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ロバート・フリップの奇妙な音楽世界

久々の音楽ネタ!

もうかれこれ40年近く、キング・クリムゾンを中心としたロバート・フリップ(以下翁)の音楽を聴き続けていますが、御年75歳を迎えるフリップ翁の音楽、その全体像を未だに掴み切れていません。
フリップ翁の音楽に関して、ネットで検索をかけても表層的な紹介しかしていないものが多く、彼の音楽を根本的に把握しようとした人は余りいないのではないか、と思います。
ないなら自分で書く!が、私のモットーです。いくつかの章立てに分けて語っていきたいと思います。

1.ギタリストとしてのスタイル

フリップ翁の音楽を掴みきれない最大の理由は「ギタリストとしての出自が解らない」。これに尽きます。
バイオグラフィを見る限り、ビートルズやジミヘンに影響を受けてギター始めて、1969年に「クリムゾン・キングの宮殿」でデビュー…と言うことになっていますが、宮殿をいくら聴いても(フリップ翁のギターに限って言えば)そこにはビートルズ・ジミヘンの影響は影も形もありません。
この時点でフリップ翁は既に「メカニカルなフレーズを正確無比に弾く」&「集団即興で奔放に弾く」という二つの側面を持ち合わせていますが、特定のスタイルを聞き取ることは困難です。
ギタリストって、基本的にはスタイルが解りやすいんですよ。スタイルで成り立っている、と言う部分もあります。ブルーズ・ロックンロール・HR・HM・ジャズ・クラシカル…と、プレイを聞けばその出自は大体すぐに解ります。フリップ翁にはそれが全く見えないのです。

結論を先に書けば、フリップ翁は
「ギタリストとしての自分の長所・短所をよく解った上で、ギターによる独自の『サウンド』を作り続けることにとにかく拘った」
のだと考えています。
ブルーズの素養は全くない。ギタリストとしての「味」が殆どない。ジャズやロックのクリシェを用いた即興にも興味はない。
でも他人が到底弾けないようなフレーズを正確に弾くことが出来て、リズムの把握力にも優れている。じゃあそれを活かした音楽を作ろう…と言うのが、出発点だったのでしょう。
その結果がクリムゾンの諸作であり、フリッパートロニクス~サウンドスケープに至る一連のアンビエント作品であり、或いはソロアルバムなのだと思います。
以降、フリップ翁の音楽における特徴的なポイントを挙げていきます。

2.変態リフとシーケンシャルフレーズ

フリップ翁が変態的シーケンスフレーズ+ポリリズムへの傾倒をハッキリと示し始めたのは、1974年の「太陽と戦慄」で間違いないと思います。既にパート1の時点で難解極まりないシーケンスフレーズが出てきますからね(動画の原曲4:57以降、後述する5度&減9度を執拗に用いるフレージングです)

おそらくは、ウェットン・ブルーフォードに加えジェイミー・ミューアという優れたリズムセクションを得たことが、この時期の飛躍に繋がったのだと思います。
翁のシーケンスフレーズの特徴は
・弦飛びメイン。隣接する2つの音は殆どが違う弦において弾かれる
・奇数音符・変拍子をベースにしたシーケンスが殆ど(次で述べるポリリズムの多用)
・調性はよく解らない。戦慄パート1でも、コードはずっと同じなのに同一シーケンスフレーズを平気で半音上げて展開したりする
…やっぱりよく解りません。どのような音楽理論に則っているのかも分からない。少なくとも、他の人は殆どこんなことやってないのは間違いないです。

特定のスケールや音型に拘って作曲されることが多いのも特徴です。例えば
●太陽と戦慄シリーズは、減9度・減5度など特定のテンションをベースに作られたフレーズが多い
Fractureはほぼホールトーンスケールのみで作られている。転調も原則として長三度移動
アルバムDisciplineは短三度移動が支配的。全曲でこの要素が見られる

てな具合です。恐らくはギターを弾きながら実験的に出てきたアイディアを元に曲が作られているのでしょう。
ちなみに、本人も好んで用いるNuovo Metalと言うカテゴライズですが、これは多分に表層的なものだと考えています。いわゆるヘビメタとフリップ翁の方法論に音楽的共通点は殆どないからです。
要するに、(「太陽と戦慄」以降)歪んだ音で弾かれるリフが中心となる曲が多いのでそのように呼んでみたのではないでしょうか。あるいは自作をProg Rockと呼ばれることへの反発とか。とにかく半分シャレだと考えています。

