見出し画像

#月刊撚糸  窓は開けたままにしておいて   僕の小鳥


「お母さん、絶対に閉めてしまわないでね」
「うん」

息子は必ずこう言って私に念を押してから登校する。
私はにっこりと笑ってそれを見送る。

それがもうずいぶん長い間続いている。

息子を見送り部屋に戻ると、必ず大きなため息をつくのが毎朝必ずの恒例行事になっている。

息子が夢中になって大切にしていたカナリアがほんの少し開いていた窓の隙間から逃げ出してしまったのはもう何か月も前の事だ。

鳥かごの中をきれいにするために家の中に放していた時、カナリアは逃げてしまった。

息子は泣いた。
本当に夢中になっていたからだった。

カナリアは息子が初めて夢中になった小鳥だった。
このマンションで飼うことが許されているのは小鳥と金魚や熱帯魚などの魚だけ。

子犬も子猫もウサギも飼えない。

一人っ子の息子に無二の親友を家の中に。
そんな気持ちがあったのかなかったのかわからないのだけれど、主人のお父さんが息子の誕生日に鳥かごに入ったカナリアを贈ってくれた。

最初は見向きもしなかったのだけれど、カナリアが息子の頭の上にとまってきれいな声で鳴いてからなぜだか夢中になってしまった。

可愛いと感じた瞬間だったのかも知れない。


ルルルルルルルルル・・・・・
カナリアが歌うと、息子の顔はまるでスイッチが入った照明のように明るくなって心が開いていくのが見えて私まで嬉しくなった。

カナリアは私たちに灯りを燈してくれたのだ。

それなのに………。

どこにいってしまったのだろう?
本当に。

風がすこしずつ冷たくなってきた。
あの子はどこにいるのだろう?

大人の私でさえこんなにこころを痛めるのだから息子はもっとつらいのだろう。

ルルルルルルルルル………。

カナリアの歌声は本当に優しくてきれいだった。
その羽は柔らかな優しい黄色。
はたはたと飛んでいる姿は愛らしく、見ているだけで心が和んだ。


どこに。
一体どこに。


必ずあの子、帰って来るよね…………。
そう言った息子の言葉に私は頷いてしまった。

息子はそれを固く信じて毎朝少しだけ窓を開いて家を出る。

帰って来るのか来ないのか。
そんなことわからない。

そんな心の声はそっと胸の奥にしまいこんで、にっこりと笑って。

息子の顔を見ていると、少しだけ胸が痛む。

待っているんだね。
カナリアが帰って来るのを。


帰ってきてくださいと心の中で祈ってるけど。
本当は、きっと無理だと思っている。



カナリア。
生きていてね。

そしてどこかでしあわせになっていてね。


もう一度あの声が聴きたい。
そして息子の笑顔が見たい。

それが叶わない夢でも。



七屋糸さんの月刊撚糸に参加させていただきました。
七屋さん、皆さん、どうかよろしくお願いします。

ありがとうございます。 嬉しいです。 みなさまにもいいことがたくさんたくさんありますように。