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『サービス工学の技術 -ビッグデータの活用と実践』

01. サービス工学とは
 サービス工学が「工学」を標榜している背には、これまで多くの部分を経験や勘に依存してきたサービスを客観的なデータによって観測するとともに、実サービスにおいて何らかの変数を操作することによってサービス品質を制御可能なものとしたいという視点が含まれている。
 さまざまに異なる目的を持つ顧客や従業員・経営者といったステークホルダ全体の価値をサービスによって高めるには、サービスが提供する複数の価値を同時に高めなければならない。したがって、ステークホルダの共創的な相互作用を通して最適化されるサービスシステムの創出を、サービス工学は究極の目標とする。
 日本のサービス業のうち特に生産性の伸びが小さい分野は、労働集約型産業とICTを活用したビジネス支援サービスである。この改善のためにサービス業の製造業化(カイゼン・QCなどの導入)が図られてきたが、一方で製造業のサービス業化(サービスドミナントロジックによる商品開発)も進んでおり、こちらもサービス工学の研究領域となる。

02. 大規模データに基づくサービス工学
 統合サービス理論では、利用者の行動データやフィールドバックにサービスの提供プロセスが影響を受ける、という概念がある。サービスの特性は、提供と消費が同時に行われ、品質は利用者や状況に依存し、また保存もできない、という同時性・異質性・消滅性に起因している。
 現状では現場の熟練者の属人的な勘と経験に依存しているサービスの品質を客観的に観測し、予測と最適化を果たすために、ビッグデータを用いて利用者からのフィードバックループを実現することが期待されている。

03. サービス工学基盤技術開発
 サービス業は雇用・GDPとも日本経済の約7割を占める産業であり、少子高齢化やアウトソーシングなどにより需要が拡大している。一方で生産性の改善とともに国際競争力の強化が課題となっている。
 サービス産業の特徴は、在庫ができないこと・人の関与が無視できないこと・商品(コンテンツ)の数が少なく複雑性が高いことにある。また個々のサービス商品には多数のサービス要素や人・状況が関与しており、個々の要素がどのように売上に影響するかが明らかではない。サービス自体が複雑系システムであり、これを設計し制御することが第三の課題である。
 これらの課題を解決し価値向上とイノベーションを起こすために、サービス工学では3つのアプローチを用意している。
① マーケティングの手法
② 製造業の生産性向上手法
③ 情報の基盤を整えるインフラ構築の手法。
 産総研のサービス工学研究センターは、特に「サービスに関わる人」に焦点を当ててサービスイノベーションを目指すアプローチを取っている。また、経済産業省ではサービス産業の生産性を向上させるための研究開発の枠組みとして「観測→分析→設計→適用」の最適設計ループを提唱している。

04.  大規模データからの計算モデル構築
 サービスの特徴として、提供した機能のみが価値を決定するのではなく、受容者との関係において決定される。そこでサービスの最適化を行うためには利用者の認知・評価・行動モデルの導入が不可欠となる。
 不確実性へ対処する方法として、機械学習やベイジアンネットワーク(定性的な依存関係を定量化する)技術による計算モデル化が行われる。この技術によって大量のデータから変数間の依存関係を構造として持つモデルをプログラムによって自動的に構築できる。この仕組みを使って、人の行動履歴から行動予測モデルを作り、レコメンドやマーケティング・来店人数予測など様々な応用が可能になる。
 質の高い大規模データを効率よく収集するには、日常生活の中で使い続けられる実用的サービスを提供し、そこから状況と行動データを同時に取得することが効果的である。この技術を使ったPDCAサイクルを永続的に回し続けて生産性を高め、社会全体の共有知識として活用する仕組みを確立することが望まれる。

05. 統計的因果推論のサービス工学への適用可能性
 サービスの充実化が叫ばれる一方で、その目的を達成するために消費者からの「情報」そのものが企業にとって「貴重な財産」として位置づけられるようになっている。しかし、データを収集するだけでは意味のある情報は得られないことに注目しなければならない。利益に結び付くサービスを提供するためには、情報科学技術を用いて採取されたデータを意味のあるかたちに要約し、そこから有用な情報を引き出さなければならない。この情報はサービスを提供した際に消費者が得ることのできる満足度を定量的に評価することによって得られる。
 データ解析が果たす役割は、以下の5点。
① 過去および現在の消費者行動を要約する
② 変数間の従属関係を明らかにする
③ 問題の原因を突き止める
④ 将来の動向を予測する
⑤ 生産性の向上・最適化・問題発生の低減・あるいはリスク最小化といった個々の目的に対する対策を提案する
 現在のデータ解析技術が貢献している部分は①②④に限定されており、「原因を突き止める」ことや「提案された対案が実際に利益拡大をもたらす」かどうかを、現在のデータ解析技術のみで明らかにするのは困難である。観察データを用いてサービス提供という対策を実施したとき、消費者の満足度を評価するためには社会システムを構成する因果構造をあらかじめ明らかにしておく必要がある。

06. データ同化によるシミュレーション計算と大規模データ解析の融合
 ICT革命により、物流システムにおいては生産者と消費者が直結された「中抜き」流通が普通になっている。じつは同じことが、一般的に普遍的だと言われている研究の方法自体にも起きつつある。現代ではデータがまるで土砂降りの状態で我々の頭上に降ってくるが、有益な情報獲得と制御能力の向上などの一連の作業には、物流システムと同じく機動性と自動化が強く求められる。
 情報社会の実現により、さまざまな分野で複雑なシステムに関する大量データに基づく予測と、リスク評価の方法の確立が重要な社会的課題になっている。したがって、あらゆる分野において大量データをいかに高速かつ適切に取り扱うかが研究推進のカギとなっている。大規模データの活用について基本的な指針がふたつある。
① 機能のモデル化 ー インプットデータとアウトプットデータの関係のみに注目し、その機能自体を模倣する数理モデルをつくる
② 機能的アプローチ ー 現象を支配している規則・関係式といった経験則を、統計データ解析や機械学習などから推定する
 ベイズモデルを使って受益者・生活者の視点を大規模データの分析・解析・モデリングに取り込み、資源の有効活用や「コ」(個人・個性・固有・個別)に特化したサービスを高めていくことが必要。

