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中止になったマラソン大会を、自分なりの解釈で勝手に走る “ 旅先で『日常』を走る ~spin-off⑦~ ”

2月半ばのある日、私は3回目の新型コロナウイルスのワクチンを接種した副反応により高熱にうなされていた。その時、スマホにAやのさんからメッセージが届いた。

「祝日はお仕事だとは思うのですが、もしかしたらお休みかもしれないので、三浦の視察のお誘いをさせてください。23日の祝日です。」

Aやのさんは、私が所属しているランニング部を運営されている中心メンバーだ。メッセージは、「来月に予定されているオフ会の下見に付き合って欲しい」という依頼だった。

そもそも、このオフ会が企画されている3月6日は『三浦国際市民マラソン』が開催されるはずだった。我々ランニング部の有志20名ほどが、この大会のハーフマラソン部門にエントリーしていた。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大により、2月中旬に主催者から大会の中止が発表された。それでも、我々は三浦海岸を走ることをあきらめきれなかったのだ。
神奈川県にも、私が住む東京都にもまん防は発令されていたが、同日に予定されている『東京マラソン』は開催される見込みであった。しかも、我々メンバーの多くは一昨年もこの大会にエントリーしたが今年と同じ理由で大会が中止となってしまったのだ。昨年は大会が企画すらされなかったので、三浦海岸を走ることは3年越しの悲願である。

そこで、大会が行われるはずだった3月6日にオフ会を開き、我々は三浦海岸を走ることにした。オフ会の幹事は、元々ランニング部内での大会参加者を取りまとめていたクイーンがそのまま務めることになった。急な企画変更のため、バタバタと当日の段取りを決めなければならない。「一回現地に行って、その場で全部決めてしまおう。」という趣旨で、2月23日に下見が企画されたのだ。
Aやのさんが懸念したとおり、その日私は出勤日であった。それでも「これは、なんとしてでも同行してサポートしなければ。」と、私は考えた。なぜなら、この大会参加者の取りまとめを最初にAやのさんから打診されたのは、私だったからだ。

私はランニング部内で他の企画を執り仕切っている立場なので、その時は「『特定の数人が仕切る』みたいな見え方になることを避けたい。」などと言って辞退してしまった。困ったことに、かねてから病気療養中だったランニング部の部長の訃報が、その翌日に我々に飛び込んできたのだ。
この不測の事態によって、我々にとっての三浦国際市民マラソンには別の文脈が加わることとなった。部長の弔い合戦として、また打ちひしがれた我々一人ひとりがふたたび走り出すための契機として。予測できなかったとはいえ、こんな重責を幹事の経験が浅いクイーンにさせてしまったことを私は悔いていた。

私は有休を取り、三浦海岸での下見に参加することにした。


2022年2月23日。下見に参加する全メンバーには、9:30に招集がかかっている。私は最寄駅を8時頃に出発する電車に乗り込み、待ち合わせ場所である三浦海岸駅に向かった。京浜急行の特急で終点の『京急久里浜』まで進み、そこで特快『三崎口』行きに乗り換えるべし、とNAVITIMEが私にスマホから指示を出している。その通りに乗り継いで進んでいく。順調だった。京急久里浜駅までは……
ホームに降り立ち、1分後に発車するはずの乗り継ぎ電車を待つ。おそらく向かい側のホームに入線するのだろう。しかし、待てど暮らせど電車はやってこない。そのうちに、さっきまで乗っていた電車が発車した。回送になるのかな? などと思いつつ振り返ると、なんと車内はけっこうな混雑ぶりだ。行き先表示版には『三崎口』と書かれている。一体なにが起こっているのだ?

どうやらさっきまで乗っていた特急京急久里浜行きの車両が、そのまま快特三崎口行きに種別変更をし、発車して行ったということらしい。「これは確実に遅刻だから、ひとまず連絡しないと。」そう考えてスマホを手に取った。すると、そのタイミングでメッセージが飛び込んで来た。

「間違えて電車を降りてしまって少し遅れます!ごめんなさいー!今京急久里浜です!」

Aやのさんからのメッセージだった。今まさに、このホーム上に私と同じ過ちを犯した仲間が立っている。周囲を見渡すと、視線の先に彼女はいた。合流して、後続の電車で三浦海岸駅へと急いだ。
そこに、我々がホームに取り残されている様を車内から眺めていた姐さんから

