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コーチ物語 クライアントファイル 9 疾走!羽賀コーチ その5

「君が菅橋君かな?」
「え、どうしてボクの名前を?」
「事情は後だ。君を元カネミツ物産の倉庫まで早く連れて行くように指示されている。この先の曲がり角でパトカーが待機しているから急いで移動するように」
 何がなんだかわけがわからないボク。とにかく白バイの先導でパトカーが待機している交差点まで移動することができた。
「警部、菅橋君を連れてきました」
「うむ、ご苦労。おい、菅橋君とやら、早く乗りなさい」
 そう言われてパトカーのドアを開けて乗り込むボク。
「あ、ありがとうございます」そう言って目にした人物を見て、ボクは飛び上がるほど驚いてしまった。
「あ、あなた…」
「おい、さんざん逃げ回ってくれたな、ホントに。おかげでこっちもいい運動だったわい」
 目の前にいる人物、それは昼間ボクを追いかけ回したカタギとは思えない人相の人だった。
「全く、羽賀のところのミクから連絡があったと思ったら。今追いかけているヤマにかんでいるとはな。まったく、あいつと関わるとろくなことありゃしねぇや」
「あ、あなた…警察の方だったんですか?」
「おっと、自己紹介しとくな。オレは竹井ってんだ。よろしくな」
 あ、ミクさんが電話していた竹井さんって警察の人だったんだ。ということは、ボクは危ないものを持って警察から逃げようと必死になっていたんだ。まったく、てっきりヤクザから逃げていたとばかり思っていたのに。
「だいたいの事情はミクのヤツから聞いたわい。こっちも渋滞回避をするんで、さっきあの交差点に着いたばかりだ。羽賀のヤツが時間稼ぎしているはずだから、何とかなるとは思うがよ」
 そうだ、羽賀さんはうまく時間を稼いでくれているんだろうか? 下手をするとボクの彼女も危険なことに。
「警察もよ、この時間の渋滞でなかなか包囲網をつくることができねぇんだ。おそらくこのパトカーが一番乗りだな。単独じゃこっちも動きが取れねぇから、あいつに何とか時間を稼いでもらわねぇと」
 口ではろくなことがないといいながらも、この竹井さんは羽賀さんのことを信頼しているようだ。
 そうして僕たちを乗せたパトカーは指定された倉庫の近くまで来ることができた。
「おい、菅橋君とやら。羽賀のヤツからどんな指示が出ていたんだ?」
「えぇ、到着したら携帯を鳴らしてくれと。そしたら大きな声で男の気をひくからそのうちに彼女の近くへ移動してくれ、ということでした」
「それで?」
「後はこちらで指示するから、と」
「また極秘行動かよ。よし、その役は危険だからオレに任せておけ。菅橋君はパトカーで待機していろ」
「いえ、ボクにやらせてください。ボクの彼女なんですから」
「ダメだ、民間人を危険にさらすわけにはいかん!」
 ブルドッグのような鋭い眼光でにらまれると、ハイとしか言えなかったボク。この場は竹井さんに任せるしかない。
 そして竹井さんはパトカーを降りて、とても軽いとは思えない身のこなしで倉庫の方へ消えていった。
 今は待つしかないのか…運転していた制服の警官が、どうぞとボクにチューインガムを一枚くれた。ボクはそれを黙ってかむことしかできない自分に、とてもいらだちを覚えた。

 話は少しさかのぼる。
「よし、時間だな」
 羽賀コーチは菅橋から受け取ったバッグを背負って、今は誰も使わなくなった倉庫の扉を大きく開いた。
 バァァァン。
 今はがらんどうとなった倉庫に、扉の音が大きく響いた。
「おい、いるのか?ブツはここにあるぞ」
 羽賀コーチは大きな声で叫んだ。しばしの沈黙。
 そしてしばらくしてから足音、さらに男の声。
「おい、てめぇは何者だ? あの若造はどうした?」
 ナイフを持った男が一人。さらに男の横には腕を後ろで縛られた女性が。彼女が菅橋君の彼女か。羽賀コーチは薄暗い中その姿を確認すると、男に向かってこう言った。
「ボクは彼からこのバッグをここに持ってくるように依頼されたものだ」
「なにぃ、依頼だとぉ。おまえ、サツかなにかじゃねぇだろうな?」
「まさか。警察だったらこんな無謀な行動はしませんよ。それよりも、彼女は無事なんだろうな?」
 薄暗い中なので、羽賀コーチの位置からは彼女の様子までははっきりとは確認できない。
「おまえこそ、そのバッグの中身は大丈夫なんだろうな。オレはそれがねぇと帰ることができねぇんだからよ」
 帰る…その言葉に羽賀コーチは反応した。
「おい、ということはおまえさんはどこかに帰るためにこのバッグの中身が必要だということか。だったら、このままこれを持って帰ってもおまえさんムダだろうな」
「な、なにをっ!」
 羽賀コーチは少しカマをかけてみた。と同時に時間稼ぎだ。このまますんなりと取引を進めてしまうと、彼女は開放されるかもしれないがこの男には逃げられてしまう。
 気の弱い女の子であればそうするところだったが、事前に菅橋君から活発な女の子であることを聞いていたので、多少の無理は利きそうだ。
「おまえさん、見たところこのブツでちょっと失敗した。そうじゃないかな」
「な、何でそんなことがわかるんでぇ」
 人間って単純なものだ。自分からこうやってしゃべってくれるのだから。羽賀コーチは心の中でそう思いながら会話を続けた。

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