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浅生鴨さんに、聞きました(古賀)。

「生活のたのしみ展」も、いよいよ4日目。オープンと同時に会場へ飛び出し、〝古賀史健 公式取材中!〟のプラカードを掲げ、うろうろ歩き回っておりました。すると、ありがたいことだよなあ。「本を買ったんですけど、サインよろしいでしょうか?」や「あの本、どちらで売っていますか?」、さらには「ぺだるくんパパですか?」などなど、たくさんの方に声をかけていただきます。

そしてへらへら顔で会場を歩いていたところ、レジへと続く列に見覚えのあるサングラス姿の男が。「わはははは! 鴨さん、なにしてんですか!」。そう、作家の浅生鴨さんが買いもの袋をぶら下げて、レジの列に並んでいたのです。「だってぼく、ほんとはお客さんなんですよ」と、もこもこした声で答える浅生鴨さん。こりゃあ、インタビューするしかない。放っておくとどこに行くかわからない野生鴨も捕獲し、貴重なインタビューをさせていただきました。ほら、鴨さんこっちこっち!

誰も威張っていない場所。

——— 鴨さんが「お客さん」だってこと、すっかり忘れていました。手持ちした100冊以上の本が完売しちゃったんですって?

浅生鴨 はい。「河野書店」さんの一角をお借りて販売させてもらったら、『伴走者』が80冊以上、『アグニオン』や『猫たちの色メガネ』もそれぞれ10冊以上、売り切れちゃいました。

——— じゃあ、まずは「お店のなかの人」として見た「生活のたのしみ展」の印象は?

浅生鴨 なんかね、お客さんがすっごくいい感じに控えめで、謙虚で、全体的にシャイなんですよ。「こっちは客なんだぞ」みたいな図々しさをもった人が、ぜんぜんいない。たぶん、お店のスタッフさんも同じですよね。押しつけがましさがないし、威圧的でもない。その「誰も威張っていない」感じが、ほんとうに気持ちいいですね。

——— たしかに、ここでは「誰も威張ってない」!

浅生鴨 ぼく、今年の2月に平昌オリンピック・パラリンピックの取材で平昌に滞在してたんですけど、あのときの雰囲気と似ているんですよね。街を歩くみんなが自然と笑顔になっている感じとか、会場全体がよろこびに包まれている感じとか。だから、ヘンな話だけど、「生活のたのしみ展」にきた人には「東京オリンピック・パラリンピックのときには、東京全体がこんな感じになるんだよ」って言いたい。

——— ああ、そう考えると2020年がたのしみになりますね。ところで鴨さん、「生活のたのしみ展」の第1回から皆勤賞ですよね。今回なにか違いを感じますか?

浅生鴨 あ、ぜんぜん違います。前回も前々回もすごくいいイベントだったけど、どこか運営側がいっぱいいっぱいになって回している印象がありました。ちょっとでもおおきなトラブルがあったら、バタバタバタッて倒れていくんじゃないかという、ギリギリのところで回している感じが。それが今回は、ちょっとやそっとの悪路は乗り越えられる「膝のバネ」を手に入れている印象がありますよね。たとえばきょうは雨になりましたけど、雨の対応ひとつをみても、びっくりしますよ。・・・・すみません、ぼく、むかしイベント運営の仕事をしていたので、どうしても「裏側」が気になっちゃって。

——— イベント運営の仕事? どんなイベントをやっていたんですか?

浅生鴨 おおきなものでいえば、マイクロソフトとか、アップルとか、そういう大企業のカンファレンスですね。東京ビッグサイトやパシフィコ横浜で開催されるような。

——— ・・・・なんでもやってるなあ。当時の経験からいって、「強いイベント」はなにが違うんでしょう?

浅生鴨 いちばん大事なのは「現場に権限を落とせるか」ですよね。なんでもトップの判断を仰がないといけないイベントは、かならず大事故に見舞われます。実際に血液がめぐっているのは現場だし、とっさの判断の連続が、イベントなので。

ねこ社員の前では、食べられない。

——— じゃあ、その買いもの袋の中身を見せていただきたいのですが、ははははは。ぜんぶ食べものですね!

浅生鴨 そう(笑)。ぼく、部屋のなかにあまりものを置きたくないというか、残したくないんですよね。書き終わった原稿も、入稿したらシュレッダーにかけちゃうし。だから「生活のたのしみ展」では、毎回食べものばかり買っている気がします。

——— 今回のおすすめは?

