい何を考えているのだろう。まあるいお姉さんの頬。ほら、そのウインドゥの中のシフォンケーキのふわふわに似てる。
私は横目で彼女を見ながら通り過ぎる。彼女はハッとして「いらっしゃいませ」と小さな声で私に投げる。もう幾千と彼女の口から放たれた「いらっしゃいませ」の言葉の断片は、いったい今までどれだけの人に届いて、どれだけの人が散らしたんだろう。
彼女のため息と「いらっしゃいませ」の文字は彼女の並べたそのケーキの生クリームに溶け込んでいる、そんな妄想。

おお、なんて新鮮で美しい果物たちよ。
果物の色ってなんてこんなに奇跡的なのかしら。私は色を楽しむ。グレープフルーツの黄色とレモンの黄色を見比べる。レモンを見ていたら唾が口の中に溜まる自分がちょっとイライラしたり。王林の薄い緑とスターキングの艶やかな赤の対比を楽しんだり。そうだバナナを買わなくちゃ。お、今日は安い100 円だ。手を伸ばすと後ろからぬっと太い手が伸びてくる。私はハっとして脇によける。やだー、それ私が目をつけたバナナなのに取られたちくしょー。

野菜コーナー。熱心にプリーツレタスを選ぶ男性がいる。
私はスーパーで野菜を買う男に弱い。懸命に真剣に野菜たちと見つめあう男性は素敵だ。男性が野菜を選んでいるところに遭遇すると、私はいつも彼が何を買うのか、どれを選ぶのか、とても気になりさりげなく見てしまう。
私はプリーツレタスじゃなくて普通のレタスをカゴに入れる。あ、プチトマトも安いから買おうっと。えと、あと何を買うんだっけ。
考えながら前を見ると知り合いがカートを押している。ああ、挨拶するの面倒くさいなあ。気づかないフリしちゃえ。これ私の悪い癖。でも相手も同じ気持ちらしく、私に気づかないフリをしてくれる。きっと「話しかけるんじゃねえオーラ」を出しまくっているイヤなオバハンになってるんだろうな、私。

小学3、4年生くらいの女の子がカートの下の部分に足をかけて、手押しする母親と向かい合って立っている。よく見ると子供の手は母親の背中に回っている。もう大きい子なのにすごく甘えている。「買い物しにくいから降りてよ~」という母親の声が私の耳に届く。でも、女の子は母親に密着している。とても幸せそうな表情。楽しそうな表情。子供って何歳くらいまで母親に抱っこされたいと思うのかしらねぇ・・・と考えていたら咄嗟にその子がカートから降りた。どうやら同級生に会ったらしい。「見られた・・・」という表情で照れ笑いをしている。可愛い。

今日は何にしようかな。私ったらスーパーに来てから献立を決めている。コレは散財の元なのに。でもこの悪い癖がいつまで経っても治らない。計画的に買い物しないとダメダメなんだよ、特に年末は出費がかさむからね・・・なんて心の中で独り言。お、美味しそうな冬瓜。よし、今日は冬瓜を煮てみようかな、いや、スープにしようかな。炒め物もいいかも・・・。冬瓜を片手にしばしメニューを頭で検索。冷蔵庫に野菜の余り物があったからスープで決定だ。私の冬瓜スープは絶品なのようふふん、自分で言うんだから間違いないわ(笑)。さて、メインはどうしよう今日はお魚いいのが入ってるかしら。

お魚コーナー。あ、さっきのプリーツレタスの男性がいる。なに買うのかな。ブリか。そうか、今日はブリの照り焼きか何かにするの?  ふーーん。ウチは何にしようかな。んーー、お肉を見てからどっちにするか決めようかな。よし、そうしよう。
お肉のコーナーには赤々として美味しそうな牛肉。うう、食欲出るなあ。冬瓜のスープと牛丼って合わないかしら。いや、結構合うかも、よし、肉で決まり。牛丼用の小間ならそんなに高くないもんね。うふふん♪

さて、豆乳もないんだった。買わなくちゃ。マル○ンと森○と紀○の中で選ばなくてはいけない。何で豆乳ってもっと種類がないのかしら。あ、今日はマ○サンが安いや。188円。これにしよう。あれ、やだ、私がマルサ○をカゴに入れた直後、毅然と紀○の豆乳を選んだお姉さんが。わあ、杉本彩みたいなナイスバディの綺麗な人・・・そうですか、100円も高い○文を選んだんですか。高くてもそっちを選ぶんですね。わかりました。でも私はいいの。これでいいの。そう、後悔などしないわ・・・ぶつぶつぶつ。

あとは、ラップと入浴剤と缶チューハイ。ああ、もっと効率よく回ればよかった。また戻らないとラップ買えないじゃん。あ、お惣菜コーナーのオバサン、今日も元気で並べてる。「今日はアジフライが安いですよおおお。」語尾の抑揚が特徴的。ごめんね、今日は牛丼。アジフライのお惣菜はたまに買うけど、ここのは結構柔らかくて美味しい。オバサンはいつもニコニコ。素敵な笑顔。

レジに並ぶ。研修中と名札にある子を選ぶ。商品読みのたどたどしい口調が好きなの。でも数ヶ月すればこのたどたどしさは本当に見事に無くなってしまうのよね。
館内放送だわ。[本日は○○マート○○店にお越しくださいましてありがとうございます。お客様にタイムサービスののご案内をさせていただきます。まずお野菜コーナー、プリーツレタス88円にてご奉仕・・・]
あっ、さっきの男性、もうレジ通っちゃったかしら。目で探すけど見つからない。私も普通のレタスやめてプリーツにしとけば88円だったのになあ、ああ、なんだか損したなあ。

お金を支払う。私と夫の口に入る食べ物の値段を差し出す。
今月食費使いすぎたかな、とまた心の中で独り言をしながらケーキ屋さんの前を通る。
まだ、ケーキ屋さんの店員さんは考え事をしている。一瞬シュークリームでも買おうかと考える。でも、夫にデブの素を買ってくるなと怒られそうなのでやめる。
がらがらがらがらがらがら・・・カートを押して店の外。うわ、さむっ。いやだなあ。私は袋を手にぶら下げて、小走りで車に向かう。

あ、さっきの女の子が母親と手をつないで歩いている。お母さん大好き、と背中が言っている。
「帰ったら宿題すぐやりなさいよ」お母さんの声も優しい。私は二人の声を聞きながら、やっぱり同じく優しい気持ちになって、ゆっくりと車を出す。

もう、冬のにおい、ここに来ている。

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2005年11月2日執筆 
ブログ読者に「スーパーマーケット」のお題を受けて書いた即興エッセイ。

もう15年も前になるのか…
ブログの読者にお題を一言いただき、24時間以内にインスピレーションで書くというルールを設けて書いたエッセイや小説。
「とりあえず速く書く」ということに挑戦していた時期の名残。 プロットもテーマも描写もなにもかもが中途半端なところが多いので今読み返すと穴だらけ。
でも確かにあの時期、文章を書くことの大きなトレーニングにはなった。
久しぶりに公開する。誤字脱字以外、一切手を加えていない。

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