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コーチ物語・クライアントファイル4 伝えたい言葉 その1

「確かこの辺だとか言ってたよな、ミクのやつ…」
 オレはミクから手渡された地図入りのメモを見て、この街を訪れた。にしても入り組んだわかりにくい街だな。
 それにこのミクのメモ。「よくおまけしてくれる八百屋」とか「手作りコロッケがおいしい肉屋」とか、余計なことをごちゃごちゃ書いていて、肝心の花屋ってのがどこなのかわかりにくいぞ。
 おっと、あったあった。ふぅ〜ん、このあたりにしちゃなかなかおしゃれな花屋さんだな。お、結構かわいい娘発見。行動開始!
「こんにちは!」
「はぁい、あ、いらっしゃいませ。」
「いやぁ、こんなところでこんな方に出会えるとは。びっくりしましたよ。
 今日はとても運がいい。」
「あ、あの…な、何かご用で?」
「いえ、あなたと出会えたことが今日のボクの運命なのかも。
 ところで、今日はここのバイトは何時までですか?
 よかったらあとでどこかお茶でも飲みに行きませんか?」
「え、いや、私バイトじゃないし。それに仕事は遅いから…」
 ふふん、照れてる照れてる。
 ここで後一押しすれば、なんとか誘えそうだな。では次の手は…
「そ、そうですか。いえ、突然こんなこと言われても迷惑ですよね。
 ではお詫びにお花を買わせてください。」
「えっ、えぇ、まぁいいですけれど。どんな花を?」
「そう、あなたが一番欲しいと思う花を。」
 き、決まった! その瞬間…
「こらぁっ、啓輔!舞衣さん相手になにナンパしてんのよぉ!」
 後ろから飛びひざ蹴り。
「ぶ、ぶはっ!」
 思わず顔からころんじまったじゃねーかよ。起きあがり振り向くと、そこには腕を組んで仁王立ちのミクの姿。
「な、なにすんだよっ!」
 オレは大声でそう叫んだが、すぐにミクの攻撃が。
「なにすんだよ!はこっちのセリフでしょ。まったく目を離すとこいつはナンパしまくるんだから。舞衣さん、ごめんね。こいつを呼んだのは私なのよ。この馬鹿啓輔がっ! 羽賀さんに会わす顔がないわ、ホントに…」
「いえ、いいのよ。それより啓輔さん、大丈夫。顔に泥が…」
 舞衣さんの手にはハンカチが。それでオレの頬の泥をぬぐってくれるのか…な、何て優しいお方! 思わず舞衣さんの手を握りしめて、こう言葉を発した。
「こんな優しい人と巡り会えたなんて、ボクって何て幸運なんだ。」
 バコッ!
 その直後、ミクのパンチが顔面をヒットし、オレはその場でKO。
「ったく、啓輔は。今日は何しに来たんだかわかってんの!」
 ミクのその声で気がつくと、目には薄汚れた天井。どうやらソファーに寝かされていたらしい。
「こ、ここは…?」
「羽賀さんの事務所よ。全く、啓輔はっ!舞衣さんに手を出そうとするなんて、ホントあんたは見境ないんだからっ!」
「まぁまぁ、そういわないで」
 憤慨しているミクの横には初めて見る顔。長身でメガネをかけ、一見するとヤサ男なんだが、頼もしくも感じる。そしてニコニコした顔でオレをじっと見ている。
 オレは起きあがりようやく事態が飲み込めた。そうそう、今日はミクの紹介で羽賀さんとかいうコーチのところに相談に来たんだった。花屋の二階だと聞いていたので花屋を探していたら、とてもラブリーな舞衣ちゃんを発見し、思わずいつものクセが出た、というわけだ。そこをミクに発見され、思いっきりたたきのめされたんだった。
 そんな回想をしていると、
「やぁ、初めまして。ボクがコーチの羽賀です。今日はミクの紹介で来たんだったよね。でもちょっと災難だったね。ミクのパンチって半端じゃなさそうだな」
 羽賀さんは笑いながらオレにそう言葉をかけてきた。
「あ、初めまして後藤啓輔です。ミクのいとこをやってます」
「いとこをやっている、なんて言い方も珍しいね。ははは」
 羽賀さんのその笑いで、思わず緊張が解けてしまった。なんだかフレンドリーで話しやすい人だな。ミクの言うとおり、この人ならオレの悩みを理解してくれるかもしれない。
「私からも紹介しておくね。私の母方のいとこの啓輔。年は一つ上なんだけど、一年遊んでたから学校は同じ学年なんだ。今は同じ専門学校でソフトウェアの専門技師を目指しているの。といっても、毎日どっかでナンパしていることの方が多いけどね」
「お〜、ミク。それは誤解だよ。一年遊んでいたわけじゃないんだ。自分自身を捜しに出て、そして人との出会いがいかに大切かを学んだんだ。だからボクは人との出会いを大切にして生きている。それだけだよ」
 う〜ん、我ながらいいセリフだ。
「あ、でも出会いの対象が女性に限られているってわけだね」
 羽賀さんその的を射た言葉。オレもミクも思わず大笑いだ。
 ひとしきり笑った後、羽賀さんがちょっとまじめな顔でこう質問してきた。
「ところで啓輔くん。君の悩みが彼女との問題だとミクから聞いているけれど。一体どんなことなんだい?」
「えぇ、実は『彼女』と呼んでいいのかどうか。実は三ヶ月ほど前から気になる女性がいまして。由衣っていうんです。見た目はこんな軽いボクですけど、ホントは女性に対しては一途なんですよ」
 横でププッと笑うミク。しかしオレは真剣だった。その真剣さを感じ取っているのか、目の前の羽賀さんはまじめな目でオレを見つめている。
 オレは羽賀さんの雰囲気に引き込まれるように話しを続けた。
「由衣は、今までボクの前にはいなかったタイプなんです。なんだろう、決して由衣を汚してはいけない、手を触れてはいけない。とても大事にしなきゃいけない。そんな気がして」
「なるほど、由衣さんのことをとても大切に思っているんだ。それで、今はどうしてるのかな?」
「えぇ、実は由衣もボクのことを気に入ってくれて、それなりのおつきあいを始めたんです。このボクの性格を知っていて、ですよ。でもそれが今のボクには問題なんです…」
 オレが言葉を発するたびに、心の中の扉が徐々に開かれていく。そんなイメージを持ち始めた。

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