3.ポリリズムや変拍子への執着

メロディ・ハーモニー・リズムの音楽三要素のうち、フリップ翁が偏執狂的に拘っているのは何と言ってもリズムです。
その為、特にドラマーには正確無比なテクニックが要求されました。「宮殿」のマイケル・ジャイルズ、「アイランズ」参加のイアン・ウォーレス、そして説明不要のビル・ブルーフォード先生からパット・マステロット、最新のギャヴィン・ハリソンに至るまで、参加したドラマーの特徴は「リズムがジャストであること」一択です(実はブルーフォード先生が微妙にそうではなかったりするのですが)。

アルバムDisciplineで示された「2本のギターがユニゾンでシーケンスフレーズを弾いているが、フリップは1個少ないフレーズをぶつけて周回し、最後に戻ってくる」というアイディアは、スティーブ・ライヒが提示したミニマルミュージックの方法論そのものです。一番分かりやすいのはFrame By Frameですね。

ただしポリテンポ的にゆっくりと周回するライヒのそれに比して、フリップ翁はあくまで8分音符や16分音符1拍分の長さでずらします。この辺がポリリズムをポピュラーミュージックに落とし込む際の限界点、なのでしょうね。
でもって、フリップ翁のリズムへの拘りは「リズムセクションの人数を増やす」と言う方向に向かいました。その頂点がVrooomクリムゾンのダブル・トリオだったと思います。
アルバム「Thrak」のタイトル曲を聴くと、これこそがフリップ翁の目指したポリリズム完成形なのだと思います。あるいはSex, Sleep, Eat, Drink and Dreamの間奏部分もそう。3人ずつに完全に分かれてポリリズムを展開しています。その気になれば6通りのポリリズムも実現できるでしょうが、さすがにそこまでフリップ翁は目指していなかったでしょう。

4.叙情的作品への拘り

一方で、クリムゾンはEpitaph・Starless・Matte Kudasaiのような珠玉のバラードを数多く生み出しています。
これってフリップ翁の音楽性の一つなのか、実はよく解りません。第1期においては間違いなくマクドナルド&ジャイルズの影響下にあったと思うのですが、数々のメンバーチェンジを経ながらも各アルバムには必ず美しいバラードが最低1曲は含まれています。
例えば、実質的なスタジオ録音の最終作となる(であろう)The Power To Believeには、Eyes Wide Openと言う実に素晴らしいバラードが収録されています。これ、ライブDVDのタイトルにもなったくらいの名曲ですが、テイストから明らかにエイドリアン・ブリュー主導の曲だと思います。
フリップ翁は自分ではなかなかこういうバラード書けないんだけど、メンバーに書くように促している気がします。これは各アルバムのバランスを考えてのことなのか、あるいは翁の単なるコンプレックスなのか…推測は尽きません。

5.サウンドスケープへの拘り

さて、ここまでの流れと一切かけ離れた、それどころか他の音楽活動と全く共通点のない取組が、フリップ翁による一連のサウンドスケープ(フリッパートロニクス)です。
そこには複雑なポリリズムも超絶技巧の弦飛びピッキングも理解不能なテンション多用シーケンスも一切存在しません。特に近年のサウンドスケープは幽玄そのもので、フリップ翁の到達点を如実に表した作品群となっています。
翁のサウンドスケープが好きな方にとって、2020年以降展開されたMusic For Quiet Momentsシリーズは必聴だと思います。何とも気前の良いことに全曲YouTubeで無料公開されていますが、私は8枚組CDを買いました。

一般的にフリップ翁はブライアン・イーノとのコラボレーションからアンビエント系の音楽へ傾倒し始めた…と言う解釈をされています。それは多分事実ですが、ここでは全く違う私独自の観点を披露します。
「フリップ翁のサウンドスケープは『一人集団即興である』」
というのがその主張です。
KCのファースト「クリムゾン・キングの宮殿」で結構ビックリするのはMoonchildの中間部分、哀愁をおびた楽曲が突然完全集団即興になだれ込む瞬間ですね。40周年記念盤では完全バージョンを聴くことも出来ます(まあ、印象はほぼ一緒ですけどねww)。集団即興は間違いなくフリップ翁の拘りのひとつで、クリムゾンの各時期でも披露されてます(実は一番盛んだったのがVrooomクリムゾン期でした。プロジェクトを3つ並行で立ち上げたりして)。
フリップ翁のサウンドスケープは、この集団即興を一人で展開したもの…と言うのが現時点での見解です。バンドでの集団即興と違うのは「一人でコントロール出来る即興」という点です。ここに翁の拘りがあったのではないかと考えています。
サウンドスケープの演奏をする際、翁は0.5tくらいはありそうな大量の機材をライブ会場に持ち込んでいます。実際の演奏動画を見ると、聞こえてくる音楽はマッタリしてるのに、絵面はものすごく忙しそうです(笑