「あ、乗り過ごしちゃった🤣」

と、メッセージが届いた。どうやら三浦海岸で降りそびれて、終点の三崎口まで行ってしまったようだ。そうなると、時間通りに現地にたどり着いている可能性があるメンバーはふたりだけだ。幹事のクイーンと、

「やっぱり。電車で姐さんらしき人を見かけました。でも電車降りたらいなかったf^_^;」

と発言しているI川さんだ。

我々は10分ほど遅れて、無事に三浦海岸駅前に集合した。とりあえず私とI川さんで京急電車の顔ハメパネルに入り、記念撮影をした。(ちなみに京急の車両に寄せたコーディネートがI川さんだ)

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まずはクイーンが乗ってきた車に全員が乗り込み、コースの視察と設定を行う。運転席にはもちろんクイーン、助手席にはI川さんが配置された。真面目で責任感旺盛なふたりを前方に配置して、残りのメンバーは後方からヤジを飛ばすというフォーメーションだ。

姐さんは私用で当日には参加できない代わりに今日を満喫する気満々で、今日は書記を担当してくれる。
Aやのさんは全方位的に愛想をふりまきながらメンバーに招集をかけ、人を集めた後は特に何もしないというマスコット的なポジショニングだ。
そして私は、こだわりがあるところは誰にも触らせないが、それ以外の事柄にはまったく関心がない。それでも誰かが決めないと決まらないという時に、謎の説得力を行使して「これでいいんじゃないですか?」と発言する重責を負っている。

本日は、この5名で下見を進めることとなる。

まずは駅から海岸沿いの道路を走り抜け、急な坂を上って行く。頂点には『ヤマザキショップ』がそびえている。

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我々はここで小休止し、なぜかこの店のイチオシになっている豆大福を数名のメンバーが食べた。続いて先の道を下り、橋を渡って城ヶ崎に抜ける。大会では城ヶ崎が折り返し地点となっていたが、ここまでの道のりにはかなりの細道が混在しており、交通制限のないオフ会で走るのは困難であると我々の意見が一致した。

せっかく城ヶ崎まで来たので、観光にいそしむことにした。我々は車から降りて土産屋で干物や佃煮を買い、店番のおばちゃんと軽口を叩き合いながら灯台まで進んだ。
灯台は思いのほか背が低く、

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周囲を軽く一周して元の場所へ戻った。

ふたたび車に乗り込み、元の道を途中まで戻る。ヤマザキショップの手前1kmくらいの角を左に入り、復路のルートを探った。適当な目印を見つけることが困難だったが、往路とは違う面白いルートを発見できた。ちなみにここまでは、ほとんどすべてを前列のふたりが話し合って決めた。私も形式上「これでいいんじゃないですか?」とは発言しておいた。

ルートを決めながら、同時に進めていたこともある。グループ分けだ。参加者の間で走力の差が大きいので、全員が楽しく走り満足してもらうためには最新の注意が払われた。なぜなら「一番遅い人に合わせる」ことが、我がランニング部のポリシーとなっているのだ。
じつは、私も初めて参加したオフ会で「そもそも20kmくらい走るガチの集まりのはずだったが、初心者が一名参加した途端に5kmくらいの軽いランニングに趣旨変えした」場に遭遇して以来、このスタンスをすっかり気に入ってしまったのだ。

結局、想定走力別に5つのグループに分け、ゴールが同じ時刻になるように時間差でスタートすることに決めた。当日にも参加する4人のメンバーが各グループの引率をする。あと1名の引率者は、私の一存でベテランランナーのT倉さんにお願いすることにした。それも一番遅いグループのケアを担当していただく。大会が予定通りに開催されていたら、走力の弱いメンバーに伴走する役割をT倉さんがするはずだったのだ。

ルートやグループ分けも決まったところで、走った後の汗を流す場所の選定に入る。クイーンが久里浜港にある温浴施設を見つけておいてくれたので、その場所を見に行くことになった。
久里浜への道中、突然Aやのさんが「大根が干されているところを見たい。」と猛烈にアピールしだした。2月も終わりとなれば、大根を干す季節も終わりに近づいている。そんな場面に出くわすことは困難であろう。しかし奇跡は起こった。Aやのさんが、車窓からその現場を発見したのだ。

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我々は駐車場に車を停め、現場に向かった。

そしてなぜか大根の真似をさせられた状態で写真を撮られるなどして、その場はおおいに盛り上がった。

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気を取り直して、我々は温浴施設に向かった。海沿いの道路を30分ほど東京方面に進むと、お目当てのスポットは久里浜港の目の前にあった。
港には、対岸にある千葉県の金谷港行き『東京湾フェリー』が停泊している。市境を越えて、ここは横須賀市と標識に記されている。三浦海岸とは違う文化圏のようだ。