07. プロ野球ファンの観戦行動のモデル化
 熱狂的なプロ野球ファンは、試合観戦ばかりではなく球団やお気に入りの選手に関わることに時間的・経済的多くの時間を費やしている。しかし、過去を遡ればそれほど頻繫に球場観戦には行かない普通のファンだった時期があるはずだ。普通のファンの中のどのような人たちがリピーターになり、そのステージにとどまり、あるいは球場に足を運ばなくなってしまうのだろうか? ファンの野球での観戦行動をモデル化し、その方法で調査を行った。
 モデルは現象を説明したり予測することを目的とするが、それを「誰が」「何のために」行うのかによって、どのような使用のモデルを構築するかが変わってくる。ここではリピーターを理解するための「リピータモデル」と、ファンの全体像を理解するための「ファンモデル」を構築する。プレファン→ファン→リピータの3層にファンを分類した。
① プレファンからファンへ ー スター選手の引退・優勝への期待・ファンたちの応援姿を見て・選手やチームのことを知って・選手の意外なタレント性
② ファンからリピータへ ー 生観戦・ルールやチームの詳細な理解・一緒に球場に行く仲間・気になる選手の存在・グッズ収集・観戦記録を残す・日本シリーズ進出への期待・他のファンとの交流・ネットコミュニティ・選手を近くで見たい
また、プレファンの時の状態によって、どのようなファン・リピータになるのかが異なっていることがわかった。野球を知らなかった人は応援主体に、野球に関心があった人は試合主体のファンになった。
 球場観戦に対する興味の持ち方は人によってさまざまである。そこに刺激が加わることで観戦に至る。人が元々持っている興味を「動員」、きっかけとなる刺激を「行動発現要因」、球場で受ける刺激を「動員強化要因」と呼び、観戦行動モデルを構築した。
「動員」の因子 ー 野球・選手・郷土・共有
「行動発現」の因子 ー ヒト・モノ(サービス)・メディア
「動員強化」の因子 ー 情報(知識)・ライブ・居心地
 認知的エスノグラフィ(CCE)調査とは「人間の日常的な行動選択を理解すること」であり、「観測される行動とミーム(個人の知識の中で活性化した部分)を関連づけ理解すること」で達成される。

08. よりよい医療サービス提供に向けたヒヤリ・ハット情報の活用
 情報技術の発展によって医療機関では、症例や

09. 小売サービス
 小売業では市場の成熟化と消費者嗜好の多様化に伴って、昨今多品種少量生産・販売へと変化した。このビジエスモデルの変化は、供給者サイドから需要サイドの論理へ支配軸が変化していることを意味し、消費者や顧客のニーズを的確にとらえる必要性が高まっている。
 また、主要なプロモーション手段(値引き・エンド陳列・折り込みチラシなど)が効果的でなくなりつつある。オーバーストアによる小商圏化で競争が激化しており、きめ細かいマーケティングが求められている。従来のマスマーケティングと違い、現在注目を浴びているOne to One マーケティングは顧客を「個」ととらえ、顧客起点の個別アプローチを行う。
 小売業ではレジでの「POSデータ」と会員情報に紐づけた「ID付きPOSデータ」が蓄積されているが、ID付きデータの高度活用が必要不可欠になる。また、そうして統計モデルを活用した枠組みであられる情報を、現場で使える「言語」へ変換する作業が必要になる。そこには、小売実務の課題解決のためのソリューションを提示するという思想が求められる。

10. サービス視点からのマーケティング情報と意思決定
 マーケティングの新たな課題として、以下の4点がある。
① 内部マーケティング
② 統合マーケティング
③ 社会的責任マーケティング
④ 関係性マーケティング
これらの課題は、経済のサービス化とは無縁ではない。
 製品とサービス購買の最大の違いは、購買と同時に消費が行われる点である。それはサービスが有する4つの特徴に起因する。
① 無形性 ー かたちがない
② 不可分性 ー 要素に分解できない
③ 変動制 ー 均質性が低い
④ 衰退性 ー 保存が不可能
 サービスに関するマーケティング管理
① 責任制 ー スタッフの責任範囲を明確にする
② 反応性 ー 不満への即応
③ 保障 ー サービス提供水準を明確化
④ 感情移入(共感)ー スタッフによる顧客理解

11. 大規模データに基づく顧客行動のモデル化
 現状の小売・外食サービス業の多くでは、前年データと店長の「経験と勘と度胸」に基づいて客数予測と売上目標を立てている。この方法では決定の根拠が希薄であり定量化も難しいため、予測の当たりはずれを検証できない。そのため、現在・未来の意思決定のために過去の顧客データを活用することは困難である。
 予測精度を上げるために、ライフスタイルに着目した顧客セグメントと商品カテゴリーの抽出・活用を図る。ライフスタイルを軸に顧客行動のモデル化を行うことで特色のあるセグメントを見つけられる可能性は高い。そして、セグメントに紐づけた商品カテゴリーの見直しとモデル化が可能になる。
 また、外的要因の変動が激しいサービス業における、来店人数や需要の予測で重要な視点は、「なぜ予測が外れたのか?」の検証にある。過去のデータに基づいた予測に対するはずれを引き起こした要因を知り、その要因から受ける影響を知識として共有・明示化し、将来の予測へ利用する視点が必要である。



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