サウンドスケープって、ある程度計算ずくで作ることが可能です。素材を事前に用意しておいてルーパーで回しても良いのですから。ですが翁は常に「完全即興で」行っています。フリッパートロニクス~サウンドスケープの音源が、初期を除いて殆どライブ演奏であることも興味深いところです。
繰り返しになりますが、翁はこれを一人で出来る即興演奏として突き詰めているのだと思います。それも演奏技巧を示すことは主たる目的ではなく、一人オーケストレーションをどこまで即興で展開出来るのか試そう…と言う強い意思を感じます。ギターシンセも使われてはいますが極めて控えめで、基本はギターの音をベースにどのようなサウンドメイキングを行うかに主眼が置かれています。
結果として、サウンドスケープの演奏もどんどん進化していったのが非常に興味深いです。初期のフリッパートロニクスから連なる展開はわりと無調が主体だったのですが、前述のMusic For Quiet Momentsでは常に調性が保たれ、かつ複数の調を同時進行させるような野心的な試みも随所に聴かれます。
これまたしつこいですが、そんな翁のサウンドスケープ集大成であるMusic For Quiet Moments、是非聴いてみて下さい。良い音で聴くためにもCDで購入することを強くオススメします。ヘッドホンで聴くとステレオ空間での処理を含め、これが即興とは思えない完成度の高さに吃驚します。まさしく耳のご馳走です。

6.メンバーへの拘り

さて最後に、フリップ翁の人間性にも少し触れておきましょう。
クリムゾンにおいてフリップ翁は冷酷な独裁者というイメージで常に語られてきました。初期のクリムゾンにおいて同じメンバーで作られたアルバムが全くないのは、フリップ翁が情け容赦なくメンバーを切ってきたからだ…そんな意見が今でも定説です。
ですが、バンドのパーソネルを見るとフリップ翁は、実はここぞと思ったメンバーとはとことん付き合っているのです。
バンド在籍が長いメンバー順に並べてみますと
 トニー・レヴィン (1981年~ 通算42年)
 パット・マステロット(1994年~ 通算28年)
 エイドリアン・ブリュー(1981年~2008年、通算27年)
 ビル・ブルーフォード(1972年~1998年、通算26年)
 トレイ・ガン(1994年~2003年、通算9年)

と、実に息の長いメンバーが揃っています。ついでに言うと、1970年当時雇用していたメル・コリンズを、2013年に実に41年ぶりに再雇用したのも記憶に新しいところです。
上記メンバーを見ると、フリップ翁が自ら手を下して解雇したのはエイドリアン・ブリューだけです。それ以外のメンバーは全員が自分から脱退しています。
ブリューの解雇に関して書くと、クリムゾンのツアーとブリューのソロツアーを勝手にダブルブッキングしたのがその理由で、当時のフリップ翁はビックリするくらい怒り狂っていました(その後和解)。沈着冷静なイメージとはほど遠いのです。
フリップ翁って、実は結構ウェットなんだと思います。気に入った人とはとことん付き合いたい。ブリューのように浮世の義理を欠く人に対しては前後不覚になるほど怒る。昔のメンバーも忌憚なく受け入れる。
そんなフリップ翁が私は結構好きです。

コロナ禍以降、愛妻トーヤと毎週リリースされるフリップ翁の動画にファンは皆驚愕しました。おいおい、あのロバート・フリップが乳丸出しの女房と一緒にコスプレして動画に出てるぞ!どうなってるんだ!!
ですが私は(ひとしきり笑った後で)これがフリップ翁の本来の姿なのだと思うようになりました。
最後に翁の最新の動画を貼っておきましょう。しかし75歳過ぎてもなお(テンポを落とし、かつNSTに合わせてフレーズを多少変えているとは言え)Fractureを完璧に弾けるんだなあ翁…ホンマにすげえなあ…


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