『天然温泉 海辺の湯』 ここが目的地だ。

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大浴場は3階にあったが、我々は階段を上ってその場所を確認しただけで、すぐに1階に戻った。
1階には『漁師料理 よこすか』がある。オフ会当日は、13時にここでランチを摂るスケジュールになっている。時刻は12時近くになり、我々の空腹具合もちょうど良い。予約をするついでに、ここで試食することにした。

我々は席に着くと、メニュー6ページにわたる海鮮丼メニュー群の中から各々注文を決めていった。三浦が近いのでマグロ関連のメニューが多く、力の入れようが伝わってくる。私はオーソドックスに「シェフの気まぐれ」的な海鮮丼を注文した。

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ところで、この店で海鮮丼を食べることには理由がある。オフ会当日の13時からZOOMを繋いで、全国のメンバーと同時に『海鮮丼を食す会』を開催するのだ。「現地に来ることができないメンバーも排除することなく一緒に楽しむこと」 これも我がランニング部のポリシーなのである。

無事に食事を終えた我々は、三浦海岸に戻った。着いたらまずロッカー代わりに荷物を預けるスペースを予約し、その後にさっき決めたコースを実走する手はずになっている。
車中では「部長のお墓参りに行きたいのだけど、調べてもどこにあるのかがわからない。」という話題になった。オンラインで知り合った人がリアルで構築している人間関係と繋がることは、非常に困難なのだ。そんな事を考えていると、ふと姐さんが「走るコースのすぐそばに三浦霊園があって、そこにhideのお墓がある。」と教えてくれた。hideの大ファンである姐さんは、実際にお墓参りに行ったことがあるらしい。一面識もなくても、相手が有名人ならお墓の場所は容易に知ることができるのだ。

閑話休題。車は三浦海岸に到着した。ひとまずその足で、駅前にある『三浦観光バス』に向かった。

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ここに駐車しているバスの車内に、荷物を預けられるとのことだ。予約だけ済ませて、今日は我々の荷物をクイーンの車内に置いて走る。私もジーンズを脱いで短パンに履き替えよう。あれ? 短パンが見当たらないな。もしかしたら忘れたか? 仕方ない。今日はあくまでも試走だ。ジーンズを履いたままで走ろう。

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しばらくぶりに走るという姐さんは別ルートを軽く走ることになり、16時に再集合と決めた。姐さんと別れた後、残る4名は三浦海岸駅からコースに向かって歩く。5分ほどで、目の前一面に海が広がる場所に出た。セブンイレブンの前を横切る道を渡ると、そこが三浦海岸だ。

ここをスタート地点にして走り始める。

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海を左手にして、2kmほどまっすぐに海岸沿いを進んでいく。

海水浴のオフシーズンだが、真冬にしてはかなり暖かい祝日ということもあるのか、海岸には人手が多い。ボール遊びをしている家族連れや、若者のグループの姿が目立っている。ランナーや犬の散歩をしている人も多い。ここに住んでいる人たちに、この海は愛されている。私はそう感じた。

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海岸沿いの遊歩道が行き止まりになったところで右に入り、道路に出る。

この一帯から横浜方面に出る主要道路はこの道しかないようで、かなりの交通量だ。一方で、歩道はあったりなかったりという扱いになっている。ここから先、道路の左右どちらを走っていけば良いか、本番では10名以上が走るわけだからデリケートに考え詳細なルートを探りながら走っていく。
などとそれっぽいことを書いたが、上記のように考えルートを決めるのは、言うまでもなくクイーンとI川さんだ。私とAやのさんはふたりの後をのんびりと付いていくのみだ。

道なりに進んでいくと、やがて上り坂に差し掛かった。初めは緩やかな勾配だったが途中から一気にきつくなり、余裕をかましてペースを上げすぎていた我々は示し合わせたかのように徒歩に切り替えて行った。坂を上りきったところが、折り返し地点『ヤマザキショップ』だ。さすがに今度は豆大福に手を出すことはなく、水分補給をしながら各自が景色に見入っていた。

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とはいえ、私はあまり景色に気を惹かれることはなかった。

常日頃から一人で気ままに旅に出て、好きなように走ることが私の生きがいだ。ひとりで走る時には「どこを走るか」が重要で、誰の邪魔も受けたくない。しかし、今日のように誰かと一緒に走る時は「誰と走るか」がすべてだ。普段は自分の好きなように走っている反動かもしれないが、今日も走る場所などどこでもよかったのだ。

