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【読書メモ】 『1階革命』 田中元子

読んだ。『1階革命』田中元子

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街に私設公共(マイパブリック)がいくつもあったら、多様な人々がそれぞれに自分なりの居場所を見つけられる可能性が高くなる。さまざまな人にとってのさまざまな居場所がレイヤーになって街があることこそ、多様性社会、ダイバーシティーにおけるセーフティーネットというのではないだろうか。

毎日笑顔で何でも手に入る、ということがすなわち幸せではないと思います。気が合わない人とも会うし、嫌なことも起きる。喧嘩もするし、天災もある。でもそうした、ただでさえリスクのある人生に対して、少しでも自由かつ安心して過ごしていけることが、幸せと呼べる状況なのではないかと思う。

フリーコーヒーとともにマイパブリックを展開している場所はずっと街の近い、つまりグランドレベルだ。私は四六時中目の前に広がるグランドレベルを国内外で嫌というほど見てきて、日本のグランドレベルはもっともっと良好になるはずと言う伸び代を感じ、そのための会社を設立するに至った。

私設の公民館のようなものをやれるのではないだろうか。そう考えて、自分でランドリーカフェ『喫茶ランドリー』を経営することにした。もっと居たい、使ってみたい、と思ってもらえる公民館にしたかった。

喫茶ランドリーではスタッフにはマニュアルがないところが、店員さんと言う役割になるなんて思わずに店に立ってほしいと言っている。人間がやっているんだから多面的で当然だ。この店では、スタッフもお客さんも人間なのだ。彼彼女らが自分を含めて、誰もが違っていて、いつも変容していると言うことに、謙虚に目をそらさずにいようと思った。

人が自分らしくいられる、能動性を発露する場所と言うのは、洗練されすぎていなくてどこか雑然とした部分がある。すなわち生活感がある。懐かしさや既視感がある。その場にいると主のキャラクターやそれまでにその空間に起きたことが蓄積されたような、文脈のようなものが感じられる。微笑ましい気持ちになる。

実現させたい風景を叶えるためには、お客さん各々自由に振る舞ってもらう。不特定多数の人々の自由がこの空間内で交錯するとしたら、思わぬエラーやバグも出てくるだろう。それすら歓迎していく。私たちはハード・ソフト・コミニケーションという3つの要素が互いにふさわしく、相乗効果をもたらすように喫茶ランドリーを設定した。

ハードにおいては、緻密に計画し「余白」を作り込んだ。コミュニティーを醸成させたいと思うなら、まずはそれを実現できる環境を設えるべきなのだ。ソフトについては、商材やサービスだけではなく、空間やコミュニケーションのあり方、あらゆる要素が複雑かつ柔軟だった方が良い。例えると一房のぶどうに近い。

コミニュケーションの世界においては、現場のスタッフがしっかり意思や判断力を持っていなければならないし、オーナーとの関係も大事だと思う。どうせなら、その場に居合わせる人、街の人々、より多くの方々にとって喜ばしいことであったほうがいい。誰かがうれしそうだった、自分が嬉しかった、そんな喜ばしいこと思って空間は、大事に使われているように思う。誰だって、自分の喜ばしさに悲しみや悔しさを上書きしたいとは思わない。

グランドレベルに必要なものは、誰かにしかできない「属人性」、どこかでしかできない「土着性」再現ができない「一回性」。また、ヒューマンスケールを超えないことも重要。身体がすなわち生命である以上、身体の状態がスケール感、場所性といったものから完全に解き放たれる事はない。

今現在のこの街らしさとは、今ここに生きている人々、すぐそこを通りかかったり、あるいはこの街のどこかで病床に伏していたり、といった一人ひとりの日常と彼彼女らが持つ一回性、個人性にあるのではないか。その土地の歴史や名産名勝といった記号化された観光資源にとらわれず、今を生きる人々による活動が街の一階に可視化されていることで、見えない社会制度や取り組み、姿勢そのものがグランドレベルの風景には如実にあらわれることになるのだ。

すぐにやれる一階作りとして、まず考えついたのがベンチを設置することだった。ベンチには驚くべき効果がいくつもある。座ることによって起こるさまざまな経験値はエリアへの愛着、いわゆるシビックプライドも向上させる。また生活習慣病を防止し、健康増進につながることも考えられる。しかし何よりも、街にやさしさ健やかさを実装できることこそ最大の効果であろう。

私にとって1階作りの仕事は手段で、目的は世界平和だ。いつか世界が平和になるかならないかとは実に不毛な問いであり、問う暇があったら1ミリでも近づけるように動くしかない。そもそも平和だの理想だのいったものは、どこかでパッケージされた完成形などではなく、こうしたら少しでも近づけるかもしれない、と手間ひまかけて手探りしたり、意識的に育てて行かなくてはならない、手のかかる生き物なのだと思う。

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