20年前を思い出し、未来を想う
はじめに
今、20年くらい前までよく通った喫茶店にいる。久々に訪れて、当時のことを思い出し、今と昔の変化について考える。
Back to the 2002
あの頃はお金もなかったので、一杯のコーヒーで何時間も喫茶店に居座った。当時は喫茶店にWiFIなんかないし、ケータイでWebも見れないから何して時間潰していたかというと、ノートとペンだ。
ノートに何かしらの文章を書き殴ったり、絵を書いたりしていた。
あと、音楽を聴いていた。CDーRに焼いた自分のセレクションをCDウォークマンで聴いていた。自分はMDの仕様が好きじゃなかったので、汎用性の高いCDーRが好きだった。ハンディラジオみたいなのでFMを聴いたりもしてた。
ノートには良く聴いてた洋楽のアーティスト名とか書いて、UKロックとか、アメリカのパンクロックとか、影響しあってるアーティスト同士の関係性図みたいなの書いてた。
最先端の音楽はなんだ?最先端の思想はなんだ?最先端のビジュアル作品はなんだ?その先の世界はなんだ?
そんなことばっかり考えてた。
音楽はリミックスが好きだった。曲がアップデートされて進化されて行く感じが堪らなく好きだった。
当時持ってたケータイはソニエリのストレートフォン。型番は忘れた。友達は出たばかりの折りたたみケータイを持っていて、これからは折り畳みだぜって言ってたし、他の友達は出たばかりの初代i-modeフォンを持ってたー黒とオレンジが印象的だったやつ。
インターネットはYahooBBのおかげで家でもそこそこのスピードが出る時代だったが、ノートPCは低スペックだとバッテリーが全然持たなくて、実用的ではなかった。友達はクラムシェルのiBookを持ってたが重くて持ち歩いてなかった。
自分が初めて買ったノートブックはその数年後に出た白い四角いiBookだったようにおもう。あれも相当重かったが、値段が手頃だったし、妥当なスペックだった。
当時、情報化社会という言葉は普通に使われていたが、まだその手前という感じだった。今は完全に情報化社会と言えるが、あえてそういう人っていない、当たり前すぎるからだろうか。
常時情報が入ってくるわけではないから、情報を噛み砕く時間はひたすらにあった。その作業を喫茶店で行なっていたのだ。
2022
今、自分はこの文章をiPadのスマートキーボードで打ってる。起動し始めて30分バッテリーは5%しか減ってない。昔の端末だったらもうバッテリー切れしてる。
喫茶店には無料WiFiが飛んでるのでインターネットにも繋がる。自分はiPhoneでテザリングしているが。
そして、BluetoothでiPadに繋いだPowerBeatsのイヤフォンでEDMを聴いてる。サブスクサービスではなくて、自分でセレクトしたプレイリストだ。そこのこだわりは昔から変わってない。
今は常に情報にオンデマンドな状態でいられる。だからこそいろんな情報の渦からスッと身をひいて、情報を噛み砕く時間が貴重になってきている。
ふとすると情報の渦に取り込まれてしまう。それはいいことなのかもしれないが、深く物事を考えられなくなってきているようにもおもう。
昔は腐るほどそういう時間があった。昔の方が未来志向に生きていたようにおもう。
今は人一人が処理しきれない情報を抱えて、消化をしているだけで1日が終わってしまうような感じだ。
まさに情報化社会だ。それがいいか悪いかは置いておいて。
さて、20年の隔たりを経てどんな変化があったのかをまとめてみる。
ケータイ:写メを送るくらい後通話→スマートフォン:様々なネットサービスを利用できる端末
音楽:CD・CDーR→ネットからストリーミング、単品買いかサブスク
ノートに文章や絵:紙とペン→iPad
情報感度:オフライン→オンライン
やってることはそんなに変わらないけど、情報感度がオンライン状態に常になってることがやはり大きく変わってしまったという感じだ。
後、持ち歩く荷物は軽くなった。財布も持ち歩かなくてもスマホだけで決済できるし。
2042はどうなってる?
多分、基本的なやってることは変わってない。メモを取ったり音楽聴いたりしているだろう。コーヒーを飲みながら。
自分が思うのは無線給電が一般的になってるということだ。電波で充電できる。なので今テーブルにあるANKERのバッテリーみたいなものは不要になってる。
バッテリーの問題が解消され、コンピュータが服にもカバンにも至る所に部品のように組み込まれている。そんな感じになってるんじゃないだろうか。まさにウェアラブルコンピューティング。未だにそうはなりきれないけど、2042にはそうなっててもよさそう。
iPadなんて持ち歩かなくていい、眼鏡型ARデバイスに映し出されたモニターに文字を打ち込む感じ。
ウェアラブルコンピューティングといえば、現在AppleWatchがその先陣を切っていると思うが、2042は体内に埋め込んだセンサーの情報をキャッチする高精度なヘルスケアデバイスになっているかも。体内のセンサーも無線給電でずっと情報を送り続ける感じ。
その情報は契約している医療機関に送り続けられ、アラートにすぐ察知できる。そういうサービスがあってこそのライフシフトなんじゃないかなって思う。
コロナ後の社会では健康状態を監視するための情報サービスが今よりもっと進化するんじゃないか?
また、電気といえば、2042までに核融合発電が一般化しているかもしれない。
それが電力に関わる環境破壊の問題を解決している。化石燃料を燃やす必要もなく、ダムを過剰に作る必要もない。旧来の原子力発電所は全てオワコンになってしまう。
今はEVと言っても充電する電気が火力発電所の電気も混ざってると思うと、エコとは?ってなるけど、この時代は完全にエコと言える。EVが主流になってる。カフェから見える外走ってる車はほとんどEV。
内燃機関を持ってる車は厳しいエコ基準をクリアした水素系だけが残る、高級なスポーツカー専用。
通信も衛星回線がメジャーになって、地球上でオンデマンドにならない場所がほとんどなくなってしまうような感じ。
そうなったら、リモートワークなんてもうほんとどこにいてもいい状態になりそう。今はまだハイスペックな回線じゃないとTV通話が安定しないけど。
カフェの無料WiFiとかも誰も繋いでないから、そういうもの自体無くなってそう。
後は言葉の壁がDeepL先生の力で取り払われれば、本当の意味でのグローバル社会が到来するだろう。2042年までになっていてもおかしくはない。
カフェで座ってる海外の方と日本人がDeepLデバイスを通して雑談してるような風景は普通になっているかもしれない。
終わりに
昔はこんなことを思っては紙にメモとかしてたように思う。情報を噛み砕いて、未来をイメージできるからこそ、そこに向かってじゃあ自分はどう動いて行けばいいかが見えてくる。
今は情報が常に入ってくる社会になってしまい、そういうことに時間を割くことが難しくなってきている。
でも、できない話ではない。なんか自分の消費してるものが古臭いものが多くなってきたとか、誰かが言ってること話全く理解できないんだけど、というのがトリガーだと思う。
そう感じたら、すっと一歩引いて情報を噛み砕く時間を作るといいと思う。
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