さて、休憩も終わって我々は復路を走る。とはいえ往路をそのまま戻るわけではなく、スイッチバックのような形で内陸部に入っていく。城ヶ崎に向かって伸びる道を進んでいく。当然だが海沿いの道とは風景が一変する。大根畑の間に伸びる道を進みながら、左手には遠くに三崎の海岸線が見え隠れする。なんとなく「アメリカのロードムービーのような風景だな」などと思いながら進んでいく。油断して走っているところをI川さんに盗撮されてしまった。

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ジーンズ姿で走っているところが、ますますアメリカっぽい。

4人の隊列は先ほどまでとは比べものにならないほど長くなっている。I川さんがペースアップしてかなり前方を走り、Aやのさんは大根畑の大根やら農機具やらの撮影に余念がない。

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きっと前世は大根農家だったのだろう。

緩やかな下りに入ったところで、右の細道に折れる。海岸に向かい、木立ちの間を下っていく。かなりの勾配があり、こちらを復路にして良かったと心から思った。坂を下り切ってしばらく道なりに進むと、一気に視界が開けた。

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海だ。

ここからは往路を戻っていく。とはいえ海岸線を右手に進んでいくと、往路とは違った感覚を覚える。なぜか復路の方が海を広く感じられるのだ。少しだけ道路を進んで、遊歩道に入る。夕方に近づいたからか、犬の散歩をしている人が増えている。しばらく進むと、左手に三浦国際市民マラソンのコース図を見つけた。

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「本来なら、このコースを走るはずだったのだな。」などと思いを巡らせていると、視界の先にセブンイレブンが見えてきた。

ゴールはもうすぐだ。

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冬場とはいえ、10km以上も走ると汗をかく。我々は久里浜に戻り、『天然温泉 海辺の湯』で汗を流すことにした。とても効率の悪い行程だが、下見なので問題ない。せっかく三浦に来たのだから、丸一日かけてのんびりと遠足気分を満喫してもバチは当たらないはずだ。
海辺の湯で汗を流し、旅の疲れも癒した。露天風呂は改修中で使えなかったが、内風呂とサウナ、さらになかなか冷やっこい水風呂が付いていて、満足度は高かった。きっとオフ会に参加するメンバーたちも喜ぶだろう。

さて、風呂上がりに集合したところで時刻は18時。解散するのにちょうど良い時間だが、まだ名残惜しくもある。
そんな雰囲気を察知したクイーンとI川さんが「晩ご飯を食べて帰りましょうか?」と提案してくれ、店まで探してくれた。またもや三浦海岸駅まで戻り、近くにある食べログ3.6点の回転寿司屋でディナーを摂った。

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これで、二食続けて海鮮尽くしだ。もうオフ会本番では魚を食べなくても満足なくらい、お腹も舌も満たされた。

お店を出たのは19:30近かった。さすがにそろそろ帰路に就かないと。ここから家まで3時間近くかかるメンバーもいるのだ。そういえば、学生時代はよく休日をまる一日潰して友人5〜6人で出掛けていた。社会人になったり家庭を持ったりすると、こんなふうに予定を合わせて5人で出掛けること自体が、とても貴重なイベントになるのだ。有休を使ってまで来た甲斐があった。

我々はオフ会当日の再会(姐さんは遠くから見守ること)を誓って、帰路に就いた。

2022年3月6日。いよいよ、我がランニング部のオフ会の開催日だ。逸る心をおさえつつ、三浦海岸に向かった。なんの偶然か、品川駅でAやのさん、横浜駅でI川さんが、まるで示し合わせたかのように私が乗っている車両に乗り込んできた。あとふたりの引率者であるクイーンとT倉さんはすでに現地に到着していて、下見に来られなかったT倉さんをクイーンが車に乗せてコース案内をしているようだ。
前日に体調不良で1名が不参加となり、また集合時間間近になって2名のメンバーがそれぞれの理由で遅れて参加することになった。我々は連絡を取り合い、グループ分けを修正して目の前のイベントに備えた。

9時の集合時刻に、14名のメンバーが集まった。はじめましての顔もちらほら見受けられる。実際に会うのは初めてでも、オンラインでは面識のある仲間なので、すぐに打ち解けた雰囲気になる。

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さっそくバスに荷物を預けて、海岸で準備体操をしたら、いざ出発だ。

