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ここ数年の、自分のおすしが好きだ。

おすしの握り方が年々、じょうずになっているのがわかって楽しい。

左手の人差し指から薬指まで、関節の使い方が、というか、そこの部分のカタチがようやく出来上がって来た感じだ。

今日は営業終わりに、「この感じ」を忘れないように、最後に自分のために握った。美味しかった笑。クッキーを形づくる型のように。体を奇形化していくこと、14年。ようやく左手が、おすしに馴染んで来た。

そして、左手の関節の仕上がりとともに、おすし側面の仕上がりが断然きれいになっている。

(この感じw)


「そういうの、デート中にするもんじゃないよ。」

休日、当時付き合っていた女の子と、山手線に乗っている時もライターをシャリ替わりにして、エアーすしを握りながら。でも、おぼつかないので、よくライターを落としていた。初めの10年は本当に全く進展がなかったような気がする。

それでも、あの頃はあの頃で握らせてもらっていたし、それを食べてもらってもいたし。気に入ってくれるお客さんもいた。一人店長で、アルバイト1〜2名でカウンター9席、小上がり3席の小さなお店を、なんとか回していた。そこそこ忙しかった。

今思えば、あの頃は「若いのに頑張ってるで賞」だ。

「ねぇ、マスター、今井くんに握ってもらいたいんだけど。」

「いや、ノブさん。ごめん、いくらノブさんの注文でもそれはまだできないんだ。こっちが大丈夫だと思ったら、必ず初めに、ノブさんに握らせるから。」

そうやって少しずつ僕は、親方、そして、たくさんのお客さんに育ててもらってきた。


ホリエモンさんの影響で



「お鮨屋さんの修行についてどう思います??」とよく聞かれるようになった。

はっきり言って、どっちでもいい。個人差がめちゃくちゃあることだから。
ただ、堀江さんの言うように、お店によっては、仕事させてもらえないとか、年功序列があるので、そういうお店にはいると、確かに超無駄な時間を過ごすことになるかもしれない。

浅草の、もう70歳近い、知り合いの寿司屋の親方は、22歳で全く修行もせずに、寿司屋をはじめて、今でも握っているし。修行時代が長くても、独立して失敗する人もいる。

大切なのは「美味しいお寿司が握れること」よりも「美味しいと思ってくれるお客さんがいる」ことだ。

お金持ちを探すながら、お金持ちが来るお店で活躍して、名前を売った方がいい。それは例えば、サッカーチームと同じで、名門にいたというのはブランド力にもなるし、無名の選手だとしても、そこで活躍すれば「そのチームのファン」に気に入ってもらえる。お金持ち相手の仕事をするには、お金持ちが行くお店で働いて、パトロンやお客さんの心を掴み、独立するのが、手堅いと思う。

あとは、日本人のお金持ちルートではなく、海外富裕層へのマーケティングと、オリジナリティがある仕入れルートがあれば、そっちでもいいし。なんなら、海外に行った方が稼げるかもしれない。

そして、、、。僕はといえば、、、。
マーケティングもパトロン探しも、名門クラブチームでのプレイ願望も、今は全く興味がない。今、興味があることは、今日より、明日のおすしが上達していればいい。ということだけだ。

carpe diem. 「今を生きる」。

そんなゾーンみたいな状態に入れている気がする。


どこにいても、一貫がいくらであっても、誰が来ても変わらず、右手のシャリのつかみ具合と、左手の関節の仕上がりをひたすら、仕上げて行きたい。ただ、それだけ。

今は、根をはる時間だ。花は50歳から咲けばいい。

そして、10年後。

「あの頃と、全然違うね」と言ってもらえるように。

ゆっくりと長く、お付き合いできる人たちに、遊ぶように、おすしをつくれればいいし、本当にこれから10年も付き合ってくれるお客さんがいたら、嬉しい。


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