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バスで聞こえてきた歌声

 週末、自宅から最寄駅へ行くためにいつものバスに乗った。日常的に使っているバスなので、なんの気もなく、乗車したのである。昼頃なので空いていた。車内は静まり返っていた。
 ところが、乗車してすぐ、小さな歌声のようなものが聞こえてきた。「♪〜♪〜さよなら〜(うんちゃらかんちゃら)〜♪」みたいな感じ。

 (あれ?)と思っていたが、次の停留所が近づくと歌声がは止まった。まだ青年といったメガネをかけた乗務員さんの真面目な声でアナウンスが流れる。

 そして、バスは走り出した。するとまた、「〜さよなら〜♪(うんちゃらかんちゃら)〜♪♪」と小さな声だがメロディが聞こえる。

 しかも……、マイクを通して。

 私が「これは運転手さんの歌声だ」と確信を得たところで、夫が話しかけてきた。

「えっ、歌ってる……?」

「うん、歌ってるよね」

 いったい何が起きているのか、2人とも事態を飲み込めず、しばし無言。運転手さんは、「鼻歌かもしれない」くらいの小さな声で歌っているのだけど、なんせマイクが入っているので、車内にもバッチリ聞こえる。

 意表をつかれた出来事に対して各自思考をめぐらせていた私たち。夫曰く、おそらくまわりに声が聞こえていることに気がつかずに、歌い続けているのではないか? とのこと。たしかに、のどかな田舎とかで、タクシーとかで、おっさんの運転手さんが鼻歌を歌う、くらいならあり得なくないだろうが、首都圏でまだ青年のバス運転手がマイク越しに歌を歌うとは思えない。色々と疑問は残るものの、だいたいそのようなところなのだろう。

 どんどん窮屈になっていく日本でこのような出来事は心が和む。夫も私もびっくりしながらも自然と笑みがこぼれていた。

 ただ、夫が、「えぇ!やっぱり歌ってるよな?」などもろもろを普通の声で話すものだから静まり返る車内では、おそらくその声が運転手さんに届いたようで、その後歌声は聞こえなくなってしまった。ごめんよ運転手さん、私たちはほっこりできて嬉しかっただけだよ〜!

 その後、運転手さんは、歌声を忘れさせようとするかのような律儀なアナウンス続け、終点では「ありがとう、ございました!」と乗客ひとりひとりに丁寧にお礼をいっていた。そして、私と夫も、歌のお礼としての「ありがとうございました」を元気に伝えて下車した。

 下車後、気になったのは、私たちが乗る前のバス車内のことである。私たち以外には4人ほどの乗客がいて、全員男性で若者か中年のひとり客だった。

 途中で乗り降りした乗客が他にもいただろが、少なくともわたしたちが乗車する少し前から、静まり返った車内で、「えっ歌ってる?」などの会話が繰り広げられることもなく、4人の男たちがあの歌声を無言で聞き続けていた……と想像すると、これまた笑える。

 ちなみに、どんな歌だったかというと、歌詞は「さよなら」しか聞き取れなかったが、なんとなくGReeeeNぽいメロディだと思った。GReeeeNに詳しくないのでググって調べてみた。多分、『サヨナラ ありがとう』という曲だと思う。間違っているかもしれないけど。間違っていたとしても雰囲気はだいたいあのような感じ。

 今日は生まれて初めて自らGReeeeNの曲を聞いた。もちろん、真面目そうなメガネの青年を思い浮かべて。ああ、また歌ってほしいな〜。

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