浅生鴨 いちばん驚いたのは、斉吉さんの「海のもの」シリーズ、昆布と鰹節ですね。とくに昆布のほうは、羅臼昆布を塩も振らずに焼いただけなんですけど、カリッカリのパリッパリで、食べているあいだずっと口のなかに旨味が広がり続けるんです。そのままお茶請けに食べてもいいし、たぶん細かくくだいてお茶漬けにしてもおいしいと思う。古賀さん、食べました?

——— いえ、まだいただいてないです。

浅生鴨 ぜったい食べたほうがいいですよ。ここで開けましょう!

——— いやいや、そうしたらぜったい脱線するからインタビューを続けましょう。鰹節はどうでした?

浅生鴨 これもねえ、だしに使う鰹節じゃなくって、なんかふつうの鰹節にもうひと手間かけて、食感パリッパリのおやつにしてあるんですよ。その、いちばん大事な「もうひと手間」をちゃんとおぼえていないのが、ぼくなんですけど(笑)。これは、うちのねこ社員(※)の前ではぜったいに開けられないですね。

※ねこ社員・・・・・・浅生鴨さんとともに暮らすねこたちの総称。

——— もうひとつは「海大臣」のふりかけ。

浅生鴨 これは定番ですよね。うちの母親が大好きで、ぜったいに買ってこいと厳命を受けて。

——— この海苔は、ほんとうにすごいです。

浅生鴨 ほぼ日のあややさんは、これをそのままあられのように食べているらしいですよ(笑)。

「生活のたのしみ展」というキャラバン隊。

——— きょうから雨が降ってきました。なにか読者の方々や、ほぼ日のみなさんにアドバイスなどありますか?

浅生鴨 野外フェスに雨はつきものでしょう。雨が降っていたほうがおもしろいし、思い出にも残るし。もちろん音楽フェスと「生活のたのしみ展」はいろいろ違うけれど、基本の「この空間をたのしもう!」は同じだと思いますよ。雨が「いやなもの」だってのは、思い込みじゃないかなあ。

——— そういう側面はあるかもしれませんね。

浅生鴨 ぼく、「生活のたのしみ展」の会場を見ていると、なんだか商売の原点に触れているような気がしてくるんです。かつて商いは、こういうものだったというか。

——— ほう。

浅生鴨 商売って、おおきくふたつに分かれると思うんですよ。ひとつは「人びとの悲しみを減らすもの」。消防とか、警察とか、災害救助とか、民間でいえば保険とか。なくてはならない仕事、ですよね。そしてもうひとつが「人びとのよろこびを増やすもの」。たぶん、ここ(生活のたのしみ展)に集まっているのは、すべて「よろこびを増やすもの」だと思うんです。あえていえば、なくてもいいものばかりで。

——— うん。

浅生鴨 でも、そういう「なくてもいいもの」がよろこびを増やしてくれるんだし、人びとを豊かにしてくれるはずですよね。だから、むかし砂漠を旅していた商人たちのキャラバンとか、こんな感じじゃなかったのかなあ、と思うんです。幌馬車にたくさんの荷物を積んで、どこかの広場で積荷を広げて、そこにはたくさんの「見たことないもの」があふれていて。

——— うん、うん。

浅生鴨 それでまた荷物を畳んで、幌馬車の隊列は次の街に向かって。

——— ああ、移動式サーカスみたいな。

浅生鴨 そうそう。きらきらした異国の品物や、サーカスや、いろんな出しものがあって。「生活のたのしみ展」ってそういう場所じゃないですか?

——— そうですねえ。キャラバンや移動式サーカスのイメージは、とてもよくわかります。日常と非日常がまざっちゃう感じとか。

浅生鴨 だから、雨なんてイベントを盛り上げるアトラクションみたいなものですよ。いや、実際に濡れちゃ困るものを扱っているお店の方々はたいへんでしょうけど。

——— なるほどねえ、やっぱり鴨さんの視点はおもしろいなあ。

浅生鴨 ぼく個人としても、「河野書店」で販売のお手伝いをして、たくさんの発見がありました。活字離れとか本離れとかいろいろ言われるけど、あれは嘘ですね。いま足りていないのは「ちゃんとおすすめしてくれる人」の存在だけで、そういう人がいてくれればみんな本を読んでくれるはずだと実感しました。

——— 河野書店、大人気でしたからね。

浅生鴨 じゃ、ぼく打ち合わせがあるのでこのへんで。

——— はい。ありがとうございました!

浅生鴨 ああー、たのしみだなー。ベストセラー作家の古賀さんは、ぼくのこの話をどんなふうにまとめてくれるのかなー。

(いらんプレッシャー、かけんなや)