見出し画像

コーチ物語 クライアントファイル 9 疾走!羽賀コーチ その3

「菅橋君についてもう少し聞きたいのだけど、いいかな?」
「えぇ、どんなことでしょうか?」
「菅橋君、君は彼女をどうしたいと考えているのかな?」
「どうしたいって…それは彼女を救いたいに決まっているじゃないですか」
「救いたい。救ってどうしたいのかな?」
「救ってどうしたいって…今はとにかく彼女を救ってあげたいだけです」
 ボクは羽賀さんの質問の真意がわからず、半分いらだってきた。だって、誰だって自分の彼女がそんなことに巻き込まれたら、救い出したいに決まっているじゃないか。
「救い出したい。だったら菅橋君は今何をしているのかな?」
「今何をしているって…追っ手を振りきって羽賀さんに助けを求めに来たのですが…それが?」
「それはさっきまでの行動だろう。
 ボクが聞いているのは、今何をしているかだよ」
「今…今はこうやって羽賀さんと電話で話をしています」
「それでいいのかな?
 本当にそれで彼女を救うことができるのかな?」
「えっ、これで彼女が救えるか…」
 ボクはそう言われてドキッとした。確かに羽賀さんに任せればなんとかなる。そう言う思いが強くて、ボクは何もしていない。何もしていないどころか、こんな安全な場所でぬくぬくとしている。
 でも、ボクが何をすればいいのか、彼女を救うためにどんなことをすればいいのかは全く見当がつかない。
「羽賀さん、ボクは、ボクは彼女を救うために何をすればいいのでしょうか? 教えてください、羽賀さん」
「ミク、ミクはいるかい?」
「えぇ、何、羽賀さん」
「悪いが、今から菅橋君の中の答えを引き出してくれないか。この間教えたとおりにやれば大丈夫だ。よろしく頼むよ。ボクはもう少しペースアップするから、十分ほどしたらもう一度電話をかけ
てくれ。じゃ、頼んだよ」
 羽賀さんはそう言うと、携帯の通話を切ってしまった。そして目の前にはミクさんが。
「菅橋さん、ということで羽賀さんから任されちゃったのでよろしくね」
「え、一体今から何を…それにボクの中の答えを引き出すって?」
「いいから。時間がないのでいくつか質問するね」
 ミクさんはそう言って、手帳を取り出してなにやら探しだし、ボクに質問をし始めた。
「えっと、あったあった。じゃ、始めるね。
 彼女と将来どうなりたいと思っているのかな?」
「彼女との将来、ですか。こんなときにそんな質問に答えられませんよ。彼女が心配で心配で…」
「へぇ、そんなに彼女が心配なんだ。そしたら…そんなに心配な相手がいるときって、普通はどんなことをするのかな?」
「そりゃ、相手の元にすぐにでも駆けつけますよ」
「だったら、今菅橋さんは何をしているの?」
「今、今は…」
 そう言われてようやく気づいた。羽賀さんが言いたかったこと。そしてボクが何をしなければいけないのか。
「でも、彼女のところへ行こうと思っても今からじゃ間に合わない!」
「間に合わなければ、何もせずにいるってこと?」
「そうじゃない、そうじゃないけれど…でもどうすればいいのか…」
 ボクはどうすればいいのかわからなくなってしまった。彼女の元に駆けつけなければ。そこまではわかった。でも、その方法が思いつかない。
「じゃ、次の質問するね。彼女が待っているのは誰?」
「彼女が待っているのは…ボクですよね…」
 ボクは少し自信をなくしてしまった。あの場から逃げてしまったボクを、彼女は本当に待っているのだろうか。ひょっとしてあきれてしまっているのではないだろうか。
「彼女は誰の顔を見るのが一番安心するのかな?」
「それは…それはボクですよね。ボクに決まっている」
「だったら、菅橋さんは今からどうしようか?」
「とにかく彼女のところへ行きます。でもどうやっていけば…」
「羽賀さんは自転車で行ったよ。
 車だとこの時間じゃ五十分はかかるかな」
「自転車でって…でも自転車なんてないですよ」
 ボクがそう言うと、ミクさんは自分のバッグからカギを取り出した。
「階段下にマウンテンバイクが置いてあるわ。タイヤはスリックにしてあるから、舗装路は楽に走れるはずよ。私の身長に合わせてあるからちょっと小さいかもしれないけれど、そんじょそこらの自転車よりは軽くて走りやすいはずだわ。携帯電話、持っているんでしょ」
「えぇ」
「電話番号を教えて。こちらから現状を説明するから。このハンズフリーのイヤホンを使ってね。彼女を思う気持ちが強いのだったら、あなたの足でもここから四十分もあればつくでしょう。あとは羽賀さんがなんとか時間を稼いでくれるわ」
 ボクは意を決した。年下のミクさんにここまで言われて行動しないわけにはいかない。
 ボクは黙ってミクさんに頭を下げて、扉を開けて部屋を飛び出した。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?