下見で先週走ったコースを、グループを先導して走る。前回は午後だったが、今回は午前中の三浦海岸を走っていく。

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遅れて到着したメンバーとも連絡が取れた。ひとりはレンタル自転車で我々を追いかけ、もうひとりは久里浜に先乗りして走り始めるようだ。

一方、我々は海側からの日差しを浴びながら進んでいく。

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参加できなかったメンバーたちと途中でZOOMを繋いだりしながら、順調に走り続けた。

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全員がゴールして荷物を取り終わったところで、時刻は11時前。ここまで完璧な進行だ。

ここから『海辺の湯』までは4人ずつタクシーを拾って移動する。3台は捕まえられたが、あと1台が来ない。私は一番後ろのグループに合流し、しばしタクシーを待つことにした。後ろに並んでいたお婆さんに聞いたところ、「この時期は河津桜の見ごろで一年のうちで最も観光客が多くて、タクシーを拾いづらい」とのことだ。
我々はお婆さんに順番を譲り、電車とバスを乗り継いで久里浜に向かった。到着したのは12時過ぎだった。ラン遅刻組のふたりも、無事に久里浜港で先発隊のメンバーたちと合流できたようだ。我々も入浴を済ませ、合流しよう。

露天風呂は改修が済んでおり、海を眺めながら温泉に浸かることができた。サウナに設置されているTVでは東京マラソンが生中継されていた。我がランニング部にも、こちらに参加しているメンバーがいる。中止になった一昨年の大会にエントリーしていて、その振替という扱いのようだ。「そういえば、部長も一昨年の東京マラソンに当選していたな」 ふと思い出した。部長も生きていれば、今日は三浦ではなく東京を走っていたのだろう。なんとなく、TVの画面上にその姿を探してしまった。

後発隊の我々も、13時ギリギリに1階の食堂に移動した。すでにメンバーが勢揃いしており、『海鮮丼を食す会』のZOOMも繋がれていた。こちらの画面上には、ZOOM会の主催者であるHさいさんをはじめ数名の参加者が各自用意した海鮮丼を用意して、

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「いただきます」の号令を今か今かと待ち構えている。

一方現地組はテーブルごとに注文を始めている。先週下見でここに来たメンバーたちは、海鮮丼ではなく対岸の金谷名物『アジフライ定食』を続々と注文しだしている。

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もはやこの会のコンセプトはどこかに行ってしまったようだ。

私は律儀にマグロ丼を頼み、

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赤身一切れと交換でアジフライを一切れいただいた。

無事にランチを済ませたところで、時刻は14時過ぎになっていた。オフ会はここで解散となる。車で来ている幹事のクイーンを残りの全員でねぎらいながら送り出した後、多くのメンバーは久里浜駅まで徒歩で向かった。川沿いに河津桜が並び、満開の花を咲かせている。
誰からともなく「ここで集合写真を撮ろう」ということになり、急遽記念撮影タイムになった。セッティングに戸惑いながらもAやのさんのスマホでセルフタイマーを掛け、なんとか撮影できた。

「そういえば、いつもオフ会での撮影は部長に頼りっきりだったな。」と感慨にふけっていると、「きっと部長も見守ってくれてますよね。」 誰かがひとりごちた言葉が耳に入った。

" 実る果実の芳しく眩い香りも ひとつ季節彩りそっと枯れ落ちたとて、蔦は絡まり身は朽ち果てて 思い出の欠片 土に帰り また花となるでしょう "

hide『HURRY GO ROUND』より

そういえば、三浦霊園に眠るhideの墓石には彼の遺作となる『HURRY GO ROUND』の歌詞が刻まれていると聞いた。

“ Like a merry-go-round and round 
  また 春に会いましょう "

hide『HURRY GO ROUND』より

また春に会いましょう。


楽しみにしていたマラソン大会はコロナ禍で2回連続中止になってしまった。それでも「走ることをあきらめたくない」という強い意思によって自分たちで走る場を作ったことによって、我々はもしかしたら大会に参加するよりも充実した体験ができたのかもしれない。

この先も様々な困難が降りかかって来るだろう。それでも、疫病にも天変地異にも戦争にもどんな困難にも負けず、強い意志を持って日常を維持することによって、対抗していくのだ。

かなり疲れるが、これは志半ばで倒れた仲間への私なりの餞でもあるのだ。


【追記】

■ Aやのさんが一参加者の立場からこのオフ会について書かれた記事はコチラ


■ Hさいさんが『海鮮丼を食す会』について書かれた記事はコチラ
 (海鮮丼画像もお借りしました)






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